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翌日、聖女一行は朝早くから教会にいた。前日トーマが魔法を施した魔法石が入った袋を神父へと手渡すと、後はこちらで対応するので孤児院へ顔を出して欲しいと頭を下げられた。抽選作業はミサに合わせて行うために立ち合いは不要だったが、こんな簡単に解放されるとは思わず面食らっているトーマの後ろで、昨日の頑張りが報われたとライアスが零す。それにくすくす笑っていたウィルは、渋い顔で頷いていたレオルドに強めに頭を叩かれていた。
教会に隣接している孤児院へと向かう途中、早朝だというのに、沢山の騎士たちの姿があること首を傾げた。聞けば、教会からの要請を受け、この町に配属となっている騎士たちが警護を全面協力してくれることとなったらしい。思っていたより教会の手回しが早い。有難いことなのだが、この機関を敵に回すのは恐ろしいと思い知らされる瞬間だった。
孤児院へはすぐにたどり着いた。シスターたちと朝の祈りの時間が終わった子供たちが礼拝堂から出てくるタイミングとかち合ったせいか、ちょうど現れた聖女たちへ視線が一気に集中する。事前に話を聞いていたシスターとリーダー格となる年上の子供たちがすぐに聖女だと気付き声を掛けてきてくれた。
本当は一般の治癒活動の前後で、孤児院や病院の特別枠を治癒する予定だったが、時間もある本日に前倒し出来ないかと相談してみれば、シスターたちは喜んで同意してくれた。
朝食の前に済ませてしまおうと、年下の子供からアメリアによる治癒が始まる。部屋いっぱいに広がるまばゆい光を目にした子供たちは歓声をあげた。きちんと順番を守りながら治癒を受ける子供たちは、終わり次第護衛たちへと絡みに行くのをトーマはほっこりとした気持ちで見つめていた。
剣を下げているせいか男の子が目を輝かせ、イケメンのせいでませた女の子がうっとりと見つめている。部屋の端でわちゃわちゃとしている様子を見ていたトーマの元へ、治癒が終わったアメリアが寄ってきた。
「お疲れ様。大丈夫? 疲れてない?」
「ありがとうございます、平気ですよ」
「そっか、良かった。つらくなったら言ってね?」
「はい、ありがとうございます」
「あ! 聖女様!」
聞こえた幼い声に視線を下げると、小さい女の子が数人アメリアの元へと駆け寄ってきている。そのままアメリアの足へぎゅっと抱き着いてきたのを彼女は笑顔で受け止めてやった。
「走ったら危ないですよ」
「大丈夫よ、私走るの得意だもの!」
「ねえ聖女様、今日はずっとここに居てくれるの?」
「貴方は騎士様じゃないのにどうして聖女様と一緒にいるのよ?」
「もっかいキラキラやって欲しいの!」
同時に会話をしだし一体何を言っているのか分からない。さすがのアメリアにも聞き取ることは難しく、困ったように笑って受け流しているが、子供たちは気にせず一方的に話していた。
そのうちの1人だけトーマへ声をかけていた物だけは聞き取れたので、答えるためにトーマはしゃがんで視線を合わせてやった。年としては3~4歳という所か……ませ始める頃だな、と心の中でだけ小さく笑う。
「俺は、魔術師として騎士のみんなと一緒に護衛しているんだよ」
「魔術師? 本当に魔法が使えるの?」
「もちろん」
「本物の魔術師は稀少だってシスターが言っていたわ。とても信じられない」
「それじゃあ、これはどうかな?」
人差し指を立て、軽くくるりと回す。簡単な風魔法を少女へ纏わせると、小さなおさげを揺らしながら、スカートがふんわりと翻る。突然の出来事に驚き自分の周りをキョロキョロとしている少女に、こっちだよと声を掛ける。顔を上げた少女へ見ててと伝えてぱりちと指を鳴らせば、彼女の周りにある水蒸気を一気に冷却させた。途端、キラキラと光り輝きながら地面へと舞い落ちていく。同じタイミングで風魔法も止めてやれば、魔法にかけられたお姫様のような状態だ。呆然とした表情のままトーマを見つめてきた少女へ、パチリとウインクを返せば、彼女の顔が一気に赤みが差した。
「今のなぁに?!」
「風と一緒にキラキラしていたわ、あなたがやったの?!」
