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その夜、千尋は夢を見た。
それは、一面が青暗く、寒い洞窟のような場所。
一見岩壁に覆われている、行き止まりの空間だったが、奥の方にその場に似合わない石版が確認できた。そのまま、その石版へと近づき、両手を置き、意識を集中させる。すると、張り巡らされていた結界が破れる音がした。同時に、岩壁が輝き豪華な扉へと変わる。開けと念じれば、扉は簡単に動いた。
それから、耳をつんざくような悲鳴と、身を焦がすような熱風を感じ……次の瞬間には、生暖かい液体が千尋の顔に、体に、飛び散った。真横にいた女の子が倒れていくのが、やけにスローモーションに映る。悲鳴が聞こえたと思い振り返ると、金髪の青年の腕が飛び、銀髪の青年が、胸から血を噴き出しながら崩れ落ちていく。
続き激しい金属音。その音がした先では、巨大な槍を手にしている女性の攻撃を茶髪の青年が受け止めている。いつの間に現れたのか、その女性は白い光を身に纏い、ふわりと宙へと浮いていた。
「逃げろ、トーマ!!」
青年の声に、攻撃をしていた女性が振り返る。焦点の合っていない目に捉えられた気がする。ニタリと口の端が上がると、すごい勢いでこちらへ向かってきて―――
そこで、千尋は勢いよく起き上がった。がたがたと震える体。やけにリアルな夢に、まだ液体が……あの女の子の血がこびりついているように感じてしまう。
洞窟内の寒さも、金属音も、全てが鮮明で、あの時に感じたのが絶望と言うものなのだろうか。蘇る恐怖を治めようと腕で自分の体を抱くようにするが、一向に体の震えは止まる気配がない。
「夢を、見たのか」
静かに声をかけられ、追うようにして視線を向ければ、窓から差し込む月明かりを背にし、あの白髪の美女が立っていた。人の気配など感じなかった。いや、感じられたのかもしれないが、今の千尋には到底無理な話だ。
彼女にとっては突然現れた相手だったが、驚くといった感情よりも恐怖が勝っていた為に、頷く事で精一杯だった。彼女の返答に、白髪の美女はそうかとだけ呟き、腕を組み黙り込む。訪れる沈黙の中、徐々にだが冷静さを取り戻してきた千尋を確認してから、白髪の美女は姿勢を崩した。
「少し待っておれ。今温かいものを入れてやる」
コツコツと音を立てて部屋を出て行く白髪の美女は、千尋の隣を通りすぎる際に、軽く彼女の頭を撫でるとそのまま部屋を出て行った。俯いていた千尋は遠退く足音を聞きながら、そっと腕から力を抜かせる。
ようやく落ち着いてきた体に小さく息を吐くと、彼女は自分を不安にさせない為にわざわざ落ち着くまで傍に居てくれたのではないかと思った。夜も遅い時間だろうに、飲み物まで用意してくれるなんて……起きてすぐに近くに居てくれた人が彼女で良かったなんて考えていると、再び靴音が戻ってくる。
「飲むが良い」
戻ってきた白髪の美女は、千尋が眠る前と同じ位置にあった椅子に座ると、マグカップを手渡す。
「あの……ありがとう御座います……」
大人しくそれを受け取り小さい声ながら千尋が礼を口にすれば、彼女は一瞬驚いた表情を見せるも、すぐに気にするなと笑い返してくれた。くしゃりともう一度頭を撫でてから飲めと再び促せば、千尋は手に収まっていたマグカップへと口付けた。
ココアなのか、温かく甘い味に昂っていた気持ちが落ち着いていく。ゆっくりとだが飲み始める千尋を見て、白髪の美女は安心したように息を吐くと、足を組んだ。
「チヒロ、昔話をしようか」
落ち着いた声でそう話しかけられ、千尋はマグカップへ落としていた視線を上げる。このタイミングでなぜ昔話なのかと不審に思ったが、視線を上げた先にあった赤い目がとても真剣で。その目を見た瞬間に、千尋は自然と頷いていた。
この世界は、100年に一度、冬が明けない年がくる。
何年も、何十年も続く冬に、木々は枯れ世界は氷に覆われていく。世界は終わりを迎えると誰しも思った時、奇跡の力をもった少女が現れた。その少女は、どんな怪我や病気でも祈りを捧げる事で癒す力を持っていた。そして、その少女の出現を予測した魔法使いがいた。魔法使いは言う。
「その力を使い、冬を明けさせることができる」
そして少女は、魔法使いと共に春を迎える旅へと出た。
二人がやってきたのは、氷の祭壇。
魔法使いが扉を開けたその先には、棺の中で、一人の精霊が眠っていた。不思議なことに、精霊の周りは暖かく、草や花が咲いていた。
「さあ、祈りを捧げるのだ」
魔法使いの言葉通り、少女は祈りを捧げる。
