異世界へのトリップ

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「は……!」  目を開ける。  知らない天井が視界へ飛び込んできた。そして、自分がベッドに寝かされていることに気づく。起き上がろうとして、背中に鈍い痛みを感じ、千尋は顔を引きつらせた。 「無理に起きるでない。背を強く打撲している」  突然聞こえる声に驚き、びくりと肩を揺らしながら視線だけをそちらへ向ければ、見たことも無い部屋の入り口に、見たことも無いほどの美人な白髪赤眼の女性が立っていた。 「私自ら処置してやったのだ、明日にでも痛みは引くであろう」  千尋の横までやってくると、腰に手を当て自慢げに胸を張る。彼女が着ている布地は、上はビキニのような物、下はパレオのような長めの布、腕に薄く長い布を1枚を巻いているのみ。  装飾品が首・腕周りとじゃらじゃらしているのが、布面積が大変少なく、しかもナイスバディなので同性でも目のやり場に正直困る。と言いつつもしっかりと視線は胸を凝視なのだが……そんな固まり動かない千尋に、白髪美女は首をかしげた。 「なんだ? この言語は分からんのか?」  その声に我に返った千尋は、慌てて体を起き上がらせた。痛みに息が止まるが、動けないほどではない。その動きにギョッとした白髪美女は、無理をするな! と言いながらも、千尋背を支えるようにして起き上がるのを助けてくれた。 「すみません……ありがとうございます……」  息も絶え絶えな千尋がお礼を述べれば、彼女は満足そうに頷く。 「なんだ、通じておったのか。ああ、感謝するが良いぞ。して、お前、名は?」 「藤間です、藤間千尋……あの、すみません、私はどうなったんですか……?」 「覚えておらんのか。私の家の近くに倒れていたのだぞ、土まみれになって。どっかから落ちてきたのでないのか?」 「あー……そうですね、傾斜のある森を転がり落ちたのは覚えているんですが……」 「覚えておるではないか」 「いえ、私が分かっているのはそこまでで、その後は……それに、ここはどこでしょうか? ご近所の方ですか?」 「その後、近くの森に落ちていたお前を私が拾い、怪我の手当をし寝かせた。ここは私の家だ。」  喋りながら白髪美女は指を動かす。すると、離れていた所にあった椅子が宙に浮き、白髪美女の元へ近づいてきた。彼女の説明を聞くよりも、千尋は勝手に動く椅子の方が衝撃が大きく、口をパクパクしながらじっと見つめる。そんな千尋の様子に、白髪美女は声を出して笑いながら、椅子を自分の足元へと下ろすと、そのまま椅子へと座る。 「そうか、根本的な所から分かっておらんようだな。ここは、異世界だ」 「……えっと……もう一度、お伺いしても?」 「なんだ、若そうなのに耳が遠いのか? 異世界だ」  馬鹿に、されているんでしょうか。 真顔で言われ、返答に困る千尋に白髪美女は更に続けた。 「たまに居るのだ、お前のような異邦者が」 「異世界、トリップ、と言うものでしょうか……」 「まあ、そんな所だ」 「あ! もしかして、私も魔法使えちゃったりするんですか?」 「ああ、そうだな。しかも相当力があるぞ」  マ ジ っ す か 。  笑顔が引きつっていたかもしれない。この人、重度の厨二なのかな? って不安になる。固まった千尋を気にするわけでもなく、白髪美女は不思議そうな顔をしていた。  ダメだ、動揺してはいけない、クールになろうぜ千尋、と自分の心の中で語りかける。 「クールになろうぜ、とは……」  厨二な白髪美女に引かれてしまった……。どうやら声に出ていたようで、恥ずかしいやら申し訳ないやら。あわあわしている千尋を、忙しいやつだなと簡単に切り捨て、白髪美女はお構いなしに話し始めた。 「この世界では魔法と言うものが存在している。才能があれば誰でも使用が可能だ。私ほどになれば、見ただけでその人間の力量が測れるが……お前は、この世界の中では相当上位の使い手になるであろう。良かったな」 「はあ……すごく嬉しいんですが、私は今法事でこちらに来ていてですね、火曜からは仕事がですね……」 「元の世界へは還れぬぞ」 「え……?」 「何度も言っているだろうに。ここは、お前が住んでいた世界とは違うのだ、チヒロ」  真剣な顔で告げてくる白髪美女。通常時であれば笑い飛ばせる話だ。先ほどの椅子だって何かトリックがあるかもしれない。魔法使いになりたいと小さい頃は夢見た事もあったが、所詮はフィクションなはずだ。  はずなのだが……何が何だか分からず、混乱状態で畳み掛けられてしまうと、不思議とそうなのだと思ってしまうわけで……異世界、と呟いた千尋は、力なく笑った。  「まだ怪我は消えておらぬ。とりあえず、今は寝ていろ」  放心状態の千尋の肩を白髪美女は優しく押すと、されるがままに千尋はベッドへと横になった。 「睡眠(スリープ)」  目全体を覆うように手のひらを乗せると、低い声で呟く。その言葉を最後まで聞くよりも先に、千尋の意識は再び深く落ちて行った。
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