王都と聖女

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 とりあえず寝起きの着の身着のままで駆けつけてしまった2人へ支度を整えてくるようライアスがとりなしその場は一旦解散となった。 トーマの元へも温かい食事が運ばれてきて、ここ数日真面な食事を取っていなかったことを思い出す。突然襲ってきた空腹を満たすように食べ、病人用に作られていた風呂も使わせてもらった。  この世界は溜めているお湯を汲んで使うタイプとなり、シャワーのような便利な道具はない。それはミラージュの家で勉強済みだったため、驚きはしなかったが、いかんせん使い勝手が悪い。あと、単純に寒いのだ。そのため、トーマが最初に開発したオリジナル魔法は頭上からお湯を降り注ぐと言った内容だった。  牢では使えなかった魔法を思い出し不安も残るが、試すように手をかざしてみれば、いつも通り降り注ぐお湯。魔法は正常に発動することに一安心をしつつ、トーマは全身の汚れを洗い流した。  全快しているのだから、ここよりも過ごしやすい客室を使いなさいと軍医に案内され、ホテルの一室のような場所へと通される。確かにあの病室よりも過ごしやすいだろう。部屋の中、ポツンと座る。手持ち無沙汰でそわそわとしていれば、昼前には朝方騒いでいたメンツが再び室内へと揃った。もしかしたら、込みあった話をするために部屋を移してくれたのかもしれない。さり気ない気遣いに感謝である。 「まずは自己紹介からかな。俺はライアス、今後君たちの護衛として同行するので長い付き合いになるだろう。よろしく頼むよ」  少し癖のある茶髪を揺らしながら爽やかな笑顔と共に手を差し出され、おずおずとトーマはその手を握った。レオルドと比べてしまうと見劣りはするが、彼もしっかりと整った顔立ちをしている。身長も一番高く、騎士らしいがっちりとした体躯を持ち人柄も良さそうで、頼りになりそうな印象だ。 「そして彼女がアメリア殿。今回の旅の要となる聖女様だ」 「様だなんて、私はただの田舎娘ですので、畏まらないでください」  困ったように笑うアメリア。よろしくお願いしますねとほほ笑む彼女にトーマもよろしくねと頬を緩めた。初対面なのだが、どうも妹のような印象を受けて甘い対応をしてしまい、それが気に食わないのか、フンと不機嫌そうに鼻を鳴らす音がする……もちろん、その人物は、レオルドである。 「あー……彼はレオルド。本来は参加する予定ではなかったんだが、急遽同行することになった。まあ、腕は確かなので、安心して欲しい」 「オレの護衛対象はアメリアだ」 「レオルド、何度も言っているが、輪を乱すようなら」 「分かってるよ!」  厳しく注意をするライアスに、レオルドは面倒くさそうに頭を搔きながらそっぽを向いてしまった。不機嫌そうな横顔も、美形がすると様になるが…… (う~ん、面倒くさそう)  これからしばらくは一緒に行動しなければならないのか。苦笑いを漏らしつつも、トーマはよろしくと頭を下げた。 「そして、君はミラージュの遣いとしてやってきた解除者、で間違いないな?」 「あ、はい。トーマと申します。ミラージュ師匠から聖女の力になるようにと言われてきました」 「そうか。トーマ殿は、解除者としての役割について聞いているかな?」 「師匠は、名の通り解除をする他に、出来事を見通す力も備わっていると……」 「なるほど。では、聖女の巡礼の旅については?」 「それも聞いています」 「ならば話は早い。その旅について、解除者としての力で見えるものはあるか?」  何かをすでに見通しているのか、そう聞かれ考えてみるが、最近見た夢がアメリアに会うことぐらいだった。あとは、最初に見た全滅をする夢……さすがにそれを伝える気にはなれず、首を振る。 「すみません、力になれず……」 「いや、謝ることはない。とりあえず、今日は一日ゆっくりしてくれ。トーマ殿には申し訳ないが、明日には聖女様の巡礼の旅で王都を経つ予定だ」  随分と出立が早いが、それも当たり前かと納得もできる。雪の被害はいたるところで出ているはずだ、何事も早い方が良いだろう。 「旅には、俺とレオルドと、もう1人護衛がつく。