すると、眠っていた精霊が目覚めた。
「私の仕事は春を迎えることなのですが、そのためには多くの力を使います。その力を得るためには、長く眠り貯める必要がありますが、今回は中々に貯まらず、長く眠っていたのです。けれど、貴女の癒しの力のお陰で、足りていなかった力を補い、無事目覚めることができました。ありがとう。何か、お礼をさせてください。」
精霊の言葉に、少女はこう答えた。
「もしまた長く眠りに入る時があるのならば、私と同じ力を持つ者と、魔法使いさんのような力をある方を引き合わせてください。私がここまで来られたのは、魔法使いさんのお陰なのです」
精霊は、約束すると深く頷いた。
そして、世界は再び春を迎えることができた。祭壇より戻ってきた少女のことを、人は口々に言う。
聖女だと。
聖女が、春を迎えるための巡礼の旅から帰ってきた、と。
「これは、何百年も昔から伝えられておる話だ。だが、この話には一般的には語られていない部分がある。1つは魔法使いが扉を開けられたのは、解除者としての力があったからだ」
「カイジョシャ……?」
「うむ。祭壇までの扉の封印を解除。石版へ力を込め扉を出現させ、結界を解除し、道を作る……それが可能なのは、解除する力を持つ者、解除者と呼ばれる者だけだ」
聞き覚えのある内容に千尋は顔を上げた。先程飛び起きた原因になった夢のはどんなものだったか……今目の前の白髪の美女が口にした内容ままだったはずだ。驚く様子に、彼女はやはりかと一瞬顔を歪めたが、それもすぐに消えるとじっと千尋を見つめた。
「1つはその魔法使いは異世界からやってきた者だった」
「そんな……」
「精霊は生きるべき世界が違う魔法使いの存在に気づき、魔法使いへ問う。元の世界へ戻りたいかと。戻りたいのであれば、力を貸そうと」
呆然と見つめてくる千尋の肩へ白髪の美女は両手置くと、まっすぐに見つめる。困惑する黒い瞳の中に白い髪が映れば、千尋も反らすことはせずに見つめ返してくれた。
「お前が見た夢は、洞窟の中で、扉を開ける夢だな」
「……はい」
「ならば決まりだ。1つは、解除者に備わっている力に、これから起こるべき未来を予知する、見通す力がある。お前が見たのは、未来の出来事だ」
そう告げられ、千尋は一際大きな動揺を見せた。弱々しく首を振り拒否を示す彼女の反応と、寝起きの状態を見る限り、最初から全滅するような最悪な予知だったのは簡単に想像がつく。
混乱動揺させ、逃げ道を塞いで、正常の判断が出来ない状態を作り上げてから……この細い肩では到底支え切れない重圧を、今まさに強いろうとしている。だが、解除者としての役目を背負わせ世界へ留め置いておく。これが自分の役目であり、千尋が請け負ってくれないと、いずれ訪れた冬に世界は閉ざされてしまう。
(聖女などより、余程贄役ではないか……しかも、今回は女と来た……)
潤み始めている瞳が縋るように見上げてくる。突然自由を奪われ、関係のない世界のために命を張ることを強要されたこの可哀想な人間。毎回この瞬間には同情してしまうのは許して欲しい。
白髪の美女は優しく微笑むと、千尋を抱き締めた。
「歓迎するぞ、解除者トウマチヒロ。すまんな、こちらの勝手で呼んでしまって」
その一言を切っ掛けとして、千尋は小さく肩を震わせ始める。噛み殺すような嗚咽を漏らすが、一言も嫌だとは口にせず、ただ涙だけを流す姿に堪らなくなり、白髪美女は更に強く千尋を抱き締めた。
「すまん……」
その行為は、我慢していた彼女の感情のたがを外してしまったのか、千尋からも強く抱きついてくると、とうとう大きな声を上げて泣いた。
◆
次に千尋の目が覚めたのは、太陽が高く上がった頃だった。目の前に飛び込んできた知らない天井は、自分が置かれている状況について雄弁に語ってくる。昨夜は、ガードレールを越えて崖へ転がり落ちて、白髪美女に拾われて、絶望的な夢を見て、それから……
「うわあぁ……!」
思わず包まっていた毛布を引っ張り頭ごと被ると、枕へ顔を埋めて身悶えした。昨夜の乱心ぶりを思い出すと、これだけでは留まらず、埋まって消えたくなる勢いだ。色々な情報を一気に詰めこめられて、キャパオーバー状態に追い討ちをかけられ、昂りすぎた感情を整理出来ず泣き出してしまうなんて……しかも、まったくの初対面の人に対して胸まで貸して頂いたときた。
気持ちの切り替えと、前向きな方へ捉えるのに定評のある千尋なだけに、昨夜の出来事は自分でも信じられないぐらいだ。
(帰れないって訳じゃないんだし、良い人っぽい人に拾われたし……ツイてる方だ!)
