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元より互いに身内のような親友のような親近感を感じていたのも手伝い、2人の距離は一気に縮まった。外の風景も見られず閉鎖的な車内で、ポツポツと話し始めた会話は花が咲く。
最終的に行き着いた話題は、王都への道のりの話だった。
「え、お迎えがこなかったんですか?」
「そうだよ、俺は一人で王都まで向かったんだ。師匠の下を離れるのも初めてだったから、本当に大変だった……」
「そうですよね……村の外には魔物もいますし……」
「それ! 魔物ってさ、目つき変わるよね」
「ええ……目が合った瞬間に血走るというか……お肉はあんなに美味しいのに……」
「え、魔物って食べられるの?」
「珍味ですが、食べられますよ。臭いがキツイので、少し癖はありますが」
「へ~! アメリアがいるなら、これから先食べる機会もありそうだね!」
「お恥ずかしながら食べるのが専門で、捌くのはできなくって……どなたかできると嬉しいですねぇ」
「でも、どれなら食べられてどんな味かは覚えているんでしょう?」
「はい! そちらはお任せください!」
「それじゃあ大丈夫! それに、ライアスさんあたりならできそうじゃない? 勝手なイメージで申し訳ないけど、なんか器用そうだし」
「トーマさんってば。確かに、器用そうですけれど」
「さすがに捌くまではできないけど、肉になれば俺が料理するよ。いざとなれば調達もいけるし」
「うらやましいです……! 私も戦えれば良かったんですが……」
「いやいや、聖女ってだけでかなりの戦力だから。でも、正直、巡礼の旅キツイものになりそうだよね。何かあったらすぐに相談してね?」
「ありがとうございます。でも、田舎娘なので、体力には自信がありますよ!」
両手で力こぶを作るようなポーズをとるアメリアに、トーマは笑いながら頷いた。
「確かに、食い意地が張りすぎて村一番の木登り名人になったエピソード聞いたばかりだから、結構説得力あるかも」
「そうです! 一番に登らないと、林檎取られちゃいますからね! 負けられません!」
食い気味に頷く姿が面白くて、トーマは思わず吹き出して笑ってしまった。清廉潔白、見た目は完璧すぎる聖女だが、意外とじゃじゃ馬な彼女とは、今後も良い関係が築けていけそうだ。
◆
実は腹ペコ娘だったアメリアの実態を知り、素直にお腹が空いて辛いですと相談してきた聖女のために、王都に向かう途中で購入したドライフルーツを鞄から取り出し分け与えてやる。嬉しいですと泣きながら食べる彼女は、最後の1つになった所で我に返ると訴えるような顔でドライフルーツとトーマとを交互に見た。その姿に、食べていいよ……と笑いを堪えながら返せば、彼女はありがとうございます! と聖女全開の笑顔で最後の一切れを口の中へと放り込んだ。むぐむぐと幸せそうに咀嚼している姿を、頬杖を突きながら眺めていると、突然馬車の動きが止まる。
目的地に付いたのかと互いに目配せをしていると、軽いノックと共に扉が開かれた。外は大分日が昇っており、かなり明るい。昼頃だろうか。目を細め逆行気味の出入り口を見ると、どうやら立っているのはウィルのようだ。光を浴びて輝く銀髪のお陰で、割り増しで美しく見える。
「おや、失礼しました。食事中でしたか」
「! ふみまふぇん」
「もう終わった所だから大丈夫ですよ。それより、到着したんですか?」
「到着、と言うより始まり、と言った方が良いでしょうか」
「始まり……?」
「ええ、ここより先へは巡礼の旅を開始いたしますので、徒歩となります」
「徒歩……?!」
「……すみません、もしかしなくても、ライから説明がありませんでしたか?」
驚いているトーマに、ウィルが苦笑いを浮かべる。慌ててアメリアを見てみれば、彼女からも、徒歩です! と元気に同じ言葉を頂いた。いや別にいいんだけどね、歩きでも、全然構わないんだけどね。そうは言わず、そっかとだけ口にした反応を、トーマはぜひとも褒めて欲しい気分だった。
「徒歩で行う方が成功率が高いので、歩いて欲しいとお願いされたんです……」
「トーマ殿のお気持ちも分かりますが、徒歩は国王たっての希望でもありまして。説明が足らず、申し訳ございません」
「い、いえ! 俺の方こそなんかすみません……」
