始まりの町

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「クズ石を15,000個も?! しかも色の指定までしてくるとか、本気か兄ちゃん?!」  カウンター越しに注文をしたトーマの顔を見て、店員は大声を上げた。まあそうなるよな、と思いつつ頷き返せば在庫から引っ張ってくるからちょっと待ってろと倉庫へと下がっていった。  後ろの方ではウィルが魔石が全属性揃っているんですね! と興奮気味に話している声が聞こえる。  日常生活で魔石を利用するのは当たり前だが、魔法を使う者はそれとは別に魔力補助を目的とした魔石を持つことが多い。基本は魔力の底上げだったり、利用する属性魔法を増やしたり、魔法へ追加効果をもたらしたりというものである。魔法騎士でもある彼にもそれは当てはまり、より良い物があれば買い換えようとすることは当たり前の行動だ。  それを、護衛中にするのは当たり前ではないのだが、先ほど仲間としてと話したばかりでもあるので、ついでに行なう個人的な買い物を止める理由はなくなっている。現に、レオルドが見んのかよと呆れてはいたが、止めることはしていない。  護衛から仲間へと格上げした弊害にこんなことがあるとは……まあ、アメリアの近くにはしっかりレオルドが居るので、大丈夫だろう。 「トーマは見なくていいのか?」 「え?」 「魔石。ここは俺がやっておくから、見てきても構わないぞ?」 「ああ、大丈夫。俺は使っていないんだ」  バフ効果があるとゲームで慣れ親しんだ内容に、最初はトーマもテンション高く魔石について調べたのだが、自身の魔法はチートである。底なしの魔力に、最初から全ての属性魔法が利用可能で、しかも得意魔法が状態異常と強化魔法。その時点で魔石の必要性は0だった。むしろ、持っていては邪魔なだけ。  更には、身近で魔法を使う人であるミラージュも使っていなかったこともあり、大して特別なことではないと思っていたのだが……驚愕の表情で見つめてくるライアスの反応からして、普通ではないのかもしれない。 「ちなみに、得意魔法は?」 「日常系の魔法は普段から使い慣れている点では得意かな。戦闘で言えば、防御支援の方が得意」 「ほ、本当にそれで魔石を使わないのか……?」 「え……もしかして、俺、おかしい……?」 「おかしいと言うか……いや、トーマは魔女ミラージュの弟子でもあったか。なら納得できるかもしれない」 「師匠ってどんな位置付けなんだ……」  規格外の人だと認識があったが、世間でも認められている変な人だったのかもしれない。いつでも薄着の自由人を思い出して苦笑いを漏らす。そんな他愛もない話をしていれば、先程下がった店員が大きな袋を持って帰ってきた。 「お待たせ、中に500g以上ずつ小分けで入っているはずだ。重さでしか管理していないから、個数では難しくてな。だが、全部多めに入れているから足りないってことは無いと思うぜ」 「わざわざありがとうございます」 「いや、こっちこそこんな大量買い有難いさ。値段は1万で良いよ」 「え、でも」 「個数で卸せないのはこれで目つぶってくれ。それより持てんのかぁ? 結構重いぜ、これ」  カウンター越しに押し付けられた袋を慌てて受け取る。かなりずっしりとしているが、持てないことはない。頑張れそうだと抱え直していると、隣から伸びてきた腕にひょいと持ち上げられた。軽い物でも持つような動きに、さすが鍛えている人は違うと思い知らされる。が、ライアスは既に大量に買い込んだ荷物を背負っているわけで、これ以上持たせるのは心苦しい。 「俺持つよ」 「いや、トーマはこれからこの大量の魔石へ加工を施すんだろう? 体力温存しておいてくれ」  個数を数えるのは苦労しそうだが、魔法を使う程度はどうと言うことは無い……のだが、やはりそこも一般的では無いのかもしれない。 なんと言えばいいのか悩んでいる間に会計も済ませてしまったライアスはさっさと歩きだしてしまい、結局は言い出すタイミングも逃してしまうのだった。  