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始まりの町
全員が合流してからは、ライアスを先頭にし更に人気の無い方へと歩いた。庭を抜け、寂れた城内の廊下までくると、魔石が施されていたごく一般的な明りを引く。すると、目の前の壁に薄く切れ目が現れた。迷うことなくそこをウィルが押すと現れたのは地下へと続く階段。こんなコテコテな隠し扉を抜け、地下水路のような場所を歩き続ける。城内以上に同じ風景が続くそこはまさしく迷路だった。
どれほど歩き続けたのか、再び階段を上ると上から自然光が漏れ出ている場所へと出てきた。扉を開け外へ出れば、そこは王都を囲う壁の近くのようだ。王都については最初の牢屋と与えられた客室しか知識が無いトーマにとっては、ここがどこなのか検討も付かない。
しかし幸いなことに、後少しの所まで着ていたようで、人気の少ない倉庫街のような所を数分歩くと、1台の馬車と、3頭の馬が見えてくる。控えていた従者が、近づいてきたライアスたちに気付き、馬車の扉を開けた。
「ここから馬車で移動した後に、徒歩に切り替わる。すまないが、2人にはこの馬車へ乗って欲しい」
レオルドとウィルはそそれぞれ手綱を受け取っているので、2人というのはトーマとアメリアで間違いないだろう。聖女と同乗を許されることを意外に思いつつ、了承の返事を返すと2人馬車の方へ向かう。
乗りやすいように用意されている台へまずはトーマが足を掛けた。中は広く、座席は革張りとなっている。以前相乗りでお世話になった馬車は木のままで座り心地はお世辞にも良いとは言えなかったが、あれより数段上のグレードの物のようだ。さすがは聖女様が乗る馬車。
乗り込む前に、振り返り後ろを見る。やはり少し不安げにこちらを見上げていたアメリアへ、トーマは笑いかけると手を差し伸べた。
「中も大丈夫そう。どうぞ」
途端、驚いたように差し出された手とトーマとの顔を見比べた後にはにかむと、自身の手をそっとトーマの掌へと重ねた。偽ってはいるが同じ性別とは思えないほど華奢な手を握り締める。ゆっくりと段差へ足をかけ上ってきたアメリアを引き上げるようにして一緒に馬車へと乗り込んだ。向かう合うように座席へ座った所で、見守っていた従者により扉が閉められ……なかった。
閉まる直前に指が入ってくると、勢い良く扉が開けられる。突然の出来事に驚く2人の前へ現れたのはレオルドだ。キッとトーマの事を睨みつけると、お前! と指をさす。
「彼女がどうしてもと願い出たから同乗を許可しているが、指一本でも触れてみろ、」
「レオルド! 貴方、何をしているんですか!」
被せるように大声が聞こえるとレオルドが首根っこを摑まえられながら後ろへと下がっていく。等身が下がった彼の後ろからは呆れ顔のウィルが立っていた。その後ろではマイペースにライアスが馬へ跨っているのが見える。
「失礼しました。では、後ほど」
ウィルが綺麗な笑顔を浮かべると、今度こそ丁寧に扉が閉められた。呆然と扉を見つめていたが、ゆっくりと向かいへと顔を向ける。すると、同じような動きをしたアメリアと目が合い、堪らず吹き出してしまうのだった。
数分もすれば外の音が少しだけ静かになり、コツコツと窓をノックする音がした。閉まっていたカーテンの隙間から顔を覗かせれば、馬に跨ったライアスがいる。
「こんなグレードの低い馬車しか用意できなくて申し訳ない」
「い、いえ……」
「更に申し訳ないのだが、俺が指示を出すまでは、カーテンを閉めて外も覗かないで欲しい」
「分かりました」
ライアスの指示に従いカーテンを閉めようとした所で、彼の後ろからこちらへ向けて中指を立てているレオルドの姿がチラ付く。彼の行動に思わず苦笑いを漏らすと、そんなトーマの様子に気づいたライアスが振り返った。彼が振り返った瞬間にレオルドは手を直しそっぽを向いて口笛を吹く。そんな古典的な誤魔化し方する人って現実にいるんかと半笑いを浮かべていたら、ライアスは再びこちらへと顔を向けた。
「本当に申し訳ない……」
「大丈夫です」
気苦労が絶えなさそうなライアスに同情の視線と共に半笑いを送りながらトーマは首を振る。持ち場へと戻っていくライアスの後ろ姿を見送りながら、言われた通りにカーテンをしっかりと閉めた。
座席へ座り直して一息。くるりと見回してから、これがグレードの低い馬車と言われたことの方が、レオルドの行動よりもトーマにとっては衝撃だった。座席を撫で座り心地を確かめてみるが、そこまで悪くないと思うのだが……う~んと唸っているトーマへ、向かいから遠慮がちな声ですみませんと声を掛けられやっと我に返った。自分の世界へ入っていたことを少しだけ恥じながら、ん? と口の端を上げて視線を向ける。
「その、レオルドさんが……」
「ああ、別に気にしていないし、大丈夫だよ。ありがとうね」
「トーマさんはお優しいんですね」
「そうかな?」
ほっと胸を撫でおろしたアメリアは、少しだけ表情を柔らかくするとトーマへとほほ笑みかける。その姿が可憐なこと。同性でも可愛さにときめきを感じてしまう程だ。かわいいなぁとほんわかしながら改めて彼女の姿を眺めた。
