19人が本棚に入れています
本棚に追加
王都と聖女
トーマは忘れていた。
自分の師匠は、スパルタだったのだ。
王都への道のりはとにかくつらかった。
まず、少しのお金しか渡されていなかった。そのため、金を稼ぐ所から始めなければならない。これはいざという時、万が一、何かあった時のための緊急用、そう決めて鞄の奥底へとしまい込む。そして、この世界で手っ取り早くお金を稼ぐ方法を思い出した。魔術師として戦う力を持っているトーマであれば、そこらに生息している魔物を倒す事が一番の金となる。
ファンタジー世界のお決まりはこの世界も共通のようで、ここでもきちんと魔物がおり、倒すとなんとお金を落とすという。近年の研究で、魔物たちは金属に現れる錆を好む性質があるようで、硬貨を食べてしまうことが分かった。しかし、それを消化する力までは所持しておらず、食べれば食べる分だけ胃の中へは硬貨が溜まり続ける。最期は消化不良により命を落とすこともあるようだが、嗜好品の一種であるために食べることをやめられないのだそうだ。
つまるところ、ミラージュが言っていた魔物がお金を落とすというのは、魔物を倒し、(腹をかっ裂けば、今までに口にした)硬貨を落とすと言うことだ。なんとも自分の師らしい発言である。
最初、言葉そのままに信じていたために、興味本位で読んだ本で魔物の生態を知り、あまりの内容に絶句してしまったことをトーマは今でも忘れられない。また、魔物によっては、部位を剥ぎ取って売れば高値で売れることも同時に知ることができた。
だが、所詮は本や人伝の知識であり、トーマは今まで魔物を見たことがなかった。初めてこの世界にきてからミラージュに拾われ、村へ買い物へ行く間も出会ったのは野生動物のみ。そのため、どれが動物で、どれが魔物かが分からなかったのは誤算だった。
魔物狩りをするにしてもどうするか、悩みながら足を進めていると不意にピヨピヨと鳴き声が聞こえてきた。その音の方角へ目を向けると、自分が歩いている街道の少し先に色鮮やかな小鳥が数羽いるのが確認できる。赤い色の鳥たち、見た目は無害そうな野生生物にしか見られないが、果たしてどちらかなのか……慎重にトーマは近寄っていく。
(あれヒヨコっぽい? 可愛いかも……!)
慎重さを兼ね備えていたが、トーマは動物好きである。何より可愛い物を愛でることが好きな性質でもあったために、彼は思いのほか鳥たちへと近寄りすぎてしまった。地面をつついていた鳥たちは接近してきた人間の気配を感じ、一斉に背筋を伸ばすと、トーマの方へとぐるりと頭を一回転させてから視線を向ける。文字通りの一回転・360度+180度。普通の鳥が回せる可動範囲を優に超えたその動きで普通ではないと察した所で時すでに遅し。
一回転した鳥の目は、瞬間に変わった。今まで愛くるしく、黒点だった目が、突然血走り奇声を上げて飛び立つと、そのまま、こちらへと襲い掛かってきたのだ。
「ひぃいい!!!」
その恐ろしい姿に、年甲斐も無く絶叫した。
全速力で逃げ出したトーマの後ろを、赤い鳥の魔物3羽が追ってくる。相手は空を飛んでいる鳥型であり、速さは格段に上だ。内1羽が鋭い鳴き声を上げながらものすごい速さでトーマに向かい突っ込んでいった。
「うわぁ?!」
寸前の所で避けると、耳元で風を切る音がした。そのまま地面を滑空し、仲間の元へと戻る魔物に、トーマはついに観念し後ろを振り返り魔物と対峙する。
ここまできたら、やるしかない……! 覚悟を決めてトーマは腕を上げ手のひらを魔物へと向けると、意識を集中させる。魔力が手のひらに集まっていくのを感じた。
「火弾!」
言葉と同時に、トーマの手のひらより火の弾が発生し、勢い良く魔物へと飛んでいく。狙い通り、真ん中に居た魔物へと的中するも、一瞬怯み軽く頭を振っているだけで全く効いていないように見える。
「え……?! あ、属性!」