全員合流して店の外へ出れば、辺りはすっかり暗くなっていた。思ったよりも時間が掛かってしまったようだ。このまま教会へと顔を出すとトーマの作業は更に遅れてしまうので、先に戻って作業を始めたい所だ。同じくそのことを考えていたのか、ライアスが二手に分かれることを提案すると、他も簡単に納得してくれた。  教会へは話を通しているライアスと聖女であるアメリアが顔を出せば良い。トーマは1人で戻る気であったが、それはダメだと意外にも却下され、付き添いを選ぶこととなった。アメリアひとすじのレオルドが立候補するわけもなく、やはりと言うべきか、ウィルがトーマ側についてきてくれた。  細い身なりをしているが力はあることを昨晩嫌という程思い知ったので、ライアスから荷物を引き継いでもびくともしないことに関しては、驚かなくなったとは言え……美形がこんな荷物持ちをしているのは違和感だ。トーマのその感覚は正常だったようで、宿までの道のりで何度すれ違った人に遠くから指摘されたことだろうか。隣のヤツも持てば良くない? と聞こえる話し声に、そうですね、本当にその通りですが、本人が持たせてくれないんです! そう言い訳出来ればどんなに良かったか。  部屋に戻り魔石を受け取ったトーマは、昨日とは変わり自分のベッドの上に荷物やらマントやらジャケットやら乱雑に放り投げる。腕まくりをし、どかりと床に胡座をかくと、目の前に魔石を広げた。  この作業で一番大変な工程は何かと一般的な魔術師へ問えば、時間で発動する魔力をアタリ石1つずつに込めていくことと答えるだろう。が、トーマにとっては、魔法を込めるのはまとめて100単位からでいけるのだ。だからこそ、魔法を込める石を600個程数える方が大変だった。発色する色ごとに入れてくれているので、色分け作業がないだけまだましだろう。  早速作業を始めたトーマの手元を、荷物を置いたウィルは興味津々に覗き込んだ。 「……仕分けですか?」 「あ、うん、そう……」  数えながらの適当な返答に気分を害することもなく、ウィルも同じようにトーマの向かいへと胡坐で腰を下ろす。キリの良い所まで数え終わったトーマが顔を上げれば、にこりと微笑みかけられた。 「手伝いますよ。こちらを数えれば?」 「あ、100個ずつに分けてもらえるとありがたいけど……ウィル、寝てないんでしょ? 少しでも休んだ方が良いんじゃない?」 「おや、ありがとうございます。ですが、本当にこれぐらいは大丈夫ですよ」 「さすが騎士、鍛え方が違う……」 「ふふ。それに眠れていないのは貴方も一緒でしょう?」 「え……?」 「昨晩、ひどくうなされていましたよね?」 「あ、ごめん、うるさかった?」 「いえ、そんなことはありませんが……」  夢見は悪かったが、まさかうなされていたとは思わなかった。しかも部屋の外で護衛をしていたウィルに聞こえる程だったとは……歯切れ悪く見つめてくるウィルに、トーマは苦笑いを浮かべた。 「大丈夫、たまにあるんだ。昔からだから気にしないで……って、同部屋じゃ気になるか」 「貴方が問題ないなら良いのですが……先見の力もあるでしょうし、起こして良いのか悩んでしまいまして」  確かに2回ほど見通す力は夢として現れているので、ウィルの考えは最もだ。精霊の時は、無理やりその場で意識に介入してきたので自分だけの力では無い。見通している間に起こされてしまい、中途半端に終わった場合どうなるのか、続きからきちんと見られるのかは全く分からない。だからこそ、起こさないでいてくれた判断に感謝だろう。 「そうだね。見通してる可能性もあるし、そっとして置いてくれると有難いかな」 「なるほど、承知しました」  うなされていてもそのままでとのお願いに、分かりましたと返してくるドライさが有難い。そこから会話は最低限となり、ひたすら数え続ける。2人で行ったために予想よりも早く分け終わると、トーマは膝立ちとなりアタリ石となる魔法石へ向けて手をかざした。