始まりの町

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 どうやら彼は魔術に対して並々ならぬ興味があるようで、一般人では知らない内容まで知っていた。それこそ古代文字で書かれている上級者向けの魔導書のような物にまで及んだ。  だが、トーマもなぜ無詠唱で魔法を使えるかや、オリジナル魔法が使えるかなど分からないし、考えたことも無い。むしろ、ミラージュを見てきただけに、これが普通とまで思っていたのだ。どう頑張っても答えようのない質問に対し、分からないとの回答するしかない状態だった。  それでも、通常では出来ないことが出来るトーマへの興味は尽きないようで、興奮しきったウィルによる質問攻めは止まることを知らない。しかも、しっかりと掴んだ両手は強く握り締められたままという。逃がさないぞという強い意志を感じるその行動だったが、ダメ元でトーマは問いかけた。 「あの、ウィルさん、とりあえず手を放してもらえませんか?」 「駄目です。逃げるおつもりなのでしょう?」 「ぐ……」  やっぱりダメだった。イケメンに迫られ、動きを封じられた状態で魔術に対する質問攻めをされることがこんなにつらいことだったなんて、知らなかった。いや、むしろ、そんな機会、これから先一生いらない。  遠い目でウィル越しに部屋の中を見つめるトーマだったが、日付が変わる頃に救世主が現れた。部屋の扉が開いたのだ。そこには、少し疲れた顔をしたライアスと廊下に椅子を出して、そこへ座っているレオルドの姿が見える。二人共、部屋の中の状況を見て唖然とした表情を浮かべていた。 「ライアスさん! おかえりなさい!」  大声で叫び、一瞬の隙をついてウィルの拘束から抜け出すと、一目散にライアスへと駆け寄った。そのまま彼の後ろへ隠れるようにすると、一番体格差がある二人なのでトーマの体はすっぽりとライアスの影に隠れてしまう。 「ト、トーマ殿?! どうした?!」  突然後ろに隠れられライアスはひどく驚いた。あまり主張もせず、突飛な行動もとらないと思っていたのだが……そんなトーマが、飛びついてくると言うことは、ウィルがやらかしたのか。問い詰めるように視線を投げかえれば、悪びれもなく彼は肩をすくめた。 「逃げられましたか」  本気で逃がす気が無いことを知っていただけに、トーマは震える。恐ろしい、もう絶対に地雷を踏み抜いてはいけないと肝に銘じる。  ウィルを窘めているライアスと、震えるトーマには全く関心が無かったレオルドは、大きな欠伸を1つしてからそれよりも、とウィルへ向かって声を掛けた。 「お前、寝なくていいのか。時間厳守だからな」 「ご心配なく、1日ぐらい寝なくても大丈夫ですよ」 「あっそ」 「え、すみません、ウィルさんの睡眠時間削っちゃいました……?」  あんなに移動してきて、明日からも色々準備をする予定だと言うのに、寝ないで大丈夫なわけがあるのか。それとも騎士っていう生き物は、その程度でパフォーマンスが下がるようなことはないのか。  レオルドとウィルを間で視線を行ったり来たりさせたトーマに、レオルドが組んでいた足を組み換えて投げやりに答えた。 「だとしても、ウィルの自己責任だろうが。なんでオマエが謝るんだ」 「そうですよ。睡眠よりも有意義な時間を過ごせたので、謝らないでください」 「え、あ、はい……すいません」 「だからなんで謝んだよ、意味わかんねぇヤツだな」  再び大きな欠伸をしながら、トーマの反射的にでてしまった謝罪に、レオルドは律儀に答える。毛嫌いされてはいるが、意外とこの人も常識はあるし、普通の人なのかもしれない。きょとんとしてレオルドを見つめているトーマの姿に、ライアスとウィルは目を合わせると小さく笑いあうのだった。 ◆  皆で森の中を歩いている。いつも通りの風景だったが、一転、突然辺りに咆哮が響き渡った。地震のような地響きと共に、目の前へと降り立ったのは、巨大な魔物。  熊のような姿に角が生えたその魔物に、ライアス、レオルド、ウィルはそれぞれに剣を抜いた。トーマはアメリアを庇うように前へ出ると、既に寸前まで間合いを詰めているライアスの剣へと付加魔法をかける。 「もって3分!」 「十分だ!」  そう言いながら、ライアスが走った勢いを乗せて斬りつける。  連携の取れた三人の攻撃に魔物は押され始め、次第に後ろへと下がっていく。木をなぎ倒しながら倒れる魔物。もうすぐ決着がつくだろう。