パシンと強めに自分の頬を叩き気合を入れなおすと、身体を起き上がらせた。昨日は起き上がるのも一苦労だった背中はすでに全く痛みが引いている。足元に揃えられた靴を履くと、千尋はゆっくりと部屋の扉を開けて、息を飲んだ。
廊下と思われし場所には、何に使うか全く分からないような物や、本等が転がっており、足の踏み場もない状態だったのだ。何かと戦った後だと言われても頷けてしまう惨状だ。
「なんなの、これ…!」
所々、本やフラスコ、ビーカーのような物の他に、液体やら石やら何かの薬品付けやらが転がる中を爪先立ち状態で慎重に進み、突き当たりの部屋の前までやってこれた。扉を開けて見ると、そこはおそらくリビングのような所で、テーブルやソファーらしきものが見つけられる。どれも本来の用途としては利用されておらず、物で溢れかえると言う大惨事だ。
ぐるりと部屋の中を見渡して、やっと避難できそうな椅子を見つけると、とりあえずそこへ腰を落ち着かせた。一息ついてから再び視線を巡らせれば、奥にはキッチンらしきものが発見できる。流し台らしき所に大量に置かれているのは使用済みの皿だろうか……埃の被り具合から見ると、最終利用日は大分昔のようだ。
片付けられない系女子にしては酷すぎる腐海の森に、顔を引きつらせていると、廊下からヒールの音が響いてきた。反射的に音の方へ視線を向ければ、予想通り昨夜からお世話になっている白髪の美女が顔を覗かせる。腐海の森の中ポツリと座っている千尋を見つけた彼女は、お、と意外そうな表情を浮かべてからすぐにニっと笑ってみせた。
「起きおったか」
「おはようございます」
昨夜の乱心具合が恥ずかしく、思わず目を逸らし俯きながら挨拶を返す千尋だったが、彼女は特に気にする様子も無く近づいてくると、千尋を頭から足まで見てから、うむと頷いた。
「元気そうだな。どうだ、痛むところはあるか?」
「いえ、おかげさまで、どこも痛くありません」
「そうか。ならば、来い」
軽く手招きをすると、彼女はくるりと背を向けて歩き出す。その際、千尋が踏まないように気をつけていた本の塔が大きく崩れ倒れたのだが、散らばった本の上を平然と土足で歩いて進んでいった。気恥ずかしくてあまり視線を合わせられなかった千尋だったが、その豪快さを目の当たりにすれば自然と顔は上がり、白髪の美女に視線は釘付けとなる。その間にも彼女はズカズカと物を蹴散らしながら歩いて行き、扉あたりまでくると、美しい腐海の住人は不満そうに振り返った。
「何をしておる。早くせんか!」
「は、はい!」
勢いよく立ち上がると、本を踏みつけないように更に散らかった中を爪先立で駆け寄った。
白髪の美女が切り開いた道を進んで付いてきたのは、先ほどまで千尋が寝ていた部屋の更に奥にある部屋だった。室内は他とは比べ物にならない量の本と、なんだか分からない草とで溢れ返り、埃と紙と薬品のにおいで充満している。
長時間いると感覚が麻痺してしまいそうな中、そこで待っておれと指定されたベッドの前へ千尋は立った。何をするのかと視線見つめていると、彼女はおもむろにクローゼットを開ける。驚くことに、クローゼットの中は真っ暗で、先が何も見えない。そんな中へ白髪の美女は怯むことなく頭を突っ込み、なにやら漁り始めた。
「え?! あ、あの、大丈夫なんですか……?!」
「大丈夫だ、どこに何があるかぐらい把握しておるわ!」
そんな真っ暗な中へ顔を突っ込んでも問題ないのか心配した千尋の言葉を、白髪の美女は片付けられない癖に目的物を探し出せるのかと取ったのか、余計なお世話だ! と少々不貞腐れ気味に返されてしまった。
(違う、そうじゃない……!)