時間差で発動させるには少しコツが必要だが、アラーム代わりに時間差発動を使っていた経験あるので問題ないだろう。日常系が得意と言うだけはあり、サクサク作業を進めていく。トーマの手元を後ろから覗き込んでいるウィルはさすがですねと感嘆の声を漏らした。  使う予定の石全てへ魔法を掛け終わると、再び胡座に座り直し、軽く息を吐く。念のため数え間違いが無いか再確認をし直せば、ほとんど終了だ。 「終わった~~~~!!!」 「お疲れさまでした」  座ったまま腕を後ろへ付いて天を仰ぐトーマの隣で、ウィルが数え終わったばかりのクズ石たちを大袋の中へとまとめて入れていく。後片づけを任せてしまっていることに気づき慌てて立ち上がろうとした所で、自身の足が痺れていた事に気づき、その場で蹲ってしまった。それを見て、ウィルは小さく笑い声を漏らした。 「良い転がり具合ですねぇ」 「え、同じ態勢だったよね? なんで動けるの?」 「鍛え方が足りないんじゃないですかね?」 「それは言い返せない……」  なんとか足を伸ばして擦っているトーマの様子をくすくす笑いながら、手早く後片づけを終えて袋を部屋の隅へと置けばトーマの仕事は終了だ。遅くなる前に終えられて良かったとほっとした所で、既に22時を回っていることに気づいた。 「あれ、そういえばアメリアたちってまだ戻ってきてない……?」 「言われてみれば遅いですね」 「何かあったのかな?!」 「どうでしょう。レオルドはともかくライも一緒にいるわけですし……食事でも振舞われているんじゃないでしょうか?」 「教会で食事……?」  質素な生活をしていそうな所で、もてなすような食事を出せるものなのか。全く想像が出来ずに首をかしげる。引きこもりすぎて常識知らずな所が多すぎる……そう痛感していたが、普通はそうですよね、と返されたために、一般的な反応だったことに少しだけ安心した。 「普段は質素で資金を持っていないように見せかけていますが、教会も中々ですよ。まあ、聖女崇拝をしているので私たちにとっては強い味方でもありますが」 「聖女崇拝……」 「さて、私たちもひと段落しましたし、食事にでも行きますか」 「あ、うん、そうだね」  政にも関わってきそうな話題が、意外と身近になっていることを知りぞっとする。力のある者が望まずとも巻き込まれてしまうのは仕方のないことだろうが……もしかしたら、解除者である自分も他人事ではないのかもしれない。けれど、この旅が終われば自分は日本へと戻るつもりでもあるので、深く考えることも無いかなと判断して聞き流すと、トーマは立ち上がった。  夜遅く、まばらだが店内には客の姿があった。皆手には大小のグラスを持っているので、アルコールを楽しんでいる客たちだろう。トーマとウィルの姿を見つけたのは昨日アメリアが助けた青年だ。完治していると言っても病み上がりでもあるので、今日までは休んでいても良いだろうに、彼は2人を見かけると、すぐにいらっしゃいと声を掛けてきた。まだ大丈夫か聞いてみれば、あなたたちならいつでも大歓迎だと返されてしまった。  窓際の2人席へと落ち着くと、すぐに青年が木製の樽型ジョッキと少量のナッツが乗った皿をテーブルの上へとサーブされた。 「注文してないんですけど……」 「サービスですよ! あ、兄ちゃんは未成年かな? だったらそっちの綺麗な兄さんの方に2杯共飲んでもらってよ」 「ビール?」 「そんな高級品でもないけど、それに近いヤツ。無理そうなら残してもらっても大丈夫だから。何かつまみも作るけど、食べたいものとかある?」 「夕食がまだでして、少し重めの物もあると嬉しいです」 「了解、いい肉入ったんだ、ちょっと待っていてくれ」  流れるように会話が終了すると、青年はさっさと厨房へと戻って行ってしまった。この時間から一杯ひっかけるなんて何年ぶりだろうか。この世界に来てからはミラージュを連れて自宅まで歩いて帰らなければいけなかったので、遅い時間まで飲んでいなかった気がする。  