全員が頭を下げ合い話を終結した所で馬車を降りる。小さな小屋と厩舎が併設されたそこは、相乗り馬車の停留所でもあるようだが、他に利用者はいないようだ。
人の良さそうなおじいさんがせっせと馬の世話していたので、おそらく管理人だろう。そんな彼とは違い、護衛のような軽い鎧を纏った若い男が数人、ライアスたちから馬を引き継いでいる姿も見える。そちらは我々の到着を待機してきた騎士で、このまま王都まで戻るのだろう。
小屋の中、再び護衛3人と顔を合わせると休憩がてらライアスが地図を広げた。今いる場所からほど近くに村があり、まずはここを目指す。ここで食事と休憩を挟んでから、その先にあるこの国で2番目に多きな町まで向かう予定だと説明をした。
自身で王都まで向かったためにどれぐらいの距離なら歩けそうかうっすらとトーマも把握できるようになったので、無理ない行程を予定していると感心する。まさかこの知識を付けるために1人で行けとミラージュが言ったのだろうか。なんでもお見通しな雰囲気がある師なので、否定はできず、改めて自分の師匠は恐ろしい人なのかもしれないと思い知らされた。
安全性を考え、街道を歩き始める。そのお陰で、整備されて歩きやすいし、魔物の類とも全く遭遇をしない。それでも、王都までの道のりで苦い経験のあるトーマは、常に周りを警戒してしまう。元々魔物など存在しない、注意するなら車と熊ぐらいだった世界からきている人間なのだ、危険な目に遭えば過剰すぎるぐらい警戒をしてしまうのは許して欲しい。しかしながら、その理由を知らない人達にとっては、ビクビクと怯えている弱者男性にしか見えないようだ。
早々とアメリアの隣をキープし、ガードを緩めることのないレオルドなんかは、そんな様子のトーマへ遠慮なく馬鹿にするような視線を送る。それに気づいていたアメリアは、眉を顰めるも、たしなめるまではできないようで困ったような表情をしていた。先頭のウィルと最後尾のライアスの表情はトーマの位置から確認はできなかったが、2人共トーマの様子に思うことはあるようだが特に何も言うことはせず、村への道のりを進んでいく。
ゴリゴリと削れていく精神に少しばかり参ってきた頃、いつの間にかペースを速めたライアスが隣へと歩み寄ってきた。警戒しておきながら接近に気づけないなんて、意味がない。想像以上に疲労を感じているのかもしれないが、同時に自分の無力さを痛感させられ、内心ショックを受けていたトーマに、ライアスはトーマ殿と声を掛けてきた。
「警戒するのは俺たちの仕事だから、トーマ殿は歩く方へ集中してもらって構わない」
「あ、すみません……」
へばるぐらいなら歩きに集中しろと言いたのか。いやはやおっしゃる通りだ。反発すこともなく納得したトーマは、素直に頭を下げる。これに慌てたのはライアスで、他意などなく純粋に大丈夫だと伝えたかっただけだった彼は、大きく手を振った。
「責めているわけじゃないんだ。3人しかいない護衛に不安を感じるのも理解できる」
「いえ、別に皆さんに不満があるわけじゃないですよ。ただ、1人での移動が多かったので……」
優しい言葉を捻じ曲がった受け取り方をしてしまい、なんだか少し恥ずかしい。
「心強い方がたくさんが居るんでした」
ぽりぽりと頬を掻きながら、トーマは照れた顔のままふにゃりと笑いながらライアスを見上げる。その顔は今まで見せていたどの表情よりも素に近いそれで、不意打ちを食らったライアスは言葉に詰まらせた。
トーマに対してしっかり者で物腰が柔らかいが、あまり本心を見せてはくれない、そんなガードが固い少年と言った印象を持っていただけに、こんな顔をするとは思っていなかったのだ。
(可愛いところもあるじゃないか……)
既に前を向いて歩いているトーマを盗み見ながら、ライアスは頬を緩ませ、慌てて首を振った。ほぼ初対面、しかも護衛対象に向かってなんてことを考えているのだと自分で自分に驚く。
彼は今回の任務での重要人物で、護衛対象。ミラージュから身寄りの無い少年なのだと説明をされていたせいか少し庇護欲が沸いてしまったのかもしれない。別に邪な思いなどは一切ないし、任務に私情を挟むなど言語道断である。次々と湧いてくる言い訳の言葉で自分を落ち着かせていく。奥歯を噛み締めひたすらに考えている顔はどことなく不機嫌そうにも見えるが、今の彼にそこまでを気にする余裕など無かった。