思わず出かけたツッコミをぐっと飲み込んだ千尋は、静かに後ろ姿を見守った。数分間ずっと頭を突っ込んだままの白髪の美女だったが、見つけきれないようでとうとう片足もクローゼットの中へと突っ込み始める。これじゃないあれじゃないと呟きながら、突き出したお尻をフリフリとする姿がとてもセクシーだ。ぼんやりと良いケツ……などと考えていたのが分かったのか、偶然なのか、漁っている体制のまま、白髪の美女は思い切り引っ張り出した物を後ろへ向けて投げつけてきた。咄嗟に避けることも受け止める事もできなかった千尋は、飛んできた物を思い切り顔で受け止めると、ゴチンと硬い物が額にあたる。
「って!」
床に落ちる前に慌ててそれをキャッチすると、次から次へと投げ込まれ始め、息も絶え絶えに千尋はそれらを受け止めた。しばらくすると、投げつけ攻撃はやみ、白髪の美女がクローゼットから頭を出す。それを並べてみろ、と指示され、千尋は指示通りに後ろにあったベッドへと並べていった。
それは、紺色のロングジャケットであったり、黒いズボンであったり、白い詰襟のシャツであったり、黒の細いリボンであったり、濃いカーキ色のマントであったり。そのマントには、ジャケットと同じ紺色の石がはめられたブローチが付いている。恐らく、先ほど顔に当たったのはこれだろう。
「着てみろ」
「え、私がですか……?」
「他に誰がおろう?」
早く着替えろ、と無言の圧力をかけながら見つめてくる白髪の美女。部屋から出て行くと言う配慮は望めないと判断した千尋は、仕方なくおずおずと洋服を脱ぎ始めた。そういえば喪服だったため、黒のノースリーブワンピース1枚しか着ていなかったので、背中のチャックを下ろせばすぐに下着になれた。現れた上半身に、貧相な……という哀れみを込められた呟きが聞こえたような気がして睨み付けると、パッと目を反らされた。
用意された服は、驚くほどにぴったりだった。女性でありながら169センチある千尋は、なかなか合う服が無い。丈が短かったり、ウエストが大きすぎたりするのだが、この服はサイズを図ったかのようにぴったりなのである。しかも、どことなくコスプレっぽくてテンションが上がる。そんな千尋を眺め、白髪の美女は頷いた。
「うむ、少しは解除者らしくなったではないか」
「はぁ……ところで、その解除者なんですけど、いまいちピンと来ないというか……」
「そうであろうな。だが、解除者が最初に見るものは、決まって祭壇の解除をしている所だと言う。やけにリアルであっただろう?」
「……はい」
「昨夜も言った通り、解除者は名の通り解除をする他に、出来事を見通す力も備わっておる。祭壇の解除は必ず夢として見るそうだが、それ以降の見方は人それぞれだ。お前がどのような方法を用いるかは、自分で探すが良い」
「前の人はどうやって見ていた、とか前例はないんですか?」
「初代は集中するだけで見えたそうだが、方法が分からず、聖女を死なせた解除者もおったな」
「死なせた……」
その言葉に、昨夜の夢が甦る。すぐ横で血を流しながら倒れていったあの女の子が聖女なのならば、自分も最悪の道を辿ってしまうのではないか……考えただけでも、恐ろしかった。
「チヒロ。先が見えると言うことは、その出来事を覆すことが出来ると言う事だ。常に最善策を探せ」
「……はい」
「それともう1つ、大事なことを伝えておこう」
解除者の話を告げる時よりもよっぽど真面目な顔で見つめられ、千尋は思わず姿勢を正す。そんな千尋を、赤い瞳が、じっと見つめると、一呼吸置いてから口を開いた・
「おまえ、男に、女だってバレると死ぬぞ」
「……はい?」
「何も、一生男になれと言っている訳では無い。解除者の仕事が終わるまでバレなければ良いだけの話だ」
