王都と聖女

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 怪しいと言われ、あれよあれよと騎士が集まり、無理やり拘束・連行され、荷物を取り上げられ、身包みをはがされ、牢屋へと投げ込まれる。  とんとん拍子に進む見事なまでの犯罪者ルートに為す術もなく……トーマは薄暗い石造りの牢屋の中へと放り込まれた。 「―――ッ!」  連行された際に筋をおかしくしてしまった腕は痛みで咄嗟には動かず、そのままの勢いで床へと倒れ込む。勢いを殺すことも、受身を取るなんてことも出来なかった体へ、冷たく固い石の衝撃がダイレクト伝わる。全身が痺れるような感覚がした。それでも無理やりと上体を起こしたが、すぐ後ろで扉の閉まる重々しい音が響く。痛みで視界が滲む中振り返ると、検問からここまで力任せに引きずってきた騎士が鉄格子の向こうに立ち、見下ろしていた。 「手間をかけさせやがって」  鍵を閉めている騎士の後ろで、もう1人が吐き捨てるように言う。そんな横暴な態度に、さすがに我慢の限界を迎えたトーマは食って掛かった。 「ちょっと待ってくださいよ! 調べるんじゃないんですか?!」 「うるさいぞ!」 「納得いきません、まずは話を聞いてください!」 「コソ泥の分際が! どうせこの機に乗じて王都へ入るつもりだったのだろう!」 「俺はミラージュの遣いなんです、どうか話を聞いてください!!」  取り合うつもりもない騎士はそのままくるりと背を向けた。痛みも忘れて慌てて立ち上がったトーマは、鍵の掛かった鉄格子を掴み、がしゃがしゃと揺らす。なんとか注意を引こうとしたその行為は悪手となってしまい、去ろうとしていた騎士は怒りを露わにして、勢いに任せて鉄越しへと足を上げた。 「うるさいと言っているだろう!」 「ッ、先輩!」  鍵を閉め終わり、行く末を見守っていたもう1人の騎士が切羽詰まった声を上げるも、腰辺りで鉄格子を掴んでいたトーマの手は、甲冑を纏った騎士の足で蹴り上げられた。数秒後には、指に焼けるような痛みが走り、声にならない悲鳴を上げながら手を放しその場へと蹲ったトーマを見据え、蹴り上げた騎士は鼻を鳴らし満足そうに笑うと、大きな靴音を響かせながら元来た道へと戻っていった。 「さすがにやりすぎだ……おい、大丈夫か?」  申し訳なさそうな表情を浮かべながら鍵を閉めていた騎士が、片膝を折り牢屋の中を覗き込んだ。気遣う声に、必死に呼吸を整えながらもトーマは顔を上げる。痛みと悔しさと怒りをない交ぜにしながらも顔を上げたトーマの表情は、強く唇を嚙みながらも眼の淵には涙が浮かんでいた。  何かを必死にこらえているその表情は言いようのない色気も混じっており、騎士は思わず息を飲む。 「き、み……性別は……?」 「ッ、俺が、女に、見えますか……!?」  怒気孕み睨みつけてきたトーマに、騎士は慌てて頭を振った。 「あ、ああ、そうか、そうだよな、悪い……!」 「……」  なおも無言で睨みつけられ、思わずたじろいでしまう。丸腰で牢屋に入れられている相手に、武装している騎士がなんと弱腰なことかと叱られそうだが、今のトーマには鬼気迫るものがあるのだ。 「今は特別警備中で、みんな気が立っているんだ……すぐに君の身元を調べるので、しばらくはここで我慢していてくれないか」  言い訳を言うような口ぶりの騎士をトーマは無言で睨みつける。信じられない、口にしていなくとも視線だけで悠然と語ってくる彼の目を、騎士は怯むことなくしっかりと見つめ返した。ここで目をそらしてしまえば、もうトーマの信用を勝ち取ることはできない。しばらくの間無言で見つめ合っていた2人だったが、先に視線を外したのはトーマだった。 「……早くしてくださいね」 「あぁ……ああ、ありがとう……!」  じっと床を見つめ呟くようなトーマの言葉に騎士は深く頭を下げる。それには答えず、トーマは気持ちを落ち着かせるために深く息を吐いた。  