「素敵! お姫様みたいだった!!」
本人からの感想よりも先に、アメリアへ話しかけていた子供たちが一斉にトーマへと飛び掛かる。しゃがんでいたために女児の飛びつきを受け止め切れなったトーマはそのまま後ろへと尻もちをついてしまうが、子供たちはそんなことにお構いなく膝の上へと乗りあげて目を輝かせている。
「ちょっと! 魔術師様に何しているのよ!」
その様子を見て、ハっと我に返った魔法を掛けられた少女は、離れなさい~! と声を張り上げながらトーマに絡んでいる子の腕を引っ張り始める。いきなり始まった魔術師争奪戦に、隣に居たアメリアはまあと呟きながら口を押さえた。
「トーマさんったら、初恋泥棒さんだったんですね」
女児に揉みくちゃにされている魔術師を眺めながら、聖女はくすくすと楽しそうに笑うのみだった。
どうしてもトーマと離れたくないと駄々をこねる子供たちと別れを告げ、病院へと向かう。町の人や騎士たちなど収容されている部屋はそれぞれ異なったが、この町に住んでいる人間を分け隔てなく治療している様子に、護衛たちは感心した表情をしていた。王都の事情はよく知らないが、身分での差別は多少なりともあるんだろうと想像ができる。その点、自分が居た村は村長との距離も近かったので、良い村だったんだなぁと第二の故郷を思い返してしまった。
アメリアには珍しく、朝昼と食事を抜いてまでして行った治癒活動のお陰もあり、夕方前にこの日の行程は滞りなく全て済ませることができた。
空腹でフラつく聖女を気づかないながら戻ってきた宿屋は、この数日で思いのほか慣れてきていたようで、お帰りなさいと声を掛けられてほっと安心する。部屋へ入る前に食事を優先させ空いている席へと腰かけると、早速孤児院と病院での話を聞きつけた常連客たちが労いの声をかけてきてくれた。これも食ってくれと色々と差し入れも入り、頬を膨らませながらもりもり食べる聖女はまるでハムスターのようで……威厳も何もあったもんじゃない。そんな庶民派な聖女様に客たちは大喜びで、食事が終わり次第聖女ご一行は部屋へと引き上げたにも関わらず、この日も大賑わいの夜を迎えるのであった。
◆
そして、メインイベントである教会で行う治癒活動の朝。皆、6時前には支度を整えた状態で食堂に集まっていた。店主の好意で時間外にも関わらず朝食を用意して貰い、軽く摘んでから(聖女は例に漏れずペロリと定食2食分を平らげていた)教会へと向かう。
予定時間の数時間も前に教会へ着いたと言うにも関わらず、すでに入口には数十人の人が集まっていた。各々手には薄く発光している石を持っているため、トーマの魔法はきちんと発動もしてくれたようだ。自身がなかったわけではないが、本当にできているか不安もあったため、ほっと小さく息を吐いた。待っている人達からの視線を避けるように裏へと周り、関係者入口から教会の中へと入る。すでに到着していた騎士たちが忙しなく動き回っており、それでもアメリアたちを見かければ、みな足を止めて敬礼をする。その対応が、王都で出会った真面目な騎士・ハロルドを彷彿とさせてしまい、なんだか少しだけ懐かしい気持ちにもなった。
騎士たちと同じように忙しそうにしていた神父を捕まえ、軽く挨拶を交わしてから待機場所としてあてがわれた部屋へと通された。そこで本日の流れについて再度確認をして、後は時間までは待機時間となる。
「アメリアの後ろに立つ護衛メンバーを決めておこうか」
神父が出て行ってすぐ、ライアスの提案に一同が頷く。アメリアが治癒を行うのは祭壇などが置かれている一段高くなっている内陣の真ん中あたり。そこへ向かう合うように2脚の椅子を置き、奥側にアメリア、もう一方へ治癒を受ける者が代わる代わる交代で座っていく予定だ。正面の入口から入り、出口は関係者が使用している出入り口を利用する。今回はこの町の騎士たちが出入り口や列整理などを担当してくれるため、全員がアメリアの近くで待機することができるわけだ。
「1人はウィルで問題ないだろう。それと、もう1人……」
「オレがやる」
「だが、レオルドは寝ていないだろう? 大丈夫か?」