ゲームよろしく、魔物には属性があり、効果的な魔法攻撃が存在している。これが剣などの物理攻撃ならばあまり関係が無いが、魔法での戦いをする人間にとって、属性を把握していないのは命取りになりかねない。見るからに火属性らしき鳥型の魔物に火魔法を撃ったのだ、効果はいまひとつなのは当たり前だろう。
同属性で殴ったためか、魔物は先ほどより興奮している様子で、羽を大きく羽ばたかせる。明らかに怒気を含んだ視線が突き刺さり、それを合図に再びの攻撃を仕掛けてきた。今度は、それに続くように、仲間の魔物もこちらへ突っ込んでくる。
「ひっ、防御壁!!」
慌てて腕を前に出すと、比較的得意である防御魔法を叫んだ。魔物が突っ込んでくるよりも早く、防御壁を目の前へと展開すれば、相手はそのままのスピードで壁へと衝突した。ゴギッと鈍い音を立てて先頭を切っていた1羽が崩れ落ちる。かなりの衝撃のはずなのだが……防御壁は全く壊れず、傷すらもついていないようだ。
続けて突撃をしようとしていた2匹は一端上昇し難を逃れた。体制を立て直し、再攻撃を試みようとする魔物の姿を睨みつけ、防御壁を解除したトーマは立て続けに攻撃魔法を唱えた。
「氷弾ッ、氷弾ッ!」
途端大きな氷柱が2つ発生し、魔物へ向かって飛んでいく。寸分の狂いも無く次々と魔物へと突き刺されば2羽は大きく絶叫をしながら落下していき、その場で動かなくなった。最初に落ちた鳥よりも少し後方へと落ちた魔物たち。しんと静かになった辺りに、トーマはへなへなとその場へ座り込んでしまった。
「こっっっっわかったぁ……!」
若干の涙声になりつつ、四つん這いで魔物へと近づけば絶命しているためにピクリとも動かない。初めての魔物との戦闘に勝ったのだ。
安堵と共に、生々しい死を目の当たりしたことを認識してしまい、せりあがってくる胃液を何とか食いしばって耐える。倒したから終わりというわけでは無い、襲われたからやり返したのもあるが、そもそもの目的は金稼ぎだ。
「風鎌」
静かに呪文を唱えた直後、3羽の鳥たちの腹を切り裂いた。飛び上がる骸から、チャリンと高い音を立てて硬貨が地面へと落ちる。知識通り、魔物を倒し、硬貨を落とす瞬間だ。
赤黒く染まった硬貨へ手をかざし、日用的に使っていた水を出す魔法を使えば、錆び付いた見慣れた硬貨の姿へと変わっていく。これを得る為に魔物の命を奪ったのだ、やるならば最後までやりきるべきだろう。軽く息を吐いてから、追加の風魔法で軽く乾かした10枚弱のそれを引っ掴み、纏めてポケットへと突っ込んだ。
この手で命を奪ったのだ。本格的に、引き返すことはできないと腹を括る。
「待遇抜群・チート魔術師兼解除者の職を、腰を据え最後までやり抜いてやるさ」
誰に言うともなく、トーマは呟くのだった。
◆
それから先の道のりも、やはり困難の連続だった。行き方については事前に粗方教えてもらい何度も復唱してシミュレーションもしたのだが、なにせトーマの行動範囲は麓の村までなのだ。
そんな田舎者な異世界人が、一人で初めての道で初めての相乗り馬車に乗り、初めて野宿をして、初めて近くまで行くという行商人の護衛をするついでにと乗せて貰い、時には足で歩き、やっとの思いで辿り着いた初めての宿は安宿すぎでセキュリティガバガバ、物取りに入られ危うく覚悟を決めた戦いで稼いだ硬貨を盗まれかけた。屋根のある部屋でベッドに横になれて、これが幸せということかと噛み締めていたというのにこんな仕打ち……と泣きたくなる思い出だ。
そんな大冒険の末、何日もかけてやっと到着した王都。街を覆うように広がっている巨大な壁を、トーマは口を開けながら見上げていた。
「すごい……!」
「おい、お前! 入都を希望しているのであれば、早く列へ並べ」
感動していたトーマだったが、強い口調で声をかけられ慌てて前を向く。少し先にいたのは、騎士のような服装をし、腰に剣を下げた男。彼は、胡乱げな表情でこちらを見ていた。
(すごい、本物だ……!)