裾にモコモコのファーが付いているポンチョコートを着込んでいるが、胸あたりは大きく膨らんでいるのが分かる。こんなにも体のラインが出ないタイプの服から考えても、かなりの質量を隠し持っているのだろう。清楚な雰囲気に似つかわしくないアンバランスさは、色気となって彼女の魅力を引き立てている。田舎娘だと自分の事を言ってはいたが、しっかりとわきまえている印象もあり、まるで欠点が見つからない……聖女としての鑑だ。そんな彼女のバディ役を自分が務まるのか。アメリアを観察したせいで自分で不安を煽るようなことをしてしまい、少しばかり落ち込んでしまう。
「あの……教えていただきたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「ん? どうしたの?」
今後のことを心配していたトーマは、アメリアから質問が硬い声だったことに気づけなかった。次に来る言葉を知っていたら、もしくは意を決したような表情で声を掛けてきた彼女に気づけていれば、ここまで深く考えずに返事を返すこともなかったかもしれない。
「トーマさんは、性別を偽ってらっしゃるのですか?」
「え、何言って……」
澄んだ緑の瞳はそらすことなくじっとトーマのことを見つめていた。ヘラっとした外向けな表情のまま慣れた誤魔化しのセリフを口にしようとしたトーマも、アメリアの目を見つめ、そのまま言葉を飲み込む。確信に満ちたその瞳に、真摯に向き合わなければいけないと感じたからだ。
「……どこから気付いてた?」
「最初に、運び込まれてきた貴女を治癒した時です」
「あー……裸見た感じ?」
「いえ、治癒をする時、相手の方のことがわかってしまうんです。体のどこが悪いとか、強い負の感情を抱えている時などは勝手に頭に入ってきてしまって……ごめんなさい」
最後に行くにつれ声が小さくなり、囁くような声で謝罪の言葉を呟く。ただじっと彼女のことを見つめていたトーマの視線に耐えきれず、終いには泣きそうな顔で俯いてしまった。
責めたいわけではなかったが、早々にバレたことに自分自身へ対しての若干の怒りも感じる。しかし、これを彼女へぶつけてはただの八つ当たりだ。
しばらく彼女の旋毛を見つめていたトーマだったが、切り替えるように深く息を吐く。ビクリと震える彼女の隣へと座ると、そっと華奢な肩を抱いた。
「私の方こそごめんなさい。貴女にそんな顔をさせたいわけじゃないんだ」
今までの口調を崩し、同性の部下を諭す時の様に語りかける。突如雰囲気の変わったトーマにアメリアもゆっくりと顔を上げてこちらを見つめた。
「解除者の力を守るために、性別を偽る必要があるんだ。だから、この2年、私はずっと男として生活をしてきた」
「2年もですか……?!」
「そう。この世界の人と交わると力が無くなっちゃうんだって。飲みまわしとか、軽いキスとか、そういうのは平気なんだけど……」
そこまで言って、口を閉ざす。この清廉潔白な少女に生々しい話をしても大丈夫だろうか。性交渉なんて言ったらひっくり返らないかと心配をしたが、彼女の真剣な瞳を見て、その配慮が失礼になると感じ、正直に続けた。
「輸血とか、性交渉で中に出されたりとか、多く体に取り入れるのはダメみたい。実際の量なんてはっきり分からないから、もしかしたら案外大丈夫なのかもしれない。だけど、そんなあやふやな物を信じて力が無くなったら困るでしょう? だから、少しでも力を守るために男として生活をするようになったんだ」
「そんな……! そんなこととは知らずに……本当にごめんなさい!」
「気にしないで。アメリアだって、今後のために確認しておきたかったんだよね」
「はい……でも……」
唯一、トーマの性別に気づいていた彼女は、護衛3人の対応に不信感を抱いていた。稀有な立場であり、女性であるトーマは、自分と同じような扱いをされてもおかしくないはずなのに、強く当たりすぎではないのか。確かに見た目は中性的で、口ぶりから男性だと判断されやすいが、きちんと異性としての扱いをして欲しい、そういった思いもあった。
もし隠す必要がなく、勘違いされたまま進んでいるだけならば自分からお願いをしようとまで考えていたアメリアだったが、告げられた事実があまりも重すぎて、言葉が出てこなかった。
「私のために、本当にありがとう。女として扱われたのが久しぶりで少し照れくさいけど……今後は、俺のことは男ってことで、1つよろしく」
「……分かりました」
「2人だけの秘密ね」
「……はい!」
軽くウインクをして見せると、やっとアメリアは小さく微笑んでくれた。
可愛い妹分に笑顔が戻ったことにほっとして、トーマは頭の後ろへと手を組み背もたれへもたれかかる。ミラージュ以外にはずっと隠し通すつもりでいたのだが、旅のメンツ、しかも同性で共有できる人物がいるのは心強い。それがこれから先、旅が終わるまでは一蓮托生の聖女であるのは僥倖というものだ。
「まあ最悪、解除者でなくなっても、魔法は使えるからさ」
「そんなことにならないように、絶対に私が守ります!」
「あ、りがと……」
茶化したように笑うトーマに、真剣な顔をしたアメリアは彼の太ももの上へと両手を乗せて身を乗り出すと断言した。あまりにもストレートなその発言に、言われた本人はうっすらを頬を赤くして目をそらしてしまった。
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