そんなことを考えているとは露ほどにも思っていないトーマは、突然黙り込んでしまったライアスをチラチラと見上げながら気まずすぎる沈黙にひたすら耐えていた。何か悪いことを言ったのかと考えてみたが、思い当たらず……真面目で優しく良い人だけど、寡黙な人なんだなと考え、思い込ませるようにうんうんと頷く。
会話が聞こえたかと思ったら、2人揃って黙り込み、互いに何かを思い込んでいる姿を目撃してしまったレオルドは、何だアイツラと若干引き気味の声で呟いたのだった。
◆
歩くこと数十分、程なくして村が見えてくる。トーマが知っている村よりは大きいようだ。中年の女性たちで賑わっている店先を抜け村へと入れば、なめるような視線を全身に感じる。村はどこでも閉鎖的な空間なので、余所者に対して厳しい対応をとるのは理解できる。トーマだって、麓の村へ訪れていた最初の頃はそんな視線を向けられた経験があるので、どんなものかは分かっているつもりだ。だからこそ、今の視線の量が異常なのも分かってしまうのだ。
そう、視線の量、熱量も明らかに異常なのだ。居たたまれない気持ちになり、肩を縮みこませているトーマの前で、とりあえず食事を護衛たちが話をまとめている。彼らはその視線自体は全く気にならないようだ。
伺ってきますねと会話を切り上げたウィルがその場を離れ、こちらを見てコソコソと話していた村人の元へと向かっていく。よりにもよってそこへ声を掛けようとするあたり、彼は中々いい性格をしているのかもしれない。
「こんにちは。少しよろしいですか?」
胸に手をあて村人へと丁寧に声をかける。近づいてくるウィルに戸惑っていた村人たちだったが、終始人当たりの良さそうな笑顔と丁寧な態度を崩さない様子に、相手の警戒がみるみる解けていくのが分かる。何回か会話を交わした後、ありがとうございましたとまた丁寧に会釈したウィルは、くるりと体を回転させこちらへと戻ってきた。
彼が歩き出した瞬間、キャアと黄色い悲鳴が響き渡った。驚いて視線を向ければ、ウィルたちの会話を観察していたグループだ。若い女性で構成されていたそのグループは、口々にカッコイイ・素敵等と言っている。その視線の先はウィルやレオルドやライアス……つまりは、護衛3人組だ。
そこで、やっとトーマは異質な視線の理由へと気づけた。これはあれだ。ファンがアイドルや芸能人などへと向けているものと同じ種類なのだ。
(まあ、あの3人種類は違えど全員が超イケメンだからな……)
こればっかりはどうしようもないので、慣れていくしかないだろう。現に、悲鳴をあげられている護衛3人は慣れた様子で、全く気にもしていないようだった。
「お待たせいたしました。この先に食堂が一軒あるようです」
「よっしゃ、早いところ向かおうぜ」
再びウィルを先頭にして歩き出す。そのまま全員が進んでいくのだが、トーマは何かを言いたげにこちらを見ながらコソコソをしている村娘のグループが気になって仕方なかった。何か用事があるのか、明らかに声を掛けたい雰囲気ではあるのだが、その内容が逆ナンだったらみんなの呼び止めるには申し訳ないし……気にしながら歩くのはアメリアも同じだったのだが、彼女の方はレオルドにさり気なく肩を押されていた。
完全無防備で地味、しかも少しだけ出遅れている。そんな声の掛けやすさ◎なトーマへ当然ながら狙いを絞った村娘たちは、そうねと頷くと一気に駆け寄ってきた。
「すみません!」
高い声色の村娘に声をかけられ、思わず背筋が伸びる。ぐだぐだしている間に狙われてしまったと思ってももう遅い。前方にいた一行ですぐさまレオルドが顔だけでこちらへと振り返ると、舌打ちを送られた。気にせずに前を向き直りスタスタ歩いて行ってしまっているので、自分でなんとかしろと言うことだろう。
まあ、レオルドのおっしゃる通り。特に不満に思うことはなく、むしろ進みを遅らせてしまう申し訳なさを感じつつも、いつもの人当たりのより笑顔を張り付けて振り返る。優しそうなトーマの雰囲気に、村娘たちの緊張が少しだけ解けたようだ。
「旅の方々はどちらへ向かわれるのですか?」
「その先にある町になります」
「まあ、今からだと日が落ちてしまうのでは?」
「ここらは安全だけど、町へ向かう途中には魔物が出ると言うわ!」