まだ戻ってきていないメンツの事も気になるが、出されたものを無下にするのも勿体ないよなと自分自身へ言い訳し、ジョッキへ手を伸ばした。それを見て、ウィルは意外な物を見るような表情を浮かべてから、すぐにニヤりと口の端を上げる。 「おや、イケる口ですか?」 「まあ、嗜む程度には」 「貴方は未成年なのでは?」 「うっそでしょ、それ本気で言ってる?」 「わりと真面目に言っているのですが」 「プラス10歳は上ですね」 「それこそ嘘でしょう……?」  この世界の成人は18歳となっている。今年めでたく28歳を迎えたトーマにとって、笑えない冗談を言われているとしか思えないのだが……本人の申告通り、本気で未成年だと思っていたウィルは、テーブルへ腕を付くと乗り上げて至近距離まで顔を寄せてきた。突然間近で広がるクールビューティーに息を止めたトーマに気づくことなく、頭の先から腰まで見えている部分全てを見渡してから信じられないと首を振る。 「冗談ではなく、本当にですか? 私より年上だと?」 「アラサーに年のこと言わないでよ……俺だって気にしてないわけじゃないんだよ……」  童顔なため年若く見られやすい日本人あるあるをまさか異世界で体験できるとは。しかも脅威の10歳サバ読みのお陰で、1周回って現実が重くのしかかってくる。しょんぼりと下を向いてしまったトーマに、ウィルは自分の中でやっと消化できたのか、すみませんでしたと謝罪を口にした。その声色はなんだか楽しげで、ジト目で顔をあげれば、やっぱり楽しげに目を細め頬杖をついた彼と目が合う。 「悪いと思ってないでしょう」 「正直、ここまで興味深い人にお会いしたのが初めてで、ワクワクが止まりません」 「本当に正直~」 「まあまあ。それだけ私はトーマのことを気に入っているってことですから」 「それっていい事あるの?」 「アメリアより優先して守っちゃうかもしれません」 「やば、めっちゃ好きじゃん」 「運命の出会いに、ぜひとも乾杯しましょう?」 「はいはい、運命にかんぱーい」  投げやりに言いながらジョッキを掲げると、コツンと軽い力で相手もぶつける。力加減をしてくれている優しい所に好感を抱きながら久しぶりのビールを口に含んだ。今まで気を使っていただけあり、なんだかんだ素に近い対応でも許される相手が早々に出来たことはプラスになる。  興味があることには強引で引くことを知らない男にとって、トーマは興味の塊だが、大切なのは強力な魔法の使い手であることなのだ。気遣いに関してはウィルにとってはどうでも良いことで、むしろトーマが下手に出ていると、強引にひん剥く恐れすらもある。綺麗な見た目に騙されていたが、早く気づけて良かった。  ナッツを摘まみつつ食事を待っていれば、厚く切られたロースト肉が乗った皿や、サラダ、パスタ料理等がテーブルの上へと並べられた。ウィルのリクエスト通り、中々に重量のあるごちそうを前にしてトーマはわぁと声を漏らす。いつの間にか料理を取り分けてくれたウィルは、自然な流れでこちらへと皿を寄越してくれた。 「ありがとう!」 「いいえ。美味しそうですね」 「うん、こんなごちそう久しぶり」 「おや、そうなんですか? ミラージュ殿と言えば、手練れな魔女ですし、かなり裕福な生活をされていると思っていました」 「確かに金銭面で困ったことはなかったけど、なんせ山奥での2人暮らしだからね。料理は全般的に俺だし」 「トーマの手料理、興味あります」 「いやいや、簡単な物しか作れないよ」 「でも魔法で作っているんでしょう?」 「あ、そっちね。まあ、今後食べる機会は出てくるんじゃないかな?」  キラキラと目を輝かせて聞いてくるウィルにトーマは笑う。自分の料理ではなく、魔法を使って作る料理が気になるか、まあそうだよねと納得してから肉を頬張った。 「んぅ~~~! この時間に高カロリー。罪深さの割り増しで更に美味しい」  頬っぺたを押さえ溢れ出る肉汁に恍惚とした。