何を言っているのだろう、この年齢不詳の露出狂は。
男に、女だってバレると死ぬって、それは男として生活をしていけって事ではないのだろうか。だから、こんなコスプレ衣装を渡してきたのか? ぐるぐると混乱する千尋に、白髪の美女は安心しろと声をかけた。
「聖女が現れたら巡礼の旅に付き合い、終われば元の世界へと戻れる。大丈夫、少しなよいが十分男に見えるぞ?」
心配所はそこではなくて……と心の中で突っ込むが、今の発言に、千尋は違和感を覚えた 。
「ちょっと待ってください、私死にたくないですよ! それに、聖女が現れたらって、聖女はまだ居ないんですか?!」
「聖女については、私は知らん。明日に現れるもしれんし、数十年も先かもしれん。むしろ、お前が見通さなければ聖女が現れない可能性もあるな」
「そんな、適当過ぎじゃありません?!」
「騒ぐでない、私は解除者では無いのだから、分らないのは当然であろう。とにかく、今から解除者の仕事が終わるまでの間、おまえは男として生きろ」
言いたいことが多すぎで、何も言えないという体験を初めて味わう。ただぱくぱくと口を動かす千尋を前に、白髪の美女は片手を握り、もう片方の掌へぽんと打ちつけると言う古典的な閃きポーズを取った。
「そうだ! 本日より、お前をトーマと呼ぼう。元の名だし、しっくりくるであろう?」
にこにこ。
やけに眩しい笑顔向けられ、千尋は脱力する。強制的に、千尋がトーマとなった瞬間だった。
いきなり男装をし、男として過ごす事を強いられて、最初こそ戸惑いもしたし、怒りも覚えた。前提として、そちらの都合で勝手に喚んでおいて、女だとバレたら死ぬと言われているのだ、理不尽にもほどがある。
大体、なぜ性別がバレたら死ぬのか、その点についてさらに詳しく聞いてみれば、彼女の説明はこうだ。
「解除者の力とは、異世界人であるから使える能力となる。それは、こちらの世界と雑じってしまえば途端に消えてしまう、危うい物でもある」
「混じるって……出生はどうやっても変えられないのでは?」
「この場合の世界と雑じるという定義は、現在のお前の体の状態を指すんだ」
「私の体の状態って、まさか……」
嫌な予感がする。否定して欲しい気持ちを込め白髪の美女を見つめるトーマに、彼女は残念だが想像通りだと頷きを返した。
「この世界の者のモノがトーマの体内へと雑じることを指す。まあつまりは性交渉だな」
「いや、でも……!」
「女として生きるには危険な世界だ。いきなり襲われ、中出しでもされてみろ、それだけで世界が終わる事案へとなるのだ。たまったもんじゃない」
「そんなに治安が悪い……」
そこまで言いかけ、トーマは口を噤んだ。
現に平和な日本であっても、性被害の話は多く聞く。酒に薬を混ぜて飲ませレイプした事件なんて、よくある話じゃないか。日本でも多発しているぐらいなのに、それよりも治安が悪そうなこの世界で、女性として何年・何十年と貞操を死守しなければいけない。言う通り、女だとバレたら解除者として死ぬのと同義だ。そうしたら、冬も明けず、元の世界へも帰れない最悪の結果となる。
悲しいかな、男装をし性別を偽って生きていくのは最終的に自分のためになるというわけだ。
「俺はこれから、男として生きたいと思います」
「お、いい心がけだな」
急に変わった一人称に、白髪の美女は笑う。納得した様子のトーマに少しだけホッとしたのも束の間、安心しろと口の端をあげて笑った。
「もし本当に望むのであれば、性転換の薬など私がいくらでも煎じてやるさ」
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