「危険ですし、せめて一泊こちらでお泊りになってくださいな」
「い、いやぁ、でも、」
「宿は無いけれど、よろしければ家をお使いになって!」
「まあ、ずるいわよ、ぜひ家に来て!」
「私料理得意なの、美味しいお食事もご用意できるわよ」
矢継ぎ早に話始め、泊まるならぜひ家へ! とアピール大会が始まってしまった。いやどうすんのこれ、とため息をつきたい所でもあるが、苦笑いでなんとか止めた。あの~と声を掛けてみるも、こちらの声には気付かないぐらいヒートアップしてしまっている。なんとか上手く断れないだろうかと困っていると、背後から足音が聞こえてきた。振り返れば、そこには先頭を歩いたはずのウィルが立っている。その奥には足を止めてこちらの様子を心配そうに伺っているアメリアとライアス。そして、めちゃくちゃに不機嫌な表情をしたレオルドの姿。やはりと言うべきか……自分のせいで歩みを止めてしまい、申し訳なさしかない。
「どうされました?」
「その……」
「旅の方……!」
突然の本命の登場に言い争っていた1人が歓声を上げ、口を押さえる。感激と照れは連鎖していき、一旦争いが止まった所をウィルは見逃さずに笑顔で切り込んだ。
「申し訳ございません、レディ。私たちは本日中に町まで向かわなければならず、こちらには食事で寄らせていただいただけなんです」
「まあ、そうだったんですね……」
「ええ。ですが、こちらの村の方々はとても親切で良い方たちだ。機会があればまた寄らせていただきます。その際は、レディ達のお話も伺っても?」
「も、もちろんですわ!」
「ありがとうございます。では失礼しますね」
すっとウィルに手を差し出され、流れるようにそこへトーマも自身の手を重ねる。その手を掴み引き寄せられたかと思えば、するりと腰へと彼の腕が回り体がぴったりと密着した。詰め寄られていたトーマを抱き寄せてから、一瞬だけ村娘たちの方へと向けたウィルの視線には牽制の含みがある。それに、そういう関係で望みは薄いのだと彼女たちは悟った。
周りはきちんとウィルの行動で理解をしたが、当事者であるトーマは一体何が起きているのか理解できず……疑問符をたくさん浮かべて流されるままのトーマの隣で、頭1つ分ほど高いウィルが顔を寄せてきた。
「食堂まではどうかこのままで」
「え、は、はい……?」
「男にエスコートされるなんて屈辱でしょうが、我慢してくださいね」
囁かれる声が予想以上にいい声だし、なんだか良いにおいまでする。ハイスペックイケメンの突然のエスコートに照れてしまうトーマの様子を、不快に思っているように感じたウィルはすみません、と小さく謝ってきた。
まったくそんなこと思ってもいないし、むしろ対処もできないくせに隙を見せてしまった自分がいけないのだ。ここは勘違いさせてはいけないと慌て、謝らないでくださいと言いながら、言葉を続けた。
「俺の方こそ、すみませんでした。助けてくださってありがとうございます」
「いえ、礼には及びませんよ」
「でも、振り切れる自信もなかったので……正直、ウィルさんにエスコートされてありがたいです」
「貴方……もしかして、とんでもなく良い人ですか?」
「は……?」
予想外の発言に、思わず前を見ていた視線を隣へと向ければ、ウィルはきょとんとした顔でじっとこちらを見つめていた。予想以上に近い距離で綺麗な顔があり、一気に自分が紅潮していく。素直なその反応を見て、ウィルは小さく笑いを漏らした。
「すみません、こちらの話です。さあ、見えてきましたよ」
話題を変えるように視線を前へと戻す。つられて前を向けば、食堂と看板を下げている小さな店が見えていた。良い香りが風に乗って漂ってきており、朝から何も食べていなかったことを思い出し、トーマは思わず生唾を飲み込む。完全に食事へと頭が切り替わってしまった様子を見て、ウィルは気づかれないように微笑んだ。
これ以上絡まれると面倒くさいので、ここは男同士そういう仲なのだと見せつけることで切り抜けようとしたのだが……素直にありがとうと感謝の言葉を送られ、毒づいていた自分が馬鹿馬鹿しい。
トーマに嫌味は効かないなと勉強したと共に、単純に素直で良い人なのだと認識を改める必要があるなとウィルは感じたのだった。
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