そう思っていた矢先、後ろで空気が動いた。突然アメリアが走り出したのだ。 「アメリア?!」  トーマの叫び声で騎士たちも異変に気づき、彼女の方へと視線を向ける。まっすぐに魔物の方へと駆け寄るアメリアの先には、座り込んでいる年端もいかない少女の姿があった。  前衛に詰めている3人と魔物の中間辺りにいた少女の存在を魔物にも気づかせてしまった。まずいと思った瞬間に、魔物は狙いをそちらへと定めると素早い動きで立ち上がり駆け出す。 「下がって!」  一番後方に居たウィルが叫びながら少女の元へ向かって駆け出すが、それよりも先に辿り着いていた魔物が腕を振り上げた。  だが、その間へと滑り込んだ人物がいた。アメリアだ。  少女を庇った彼女の体は、軽々と宙へ舞った。  そこで、トーマは飛び起きた。  止めていた息を吐くと、辺り見回す。暗い室内に横になっている。割れんばかりの咆哮も、鳥肌が止まらない緊張感も無縁の平和で静かな室内に、そういえば宿に宿泊していることを思い出す。 「夢、か……」  そう言葉にすれば、少し気持ちも落ち着いた。  解除者としてこちらに来てから2年間、夢見が悪い夢はよく見ていたが、こんなにリアルなものは全滅する夢以来だった。外はまだまだ暗い。ぼんやりと外を眺めて気持ちを落ち着かせる。しばらくして、髪をかきあげ大きく息を吐くと、トーマは再びベッドへと体を預けた。大丈夫、ただの夢だ、と自分に言い聞かせて目を瞑る。疲れた体は自然と意識を手離した。 ◆ 「トーマさん」 「うるさいですよ、師匠……」  体を揺らされて、トーマは眉間に皺を寄せながら寝返りをうった。そんな様子にアメリアは小さく笑いを漏らすと、もう一度揺らす。 「トーマさん?」 「朝食なら戸棚の上ですぅ……」 「その朝食を食べ損ねてしまいますよ?」 「それは駄目です!!」  ぱっちりと目を開けて飛び起きる。そんなトーマのベッドの横には、身なりを整えたアメリアが立っていた。 「あ、あれ? アメリア……?」 「はい。おはようございます。」 「おはよう、ございます……」  よりにもよってアメリアのことをミラージュと間違えるなんて。思えば、彼女はこんな優しく起こしてくれることはなかったのになぜ気付かなかったのか……今は聖女の巡礼の旅をしているのだと思いだし、一気に赤面する。 「ご、ごめんね……」 「いえ、トーマさんの可愛らしい姿が見られて役得です」 「ぐぉ……」  くすくすと上機嫌なアメリアに、トーマは曖昧に笑い返すとベッドから抜け出す。その向こうでは、ライアスが毛布へ抱きついて離れないレオルドを必死になって起こしている姿があった。手伝ってくれと声を掛けられたウィルは、困りましたねぇと困っていない顔をして笑っている。その顔は爽やかさと言ったら。徹夜明けのはずなのだが、本当に一徹ぐらいどうってことはなさそうだった。  朝食を取りながら予定の確認をしようとなり、一階の食堂へと降りて行けば、昨夜と打って変わり人も少なく静かなものだった。各々適当に好きな物を頼み、食事が届くより先に朝食ミーティングが始まる。 「昨夜話していた治癒活動の場所についてだが、教会で行うことになる。全面的に協力してくれるそうで、今後の聖女の治癒活動については、各土地の教会管理者に声をかければ場所を提供してくれるそうだ。病院と孤児院とのつながりもあるので、連絡も教会側が担ってくれる。広報もすると言っていたから、俺たちの負担はかなり軽減できそうだよ。それと、これが概ねの人口数。これも教会で出生・死亡・移住者の管理をしていたので、概ねなら把握できる。もちろん薄暗い理由で報告しない奴らも町にはいるだろうが、そう言った人間は普段から教会へ近づくこともないからあまり気にしなくても大丈夫だろう」  前半はアメリアへ、後半はトーマに向かってライアスが概要を話した。詳細はここに、と折りたたまれた紙を受け取ったトーマは、開いてさっと目を通す。  想定よりも少ない人口数を見て驚くが、広さや時代背景を考えればこんなものなのかと納得した。計算上であれば、今回の活動で一般約4割を賄えそうでほっとする。紙を見ながら計算に没頭しているトーマの向かいでは、アメリアが目を潤ませながら何度も頭を下げていた。 「さすがに今日からスタートするには準備が足りていないから、希望者の選定は明日にしているが、そこは問題なさそうか?」 「私はいつでも。準備の方は大丈夫そうでしょうか?」 