悪いなと謝罪の言葉を伝えてから、蹴り上げた騎士が去って行った方向へと彼も足早に消えていき……完全に足音が消え、静かになった所でやっとトーマは顔を上げた。怒りで忘れていた痛みがぶり返し、深く息を吐く。なるべく痛みが無いように意識しながら、壁側へとゆっくり移動し背中を預けた。後ろ向きで引き摺られたせいで肩と筋を、先ほど蹴り上げられたせいで指が腫れているようだ。 (クソッ、無茶苦茶すぎる……!)  大きく舌打ちをして腕を庇うようにしながら牢屋内を見回した。割と広めの牢屋内には簡易的なベッドが置いてあり、薄そうな毛布が1枚無造作に置かれている。地下へ降りてきたせいか窓などはなく、時間の経過は一切わかりそうにない。暗く、所々で松明が灯っているがそれも必要最低限のようだ。ゆらゆらと揺れる光を見るのは久しぶりだった。  と言うのも、この世界は魔石が充実しており、火や電気の代わりを魔石を利用した魔法具を使用しているのが一般的だ。それを使わず、コスパも悪い火を利用している……何か理由があるのだろう。  そんなことを考えていた所で、寒さに体が震えた。荷物や衣服を奪われ、シャツとズボンのみで投獄されたのだ。吹雪いてはいないと言っても、外はいまだ雪が多く積もっている。もちろん空調も無く、全体が石造りのここの温度は相当低い。呼吸に合わせて白い息が現れるほどなのだ。  なんとか体の震えを止めようと、自身を抱きしめるようにして、体を摩ってみた所で、突然襲ってきた痛さに顔をしかめる。手のひらを見ると、深く皮がめくれ、血が滲んでいた。投げ込まれた時にやったものだろうか……反対側の甲や指は先ほど赤黒く変色が始まっており、悪化しているのが分かる。 「最悪すぎ……」  ため息をつきつつ、まずはこの寒さからどうにかしようとトーマは片手を挙げた。手の先へ魔力を集中させるも、魔法が発動する前にそれは散ってしまう。自分の掌を見つめ、首を傾げた。  日常生活で利用する魔法は、ミラージュやトーマがオリジナルで考えたものが多く、そのほとんどを無詠唱で行っていた。魔導書には載っていないので、口にする呪文が無いのが理由である。今回発動しようとした熱を発し温度調整をする魔法もその1つだった。あの家が常に一定の気温を維持していたのもミラージュが考案したこの魔法のお陰で、トーマがそれを習得してからは日替わりで掛けなおしを行っていた。比較的簡単なそれを失敗したことが今までで一度もなかったのだが……なぜだか今回は上手くいかなかった。  数回試みてみるも、結果は同じ。魔法に関しては特に間違いはないはずなので、原因は自分以外にあるだろう。そして、その原因はすぐに思い当たる。  なぜ、魔石を使わず火で明かりを取っているのか。 「結界か」  一時的に魔法を遮断させる結界という技術を使用した牢屋、考えてみれば当たり前のことだ。収容されるのは、物理的な攻撃方法を持つ者だけではないはずなのだから、魔術師対策もされているのは間単に想像がつく。  魔法以外はごく一般的なために、それを取り上げられてしまえば為す術もない。諦めため息を吐き、痛む体を労わりながらベッドにかかっている毛布を手に取ると、そのままベッドへと上がりこむ。薄汚れてカビ臭い毛布はとても使いたくはないが、仕方がない。我慢して体へと巻き付ければ先ほどよりは少しだけ暖かい。それでも寒いのは変わらないため、トーマは足を曲げ膝を抱え込んだ。 (なにがミラージュの遣いだよ……思いっきり不審者扱いで、牢屋行きじゃん……)  こんなことで泣いてなんかやるもんか。グリグリと膝へ顔を押し付けて、悔しさを怒りへと変え自分を奮い立たせる。 「師匠の鬼ー!」 「うるせーぞ!!!」  思いっきり叫んだら、明かりの方から怒鳴り返された。 ◆  そのまま眠ってしまっていたトーマだったが、あまりの寒さに目が覚めた。ガタガタと異常なまでに震える体には、覚えがある。 (うわ、熱出たかも……)  体全体が重く熱いのに震えているということは、かなりの高熱だと医療知識がない素人でも分かる。しかし、投獄されている状況ではどうしようも無い。痛み止めや熱さましなどの効果がある薬は取り上げられてしまった鞄の中なのだ。ひたすらに耐えるしかなく、少しでも暖かくなりたいと朦朧とする意識で毛布を抱き寄せた。カンカンと何か高い音が響き渡り、とうとう耳鳴りまで始まってしまったのかとぼんやり考えていると、突如おいと声をかけられる。  緩慢な動作で顔を上げたトーマの目に映ったのは、先ほど彼を心配していた方の騎士だった。 「おい、大丈夫か?」  明らかに様子のおかしいトーマの騎士は眉を顰める。牢屋の中を覗き込むようにした彼は、焦点の合わない目で宙を見つめているトーマに気づくと血相を変えた。 「君、どうした?!」  慌てた様子で持ってきていた鍵を取り出した。普段からやっている作業だと言うのに、焦っているせいでうまくいかず、時間をかけながらもなんとか鍵を開けて鉄格子を動かす。ぐったりと壁に頭を預けて動かないトーマの元まで駆け寄り、再びおいと声を掛けながら肩の辺りを掴み、息を止めた。信じられないほど熱い。 「身分、証明されたんですか……?」 「え? いや、それはまだだが、」 「じゃあ、開けちゃまずくないです……?」 「それどころじゃないだろう、君、すごい熱じゃないか!」  寒いだろうと持ってきてやった毛布を被せてやるが、この牢屋内では足りないはずだ。健康体でもつらい環境だと言うのに、熱が出ている状態では一体どうなってしまうのか。既に衰弱し始めているのだから、一刻も早く医者に診せるべきだろう。 「まずいな……」  意識が遠のき始めているトーマを、騎士は心配そうに見つめる。このまま連れだすわけにはいかないし、事情を説明して軍医を連れてきた方が良いべきだ。しかし、身分の証明が出来ておらず、窃盗容疑のある男に対しそこまで親切な対応をしてくれるのか……どうすべきか迷っていたら、後ろから大きな足音が響いてきた。先ほどの鉄格子を開けた音を聞きつけたのだろう。  全力で駆けてきたのはペアを組んでいた先ほどの騎士で、鉄格子を開け中へと入っている同僚の姿に強く怒りを露わにした。 「貴様、何をしている!!」  解錠して扉を開き中に入っている時点で言い逃れはできまい。処分されることを覚悟に、騎士は振り返り同僚へと訴えた。 「大変なんです、彼、高熱が出ていて……!」 「そんなのどうでも良い! なんで牢屋の鍵を開けているんだ!!」  口から泡を飛ばして怒鳴る同僚に言葉を失った。容疑があるだけで、まだ犯罪者と決まったわけではない。見るからに体調が悪い姿を目の前にして、保身の心配をしていることがとても信じられなかったのだ。同僚は大声で非難を浴びせながら牢屋へと入ってくると、トーマの横で膝を付いていた騎士の腕を掴み、力のままに牢屋の外へと引き摺りだした。自身の体制の方が圧倒的な不利だったせいもあり、抵抗空しく外へと放りだされてしまった。とどめとばかりに腹をきつく蹴り上げられ、動きが止まる。  痛みに耐えている間に、同僚の騎士は乱暴に鉄格子を閉めると再び鍵をかけた。それに慌てたのは助けようとしていた方で、腹を庇いながらも立ち上がろうとした。しかし、相手の方が動きは早く、今度は頬を思い切り殴り飛ばされてしまった。 「ぐぁ……ッ!」 「ふざけるなよ、ハロルド! 貴様のせいで俺の評価に傷でもついてみろ、許さんぞ!」 「何を言っているんだ、そんなことよりも、早く医者に診せないと!」 「そんなことだと?! 俺の評価より、こんなクソみたいな罪人の死の方が大切だと言いたいのか?!」 「罪人って決まったわけじゃないでしょう?!」 「身の丈に合わない宝石を所持していたんだ、どうせクスねてきたに決まっている!」 「調べもしていないのに、どうしてそう簡単に」 「おい! 