この中で最速の素早さを誇るウィルが指名され頷き、残る1人を決めようとすれば、予想通り即座にレオルドが立候補した。昨晩夜通し警護にあたっていた彼の身を心配するライアスへ大丈夫だと食い気味で返事を返している彼を見れば、わざわざ自分もと名乗り出る気持ちにもならなかった。
生暖かい目でそのやり取りを眺めていると、突然レオルドの視線がこちらへとむけられる。思いきり視線がかち合い、反射的に愛想笑いを浮かべたトーマに対し、彼は小馬鹿にするように鼻で笑うとすぐに逸らされた。
「は……?」
「それじゃあ、トーマはさらに後方で俺と一緒に警護を兼ねて立ち会う形で問題ないだろうか?」
「あ、うん、大丈夫」
思わず漏れた声は、運よくまとめにかかっていたライアスの声でかき消される。トーマの反応をレオルドが拾うより先に彼が声をかけたのかもしれないが、とりあえずはそのままこの場が収まる。
大人げなく口論になってしまいそうだったことに少しだけ反省しつつも、魔術師が嫌いだとしても少しは歩み寄りを見せてくれていいのではないかとトーマがレオルドに対して不満を感じたのは事実だった。
◆
アメリアの希望もあり、予定を30分ほど前倒ししてとうとう治癒活動が始まった。ミサが終了し、一旦礼拝堂を退出させ、当選者だけを集会所へ集めてから再び礼拝堂へと列を作らせる。
警護の騎士が礼拝堂の入口を開くと、そこには朝の光を受け、美しく輝くステンドグラスの背景で祭壇前へと静かに座って待っているアメリアの姿が飛び込んでくる。さらには、彼女の後ろには偶然にも対のような金銀の髪を持つ見目麗しい護衛である騎士が控えており、神々しさを増していた。1枚の絵画のような光景に、治癒を待つ者たちの口から言葉が消えていく。静かになった礼拝堂内に、澄んだアメリアの声が響いた。
「どうぞ、先頭の方から1人ずつ前へ」
その声かけで、騎士が一番先頭にいた老人の肩をそっと押し促す。はっとした表情を浮かべた後に、老人はゆっくりとアメリアの待つ内陣の方へと歩き出した。静かに椅子へと腰かけた老人へ、アメリアは慈悲深く微笑みかける。そっと手を差し出すと、その手へと老人が自身の手を重ねた。
「これから治癒を始めます。リラックスしていてくださいね」
緊張の面持ちで頷く老人へ再度微笑んでから、両手で手を握り締めると目を閉じた。そのまま祈るようにすれば、彼女を中心として礼拝堂に優しい光が溢れた。瞬きのうちに光は収束し、元へと戻る。あっけにとられている老人の手を離すと、終わりましたよと声をかけた。
「膝が悪かったのですね。少しは軽くなったと思います」
言われおそるおそる立ち上がった老人は、痛みが来ないことに驚きアメリアと自身の膝の間で視線を行ったり来たりとさせていた。言葉にせずとも、行動で膝が治っていることを語っている老人へ、アメリアの後ろに控えていたレオルドがじいさんと呼びかけた。
「もういいか? 後ろ詰まってる」
「あ、ああ、そうだな。すまない。聖女様、ありがとうございました」
素直に非を認めると、老人は丁寧にアメリアへと頭を下げ、出口を案内している騎士の元へと向かって歩き出す。それを皮切りとして、午前の部がスタートした。
驚くほどに順調に進む治癒活動。一様に治癒を施してくれたアメリアに対して感謝を述べる人たちの目からは、もはや信仰に近いものを感じる。確かに、こんな場所で奇跡の力を施されたら妄信してしまうのも仕方ないかもしれない。特に市民から信頼を得ようと始めたわけではないのだが、聖女としての評判は確実に上がっているだろう。
「大丈夫か?」
疲れも見せずに、笑顔を絶やすことなく次々と人を呼ぶアメリアを見つめていたトーマに、隣で同じように警護にあたっていたライアスが声をかけてきた。
「大丈夫、ありがとう。むしろ、ライたちの方が疲れてるんじゃない?」
「俺たちは日頃の鍛錬のお陰で体力もあるからな、問題ないさ」
「そっか」
爽やかに笑っていう彼の言葉に嘘偽りは含まれていないだろう。素直に頷いたトーマはゆっくりと視線を前へと戻す。母親に連れられた少年が、キラキラとした目でウィルのことを見上げていて、騎士になりたいと熱い思いを語っていた。
「ねえ、ライ」
「ん?」