本職騎士様を目の前に思わずテンションがあがってしまう。映画やゲームなんかでは見慣れたそれも、実物を見るのは初めてなのだ。重厚そうな装備に目を奪われている様子に、騎士の表情は更に厳しくなる。
「おい、聞いているのか!」
「ああ、すみません」
怒鳴りつけられ、空気を読めなさすぎていたことを自覚したトーマは、苦笑いを浮かべる。物腰低く頭を下げながら指示された通り、入都待ちで列を作っている最後尾へと向かって歩いた。しかしながら、かなりの人数が入都を希望しているようで、列は大分長い。やっと最後尾へと並ぶと、トーマはひたすら列が進むのを待つのみだ。
昼すぎに並んだが、日が沈んだ頃になっても一向に自分の順番は回ってこなかった。自分より少し後方で、本日の入都受付を締め切ると言われているのを見てほっとしたが……これでは、王都に入ってから宿を探すまでも一苦労かもしれない。
そもそも、夢では王都で待っているとしか言われていないのだ。どうやって聖女を探せばいいのか。
入り口の門が近くになるにつれて、トーマは次第にそんなことを考えるようになった。
(やっぱり、手当たり次第に聞いて回るしかないかな……)
気が遠くなりそうな人探しに、ため息がこぼれる。とりあえず検問が終わった時にこの街で一番大きな酒場と、近い宿屋の場所を聞いておいた方が良いだろう。巡礼の旅とやらについても詳細を確認しておきたいし、資金はどうしていくのか、危険を伴ったりするのか、他協力者は……聖女と確認しておくべきことは山ほどある。
「次」
今後について考えを巡らせていると、いつの間にやらトーマの番になっていたようで、騎士から声をかけられた。
特設のテントに、木の長机が置かれ、それを挟んで数人の騎士が並んでいる。一人は椅子に座り、紙に何かを書き込んでいた。なんだか、土日に警察官が道端でやっている交通違反者の取り締まりみたいで、居心地は大変悪そうだ。あまり自分から行きたくは無い場所ではあるも、行かなければ始まらない。
「よろしくおねがいします……」
おずおずと近づき出した声は、なんだか自信がなく動揺気味になってしまった。そんなトーマの反応に、騎士は訝しげな顔をした。明らかに心証が悪い。
「名前は」
「トーマです」
「身分を証明するものは」
「ブ、ブローチがあります」
いそいそと右胸につけていたブローチを外して差し出す。それを受け取った騎士は、さらに表情を厳しくした。
「見たところかなり高価な品物だが……お前、これをどこで?」
「これは自分の師から頂いたもので……」
「師? お前の? 何をしている者だ」
「え? えっと、魔術師、ですかね……?」
「……よもや、奪い取ったのではないだろうな」
「そんなまさか! 違いますよ!」
まずい気がする。騎士に明らかに疑いの眼差しを向けられ焦りだしたトーマをきつく睨みつけると、隣で様子を伺っていた仲間へ目配せをする。相手もトーマから視線を外さないように注意をしながらも頷いてみせれば、後ろからザッと足音が響いた。
「貴様、どうにも怪しいな。取り調べさせてもらう」
「……え?」
先程後ろで足音を立てた騎士は2人。ぴったりとトーマの背後に立っており、いつの間にやらそれぞれトーマの腕を掴み拘束する。
「え?!」
「連れて行け」
驚くトーマに構わず、騎士は強引に歩き出した。背後から強い力で引っ張られたまらず体制を崩し倒れてしまうが、それでも尚騎士はずるずると引き摺り歩く。
「ッ、痛いですってば!」
「うるさいぞ、大人しくしていろ!」
思わず非難の声を上げた所で、乱暴に腕を引っ張られる。変な方向へとかかる力は激痛へと変わり、トーマは強く唇を嚙み締めた。これ以上刺激するような声を上げれば、更に痛い目に遭わされる。本能的にそう察して、ひたすらに耐えているのを良いことに、身柄は門と隣接して建っている塔の方へと連行されて行った。
最初のコメントを投稿しよう!