鍵を出せ!」 「俺の話を、」 「鍵を出せと言っているんだ!」  ハロルドと呼ばれた騎士は、声を被せてきた同僚へと詰め寄ろうとした所で、再び殴り掛かられた。顔目掛けて飛んできた拳を寸でのところで避ける。先ほどは不意打ちだったが、面と向かえば対処はできる。実力で言えば互角である相手だったが、卑怯さは相手の方が上だった。庇っている負傷している腹目掛け、今度は膝が食い込んでくる。最初の拳はフェイクであり、こちらが本命だったのだろう、思い切り振り上げた膝蹴りに息が詰まる。  怯みを見逃さず執拗に腹目掛け何度も蹴りを入れた同僚騎士は、倒れ込んでいるハロルドを踏みつけると、つま先をねじ込むように渾身の力を入れ床へと押し付けた。苦しそうに呻いているハロルドを一瞥してから辺りを辺りを見渡せば、鉄格子の下の方に光る鍵の束へと目が留まる。慌てて扉を開けたせいで差しっぱなしになっていた鍵は、おそらく同僚が激しく扉を閉めた際に床へと落ちてしまったのだろう。 「手間かけさせやがって」  吐き捨てるようにそう言うと、落ちている鍵の束を拾い上げ、それをしっかりと自分のポケットへとしまった。未だ痛みに呻いているハロルドを汚らしい者でも見るような軽蔑の視線を向けると、おまけとばかりにもう一発蹴りを入れてやる。 「ぐぅ……ッ!」 「貴様が脱獄の手伝いをしたと、隊長に報告させてもらう」  息も絶え絶えになりながらも睨みつけてきたハロルドを物ともせず、同僚の騎士は自分の装備の汚れを払う。 「まったく、これだから平民を隊に入れるのは反対だったのだ。貴様もすぐにそこの死にかけのガキと同じように牢屋に入れるぞ、良かったな」  軽蔑した視線のまま口の端だけあげて笑う姿は、他の誰よりも極悪人のようだというのに……誰も彼を止めることはできず、愉悦に満ちた笑い声をあげながら牢屋から去って行った。 「大丈夫、ですか……?」  笑い声が遠のいてしばらく、なんとか呼吸を整えていたハロルドの背後から小さく問いかける声がした。今ここにいるのは2人のみなので、声をかけてきたのは先ほどまで意識朦朧としていたトーマである。とうに気絶してしまったかと思っていたが、相変わらず虚ろでぐったりとはしているも、しっかりとハロルドを見つめていた。 「き、君……!」  無理に立ち上がると、ひどく腹と胸が痛む。あばら辺りをやられたかもしれないと予想しつつも、気力と意地でなんとか体を動かした。 「なんで、あんなこと……」 「俺たちの仕事は、善良な一般人を助けることだからね」 「でも、あなたの方が、ボロボロで……」  ゆらりと体を揺らしてトーマが動き出す。呼吸をすることすら辛そうな様子で、息を荒げながらも起き上がろうと手をついた。ハロルドを心配し、彼の元へと寄りたかったのだろうが、体は言うことを聞いてはくれない。力が入らずにかくんと腕が曲がったと思うと、そのまま体制を崩し頭からベッドの下へと落下してしまった。 「ぅ……ぁ゛ぁ……」 「君!?」  眉を寄せ苦しそうな声を上げるトーマに、堪らずハロルドは駆け寄り鉄格子を掴んだ。できることならば抱えて医者の元へと行きたい所だが、鍵を奪われてしまったためにそれは叶わない。ならば、できることはただ1つ。 「すぐに医者を呼んでくる、待っていてくれ!」  自分の体だって辛いだろうに、そんなことを微塵も感じさせない動きでハロルドは駆け出した。一気に階段を駆け上がり、牢屋から抜け出す。入口で見張っていた同僚の騎士が驚き声をかけるが、それに答えることなく廊下へと飛び出した。反対側にある玄関ホールから騒がしい声聞こえてきたが、それを気にすることもなく、医務室へと向かって駆け抜ける。1階の奥、安静が必要な者のためにと他施設より少し離れた場所に存在していることが今は何よりも苛立たしい。速く、速くと焦る気持ちを堪えつつ、見えてきた医務室の扉を躊躇いなく思い切り開く。 「先生!!」  