異世界へのトリップ

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異世界へのトリップ

「おまえ、男に女だとバレると死ぬぞ」  まさか、性別を偽って生きていくことになるとは、思いもしなかった。  藤間千尋は、至って普通のOLだ。  今年で26歳。後輩もでき、それなりの仕事を任され、職場と家との往復生活を送っている。実家を離れ一人暮らしのため、休みの日はたまった洗濯物を消化しつつ、趣味のゲームやアニメや漫画やらとオタ充の日々。いわゆる、一般的なオタク社会人女子だった。  今週末は、祖母の三回忌である。  休みの日は出かけることは一切せず、休みの前日に引きこもり用の食材を買い込む徹底ぶりを見せる千尋も、流石にこの時ばかりは外へ出ざるを得ない。眠い目を擦りながらベッドより起き上がり、シャワーを浴び、軽く化粧をして喪服へと腕を通す。新幹線のチケットはまだ購入していないが、大型連休と被っているわけでもないので当日でも大丈夫だろう。大きな欠伸を噛み殺すこともせず、千尋はマンションの鍵をポケットへしまい込むと、エレベーターのボタンを押した。理由はどうであれ、遠出をする時は気分が高揚するものだ。眠いけど。しかも、溜まっていた有給を使った為、本日より3連休だ。気分が高揚する。眠いけど。  久しぶりに来た田舎の最寄駅は、都内より少し肌寒かった。大きく伸びをしてからキャリーを引いて改札口へ向かえば、千尋ちゃん、と声をかけられた。視線を向ければ、そこには見知ったおばさんの姿。久しぶりに会う親戚に、千尋は自然と笑顔になると早足気味に改札を出ておばさんの方へと向かう。 「久しぶり、なんか大きくなった?」 「お久しぶりです。いや、身長デカいのは元からっす……」 「うふふ、ごめんごめん。迎えに来たわよ、車とめてあるから」 「わーい、ありがとうございます!」  車のキーを見せ笑うおばさんに、千尋も素直に喜ぶと後を追った。  三回忌は滞りなく終了し、後はただの内輪の宴会。こう言う席ではどうしても結婚についての話題を振られるのは分かりきっているので、お腹を満たすとすぐに千尋は立ち上がった。昼間からの高級酒に後ろ髪をひかれるが、ここで結婚しろと説教を受けるよりはましだ。結婚したくても、嫁が画面から出てこないのだから仕方あるまい。真顔でそんなことを言えば、親が泣くので言えないけれど。  片付けをする時に呼んで欲しいと近くのおばさんへ声をかけ、千尋は宛がわれていた部屋へ引っ込んだ。すぐにバッグを漁り、持参していた携帯ゲーム機で最近購入した乙女ゲーを楽しんでいたが、必ず訪れる電池切れ。ピカピカと点滅し始めた電源ランプに気付いた千尋は、四つん這いのまま荷物を入れてきたキャリーの元へと這い寄る。チャック全開にして広げ漁るも、見当たらず、挙句の果てには中身を全部出してみるが、やはり出てこない充電器。 「マジかぁ……」  充電器を忘れると言う致命的ミスを犯した千尋は、ひどく嘆いたのちに、セーブをするとゲームを放り出した。そのまま布団へ転がりスマホを手に取る。だが、異変にすぐに気づく。本来表示されているであろうアンテナが無いのだ。むしろ、圏外の表記。 「電波ないし……」  ごろんごろんと布団の上を転がり全身で憤りを表現してみるが、一向に表示は圏外のまま。千尋はため息をつきながら起き上がった。 「解せぬ」  焦点が合っていない上に座っている目をした千尋は、ふらふらとスマホを片手に玄関へと向かった。 「あら、千尋ちゃん、どこ行くの?」 「ちょっと散歩行ってきます」 「そう、気をつけてね」  優しげなおばさんに声をかけられ、千尋は曖昧に笑い返した。外へ出れば、空は赤く染まり始めている。家の周りは畑だらけで、のどかそのものである。良き日本の田舎と言った風景を眺めてから大きく伸びをすると、千尋は歩き出した。 「ゲームもダメ、スマホもダメって、死刑宣告でしょ……」  昼間墓へ行く途中では確実に電波が通っていたことを思い出し、行き先をそちらへ定める。近場のコンビニでも調べて、そのまま歩いていこう、そこでゲームの充電器を買おう。遠いだろうけど、このままの状態の方が耐えられない。今なら片道1時間の山道だって耐えられる、もう何も怖くない気分だ。  そんな、悶々と欲求のためだけに足を進めていた千尋は、突然後ろから響いたクラクションに驚いた。慌てて道の端により、後ろを振り返ると結構なスピードを出した車が横を通り過ぎて行く。 「あっぶないなー」  文句を言いつつ再び足を進めようとして、その場で躓く。しかも運悪く、体勢を崩し、そのまま後ろへと倒れこんでしまった。自慢じゃないが、千尋は平らな道でも躓いて転ぶことが多いのだ。 「っ!」  慌てて近くのガードレールを掴もうとした腕が宙を切る。簡単に言うと、掴み損ねた。 「え……」  山奥の道は、ガードレールから外側は傾斜のある森になっていることが多く、ここも例に漏れず傾斜のある森。尻あたりまでしか無かったガードレールは、千尋を受け止めてくれるはずも無く。 「ちょ、ま……?!」  そのまま、千尋はガードレールの外側へと倒れこんでいった。背中に受ける衝動に、舌を噛まないように歯を食いしばる。体は止まることなく、枝や草を巻き込んで転がり落ちていった。  初めての経験だが、大切な所守ろうとする防御本能で、頭を守るようにして体を丸める。しかし、速度は落ちず、一際強い衝撃を背中に感じた時には、千尋は意識を手放した。
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