「今日中にクズ石を用意できれば、明日までには間に合うよ」 「良かった……ありがとうございます」  紙をじっと見つめていたトーマへ遠慮がちにアメリアが声を掛ける。一通りの予想が付いたトーマは、丁寧に紙を折りたたみ直しながら顔を上げると、笑顔で頷いて見せる。丁度そのタイミングで料理が運ばれてきて、会話は一旦中断となった。  トーマのみ軽食だが、他のメンバーは朝からガッツリとした食事を取っている。体を動かすことが仕事である成人男性よりもアメリアの方が量が多いのだが、昨夜の出来事を経験したせいか護衛たちも店員も特に気に留めることはなかった。皆食事の重要度が何よりも高いせいか、無駄な会話は一切せず食事を取り続け、一息ついた頃になって今日についての話が再開された。  ちなみに、最初に食べ終わったのが、最多を食べたアメリアで、最後が一番量の少ないトーマであるのだから、恐れ入る。 「治癒活動と、旅に必要な物を買いに行くので別れましょうか」 「そうだな、治癒活動はトーマ殿に任せるとし、旅に関しては俺が行こう」 「旅に関してって、何が必要なんですか?」 「差し当たり、野営に必要なものになる」  ウィルが出した二手に分かれる提案に、ライアスが頷いて了承をする。言い出しっぺであるトーマが明日必要な物を揃えるのは問題ないが、今後必要となるものを買い揃えることに関しては知らなかった。言われてみれば、皆必要最低限の荷物は持っているが、野宿をするとなれば少なすぎるかもしれない。トーマの場合は魔法で色々と代用が利いたので、包まる毛布ぐらいで問題なかったが、一般人であれば色々と準備が必要なはずだ。 「もしかして、テントとか、火とか、水とかですか?」 「まあそうだな。他に防寒用の毛布や食料、最悪の場合を考えて簡単な調理器具と食器・カトラリー類もアメリア殿とトーマ殿の分ぐらいは用意したい所かな」 「なるほど。食事面では難しいですが、テントと火水は俺の方で賄えますよ」 「どういうことだ?」  トーマの言葉の意味がいまいち理解できていないライアスが首をかしげる。魔法でどうにかするといった概念がないせいか、他3人もやはり不思議そうな顔をしていた。 「俺日常系の魔法が得意なんです。だから、テントと火水は魔法でどうにかするので、他の物で揃えてください」 「魔法で、どうにか……?」  理解が追い付かず助けを求めるようにライアスがウィルへと視線を向ける。トーマの話を黙って聞いていた彼は、顎に手を当て考えていたが何かに気づいたと思うと、うっとりとした目をトーマを見た。 「まさか、他にも隠し持ってらっしゃるのですね?!」 「いや、隠してるわけではないんですけど……」 「また間近で見られる機会を頂けるなんて、光栄です」 「機会を設けているとかでもなくてですね……」 「ありがとうございます、トーマ殿! ライ、大丈夫です、彼の言う通りにしましょう!」 「昨夜何があったのか、少しだけ察せた」  笑顔で話を進めるウィルを見て、ライアスは小さくため息をつく。こんな調子で詰められていたのならば、自分の後ろへと逃げ隠れるわけだ。そんな茶番を繰り広げていると、レオルドがで? と大きな声で先を促し、ウィルを黙らせた。 「この後どうすんだよ」 「旅に関してもトーマ殿が同行していた方が良さそうですね。アメリア殿はどうされますか?」 「私もご一緒してよろしいでしょうか」 「もちろん。では、皆で行きましょうね」  話もまとまり、立ち上がる。宿の外へ出ると、日中の町はやはり活気付いていた。色々な店があり、たくさんの人が行き来している。雪が続いているにも関わらず、人々はたくましく生活を続けている。  近い所から向かおうと軽く話し合うと、ライアスを先頭にして迷うことなく次々と目的の店に向かっていった。これは必須、あった方が良い、いらないとライアスがトーマへ一つずつ確認しながら荷物を次々と買い揃えていくのだが、豪遊できると言っていただけあって、ライアスは値段設定に少しだけ疎い。機能面などの比較はせずに、一番値の張るものが良い物だろうスタンスだったので、毎回それを止めて、店員へ相談をしていくのは骨が折れた。何件目かの店では店員から苦労しているんだなと苦笑いをされてしまうぐらいだった。  また、アメリアはと言えば、最初の内ははぐれないようにとトーマの後ろに張り付いたのだが……彼女も、大きな町を見て回るのが初めてだったために、見たこともない物が沢山あるのだ。