声を張り上げ室内へ向けて叫んだが、そこは薄暗く人の気配は全くなかった。 「すみません!」  諦めきれず何度か声をかけてみるが、結果は同じ。既に時刻は遅く、勤務外だからと帰宅してしまったのかもしれない。普段なら誰かがいるはずだが、医者も人間なのだから、常に詰めていられる保証はない。特に、ハロルドたちの隊はそこまで位が高いわけでもないのだ。  運悪く不在の場合は、城にいる軍医の所へ向かうこと。これは、こちらに配属となった際に最初に説明された内容である。仕方ないことだと受け入れていたが、よりにもよってこんな時に不在のタイミングとあたるとは。 「くそ……!」  一発憤りを込めて扉を殴ると、ハロルドは踵を返す。ここにいないのならば、城まで駆けて軍医へ掛け合うしかない。  "騎士とは、困っている民を助けるものである" その信条を掲げていたからこそ、不当な扱いや暴行を受け、劣悪な環境で体調を崩し苦しんでいるトーマをなんとかしてやりたいと思ったのだ。話を聞いて欲しい・きちんと調べて欲しいとひたすらに訴えかけてくる姿は、到底犯罪者には見えなかった。特別警備中だからと言って、今日まで何人を牢獄送りにしてきたか。もう、そんな状況を黙って見ていられない。  戻ってきた廊下から先、反対側に位置していた扉を開け玄関ホールへと躍り出る。出入り口へ向かい駆け出そうとして、思わずハロルドは足を止めた。向かおうとしていた出入り口から、隊長と、見たこともない位の高い騎士が早足気味で入ってきたのだ。  さすがにこの状況で無視することも出来ず、慌てて姿勢を正し敬礼で立ち止まる。そんなハロルドの前を通り抜けようとした所で、隊長がギョっとした表情で立ち止まった。 「ハロルド、どうしたのだその怪我は」 「え……」  言われ下を見れば、埃や湿気で全身が汚れていた。顔は見えないが、殴られた所からは出血しているのは隊長の反応で察しが付く。道理で通り抜けた際に他の同僚からも声を掛けられたわけだ。だからと言って、馬鹿正直状況を口にしても良いものなのか。ハロルドがこの隊長の元へ就いたのは最近だったために、未だこの人のことを知らないのだ。  なんと説明すべきか、迷って黙り込んでしまったハロルドの態度に痺れを切られたのは、隊長の隣に立っていた見慣れない騎士の方だった。 「モーガン殿、申し訳ないが、早くミラージュの遣いの件を、」 「ミラージュの遣いとやらを、ご存知なのですか?!」  覚えのある単語に、ハロルドは不敬にも相手の言葉を遮るように声をあげてしまった。思わず大声を出してしまい、しまったと後悔しても時すでに遅し。突然食いついてきたハロルドに、見慣れない騎士は眉を潜める。当たり前だ、礼儀に厳しい職業であると言うのに、明らかに高位の相手の言葉を遮り発言をしたのだ。不敬だとその場で処罰されても文句は言えない。 「も、申し訳ありません、この者には私の方から、」    慌ててハロルドの上官であるモーガンが場をとりなそうとしたが、トーマのことを知っていそうな人へ助けを求めるのが最適解だと考えたハロルドは被せるように声を張り上げた。 「本日、夜にミラージュの遣いと名乗る少年が入都手続きに現れました! ですが、担当者が不審だと判断し牢へ投獄致しました。しかし、少年は体調が優れなく、現在高熱を出している状況で、」 「君、牢へ案内してくれ!」  全てを言い終わる前に、騎士がハロルドの両肩を掴んで指示を飛ばしてきた。 (この人は当りだ!)  突然顔色の変わった騎士に、頼った相手は間違いではなかったと安堵するが、今はそれを喜んでいる場合ではない。ハロルドは大きく頷くと駆け出した。 「こちらです!」 「ああ、お待ちください、ライアス様!」  後ろでモーガンの呼び止める声が聞こえたが、2人が立ち止まることはなかった。
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