「本当に、ありがとう」
「急にどうした」
トーマの言葉に同じように前を見ていたライアスが再び視線を隣へと戻す。礼を言った本人は彼に視線を向けることはなく、やわらかい表情でアメリアを見つめていた。
「こんな機会を作ってくれてありがとう」
「いや、俺は何もしていないさ。実際に頑張っているのはアメリアだし、それまでの準備をしたのはトーマだろう?」
「教会に取り次いでくれたからこうやって実現できたんじゃない」
なかなか頷かないライアスにトーマが再び隣へと視線を戻す。上目遣いで含み笑いをすれば、やっと相手は、まあ……と口ごもった。
「それにさ、ライは最初反対だったでしょ?」
「え、いや、それは、」
「ライの言っていることはもっともだし、それが一番無難な選択だったことは俺も納得できるから。だけど、頑張ってるアメリアの力になりたいと思ったことも事実。結果、押し切るような形になっちゃって……それなのに、嫌な顔1つせず協力してくれるでしょ? 本当に、感謝しています」
「トーマ……」
「俺もさ、恥ずかしいぐらいに世間知らずだから……今回は押し切っちゃったけど、看過できないって判断したらすぐに止めて欲しい」
「分かった、任せてくれ」
トーマの言葉に、ライアスがしっかりと頷いて返事をする。今度こそ頷いてくれた彼を見て、ほっとしたトーマの表情に庇護欲が掻き立てられ、無意識のうちに伸ばしていた腕を頭へ触る寸での所で止めた。未成年ではなく、しっかりとした成人なのだと判明した今、トーマの頭を撫でるのはあまりにも失礼な行為だろう。行き場をなくした手を再び戻そうとしたところで、トーマは笑いながらつむじを差し出した。
「どうぞ」
「え……」
「今回限り、特別大サービス」
悪戯っぽく笑うトーマに、ライアスは小さく噴き出すと、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜるように乱暴に撫でたのだった。
◆
残り2日の治癒活動も恙なく終了することができた。中にはアメリアへ絡む男や、見目麗しい護衛のレオルドとウィルへ色目を使う女などいたにはいたが、そんな問題を起こしそうな人間はすぐさま警護を担当していた騎士の方々により摘まみだされていった。
今後、協力が望めない町や、自警団すら存在していないような小さい村へ行う機会もあるかもしれない。その時には今回のやり方を参考に自分たちで対策をする必要があるので、この期間で、最低限で回す警護の仕方・押さえておくべき場所・対応方法なども学ばせていただくことができたのも大きい収穫だ。
最終日は、最後の1人が終わったところで、今回協力をしてくれた人たちには特別にとアメリア自身が走り回り、神父やシスター、騎士たちなど皆に治癒を施すサービスまで行った。夜も更けた頃に宿へと戻り、達成感を胸に目をつむる。だが、その数時間後には起きだして出立の準備を進めた。
早朝の方が人と会う確率も減るので、スムーズに町を出ることができるだろうという意見に全員が賛成をしたわけだが……これはさすがに堪える。疲労感を感じながらも、一番疲れているのはぶっ続けで治癒行為を行っていたアメリアなのだと自分を奮い立たせると、トーマは自身の荷物を引っかけた。
慣れた足取りで1階へと降りると、宿屋を経営している夫婦と、その息子夫婦が揃って待ち構えていた。驚く聖女一行に、ありがとう、気を付けてと挨拶と共に軽食を包んだ袋を手渡してくれる。この町で一番世話になった人たちに、トーマたちもみな感謝と挨拶を交わした。
最後に、秘密ですよとアメリアが治癒をかけてやれば、息子の奥さんがポロポロと泣き出してしまった。もらい泣きで目を潤ませたアメリアと抱き合い別れの挨拶を終えてから宿屋の扉を開けた。
早朝の刺すような空気に肩をすぼめる。疲労は感じてはいるが、心はやけに軽かった。最後になるであろう町の景色を目に焼き付けるようにして歩き、門をくぐる。
門番をしている騎士たちに見送られながら、聖女一行は次の目的地へと旅立つのだった。
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