更にはどの店内も品数が多く、キョロキョロと辺りを見回して目を輝かせていたので、店内では別行動をしても構わないかとトーマから護衛へ相談を持ち掛けた。それにはすぐにレオルドが問題ないと答えてくれたので、好きに見ておいでと彼女の背を押してやった。  最初は困った顔をしていたが、店員と話し込んでいるトーマ達を見て、自分がいてはかえって邪魔になってしまうかもしれないと思い、アメリアも遠慮がちにだが店内を自由に見て回るようになった。寄り添うレオルドへ、時折用途が分からない物について問いかければ、非常に優しく、やわらかい顔で説明していた。2人から少し離れた所で護衛を続けていたウィルは、絶え間ぬ努力をしているレオルドの姿に小さく笑いを漏らした。  町行く人が男女問わず絶対に振り返るほどの整った顔・実力・しっかりとした体躯を持ち合わせている男がこれほどアピールをしているにも関わらず、ひょろりとして頼りなさそうな印象を受けるトーマへ懐いているのだから……人生何が起こるか分からないものだ。  大きなリュックはトーマのお陰で比較的空きが生まれた。そこへ何を入れるかと言う点では満場一致で食料となった。アメリアの食べっぷりを見ていれば、いくら備えていても足りないのは分かりきっている。腹ペコ聖女のために日持ちする食材や、簡単な調味料、携帯食料としてビスコッティのようなお菓子や長期保存の効くライ麦パン等で埋め尽くしていく。後でトーマが個人的に冷凍保存の魔法を掛けておこうと考えているため、実際は更に保存期間も伸びるが、消費速度も速いので保存についてはそこまで心配する必要もないかもしれない。  この聖女ときたら、女性が喜びそうな可愛らしい雑貨やおしゃれな洋服には目もくれず、食料店でのテンションが一番高かったのだ。あれもこれも美味しそうと涎を飲み込みながら眺めている彼女へ、個人の荷物へ入る程度だったら別で買って持ち歩いても大丈夫だとレオルドが教えてやる。  すると、今までの一歩引いた控えめな態度が嘘のように、自分の鞄の空き具合を確認しながら生き生きと選んでいくではないか。パンパンに膨らんだ鞄を肩へ下げる様子に、持とうかと声を掛けるが、私のですから大丈夫です! と両手でぐっとガッツポーズを取り胸を張っていた。その様子に、そうか、と手へ口を当ててレオルドは顔をそむける。分かる、今のは結構可愛かったと盗み見ていたトーマも心の中で頷いた。  旅の準備が大方できた所で、休憩がてらに食事にしようというライアスに、全員が頷く。昼の時間から少し遅れているので、空いている店内へはすぐに通された。温かいスープに一息ついて、パンを千切りながらトーマはこの後の予定を思い返す。明日に必要な魔石を買い込み、一度教会へ顔を出してから宿へと戻る予定だ。これからこのメンバーとこんな生活を続けていくのであれば、まずは親睦を深めてみようか。その手始めとして……トーマはうんと頷き顔を上げる。 「あの、ずっと思っていたんですが、俺に敬語とか殿とか付けなくて大丈夫です」 「しかし、トーマ殿は……」 「解除者って一般では知られていないですし、今は同行している魔術師として扱って欲しいなって思って」 「私も、皆さんと仲良くしたいです……! 年下でもありますし、レオルドさんみたいに、気軽にお話して欲しいです!」  渋ったライアスに、アメリアもお願いしますと頭を下げた。言われてみれば、レオルドだけはみな平等な言葉遣いと態度だったと思い返す。トーマは気軽にお話されたことはないけれど。 「この先も長いですし、良いんじゃないですか?」 「ウィル……」 「と言っても、私は元からこんな感じですが」 「はあ、分かったよ。君たちも、俺らに対して気軽に接してくれ。ライアスだと長いだろうし、ライと呼んで欲しい」 「レオルドも、それでよろしいですか?」 「まあいいんじゃね」 「では、そのように。正直、私たちに対してここまで気を遣う護衛対象っていうのも珍しいですからね」 「確かにな。これからは仲間として頼むよ」  そう言って笑うライアスの笑顔が眩しい。仲良くしてくれるのは嬉しいことだが、面と向かって仲間と言われる経験が無く、気恥ずかしさもある。それでも、まずは一歩前進できたこと素直に喜ぶべきことだろう。 「改めて、ライ、ウィル、レオルド、これからよろしく」  取り繕うものではなく、心からの笑顔を浮かべ、トーマは護衛たちへ頭を下げたのだった。
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