背徳感に快感すら覚え、ゆっくりと味わう顔は蕩けきっており、言い知れぬ色気を纏っている。そんな姿を目の前で目撃したウィルは、なんだかいけない物を見てしまったような気持ちになった。中性的な見た目も相まって、同性と分かっていてもゴクリと喉が鳴る。そこで、予想外な自分の反応に気づき、内心笑いを漏らした。興味深く大変好意的に捉えているのは自覚していたがまさかここにまで興味があったとは。自分自身知らなかった部分を知るきっかけとなって面白い。 「本当に、興味深い人ですねぇ……」  豪快にビールを煽り幸せそうにしているトーマを眺めながら、ウィルもジョッキを傾けた。 ◆  時刻は0時少し前。粗方の皿が空となり始めた頃に、宿屋の扉が開いた。魔法談義に花を咲かせていた2人が会話を中断させて視線をやれば、入口にはライアスとアメリアを背負ったレオルドが立っていた。一瞬怪我でもしたのかとヒヤリとしたが、護衛の少し疲れているもいつも通りの姿と振る舞いを見るに、単に眠ってしまっただけのようだ。  変わってライアスは、店内をチラリと見渡し、常連らしき客が数人残っている中に見知った顔を見つけぎょっとする。ジョッキ片手にこちらへ向かい呑気に手を振っているトーマと頬杖を付きながらニヤニヤとしているウィルに、少しばかり呆れた視線を向けた。だが、教会からの誘いを断りきれずに聖女が寝落ちてしまう時間まで接待を受けていた自分たちでもあるで、何か言えるような身分でもない。  そんなライアスとは対照的に、2人の煽りとも取れる態度にレオルドが盛大に舌打ちを漏らすとズカズカと歩みを進めた。眠っているアメリアを背負っているので少しだけ遠慮がちなのが、少しだけ面白かった。 「なに呑気に飲んでんだ、オマエら!」 「おかえり~、アメリア寝ちゃったの?」 「教会のご機嫌取りご苦労様でした」  酔っ払いと全くのシラフだが取り合うつもりのない者は軽くスルーを決める回答だ。こっちは飲みたい酒も我慢して護衛をしてきたと言うのに、好き勝手にしやがってと怒るレオルドに、ウィルはただニヤニヤとした視線を向けるのみ。トーマは怒ってるの~? と笑っている。 「オマエクソ腹立つなぁ?!」 「いへへ、はにふゆのー」  レオルドは、器用にも片手でアメリアを抑えつつもう片方でトーマの頬を掴むと遠慮なく引っ張る。酔っ払い特有の緩慢な動きをするトーマを見て、ライアスはウィルへ咎めるような視線を送った。 「トーマに酒を飲ませたのか」 「おや、自分から飲まれましたよ?」 「だからって、未成年だろうに」 「ライ、人を見た目で判断するのはやめた方が良いですよ」 「はぁ?」 「ねえ、トーマ。言っておやりなさい」  レオルドの抓りから解放され、赤くなってしまった頬を撫でていたトーマは話を振られると、同調するように深く頷く。 「そうそう、俺はこれでもピチピチの28歳ですよ」 「そうそう、紛うことなきアラサーですよ」 「そうそ、待って、ウィル今なんて言った?!」 「おやトーマ、その頬どうしました? 可哀想に」  続けたウィルの言葉に頷きかけ、普通に失礼なことを言われていることに気づく。テーブルへ手を付いて詰めるも、相手はスルーすると迫ってきた顔へと手を伸ばしてきた。レオルドによって赤く腫れている頬をよしよしと撫でられ、話を有耶無耶にされたトーマは、数秒ジト目で睨みつけていたが、諦めたように再び椅子へと背を預ける。  その仲良さげな様子に信じられず、ライアスはぽかんと2人を見つめることしか出来なかった。お前ら昨日まで名前も知らない他人だったはずじゃないのか? 喉まで出かかっていたその言葉を飲み込む。茶番を繰り広げ続けるトーマとウィル、それに少なからずショックを受けているライアスの様子に収集が付かないと判断したレオルドは、深くため息を吐いて、アメリアを背負い直しながら先に部屋へと戻っていくのだった。
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