残りについては、明日紹介をしよう」 「え?!」  信じられない発言に、トーマは思わず聞き返す。聖女の護衛がたったの3人? なにかの間違いじゃないのかと驚いてしまうのも無理はない。その反応に、ライアスはだよなと苦笑いを浮かべた。 「信じられないだろうが、以上が護衛だ。昔から護衛の数は3人と決まっているんだよ」 「そんな、危なすぎでは……」 「いい度胸だな、オレのこと疑ってんのか?」 「え!? いえ、そういうわけではなくて……」  不機嫌丸出しで突っかかってきたレオルドに、トーマは慌てて首を振る。面倒くさくつっかかってきたなあと心の中で溜息をつきつつも顔は全くの人畜無害を貫き通している。 「過去に何度か大所帯で向かった記録が残されていたのだが、全てが全滅に終わっているんだ」 「は……?」 「聖女があまりにも大切にされると精霊の怒りに触れるらしい」 「な、何、それ……」  守り神が女性のため、船に同性を乗せると嫉妬で船を転覆させられるから女は乗せるな、そういったジンクス的な物なのかもしれない。そんな物を信じているなんてこの国の人は信心深いのか。ごく一部の人間としか交流がなかったために自分が知らなかっただけなのかもしれない。 「無論、そんな物は信じられず、先行する部隊の派遣やメンバーの選抜を行ったのだが……」  そこまで口にしてライアスが言い淀む。彼と同じように苦虫を噛み潰したような顔をしているレオルドを見るあたり、どうやら違うらしい。黙ってしまった護衛2人の言葉を引き継いだのは、驚いたことに、ニコニコと話を聞いていたアメリアだった。 「今残っている方々以外は、全員亡くなりました」 「亡くなった……?」 「雪崩に巻き込まれたり、凍った地面に滑りそのまま山下まで滑落したり、魔物に襲われたり……起因はそれぞれだったが、全員が亡くなり、その全てには同じメッセージが残されていた」  "私はうるさいのが嫌いなの" アメリアより引き継ぎ再び説明をしてくれたライアスの口から放たれた言葉のはずなのに、トーマの耳には苛立つ女性の声として届いた。瞬間全身に鳥肌が立った。思わず身を抱きしめ目を閉じる。周りの音が遠くに聞こえ、室内にいたはずなのに凍えるような寒さが身を包んだ。  ハッとして目を開ければ、目の前は薄暗い。遺跡の中、祭壇に祭られている棺の上に、白いワンピース姿の女性が座っていた。長い金の髪をうっとうしそうに掻き揚げながら赤い瞳を射貫くようにこちらへと向けられる。 「あら、今回の解除者は……なかなか面白いのね?」  棺から降りた女性は、地面を滑るようにして寄ってくると、息がかかりそうなほど顔を寄せてトーマの全身を観察してからくすくすと笑う。頬へ手をあてがわれ、そこからじんわりとした暖かさが広がる。 「あ、の……」 「全員が貴女みたいな人なら私は大歓迎なのだけれど……どうも、お姫様のように護られている子って、虫唾が走るのよ」 「まさか……」 「そうよ。教えてあげたの。親切でしょう?」  鈴を転がすような声でくすくすと少女のように笑う。一見隙だらけのようだが、威圧感がすごい。力の差が歴然としており、体が全く言うことを聞きそうになかった。 「ずーっと教えてあげているのに。本当人間って忘れっぽいわよね」 「傲慢で、自分本位で、愚かしい」 「だからこそ、可愛くって、祝福を送るのよ」  矢継ぎ早に話していたかと思うと、音もなくトーマから距離を取る。 「待っているわ、解除者。私の祝福をきちんと使いこなし、聖女を導いておやりなさいな」  両手を広げ、慈愛に満ちた微笑みを受けべ、諭すような優しい口調でそう語りかける女性はまるで天使のようなのに……視線は射殺すように、赤い瞳は暗く濁っていた。 「トーマ殿? 大丈夫か?」 「え……?」  男性の声がする。ぱちぱちと何度か瞬きを繰り返せば、先ほどの暗い遺跡などではなく暖かい室内が視界へと飛び込んできた。 「あ、れ……?」  何度か目を擦ってみるも、やはり風景は変わらない。視界を回せば、心配そうにこちらを見ているライアス、指を組み今にも泣きそうな表情をしたアメリア、少々呆れ気味に見下ろしているレオルドの姿しかいない。 「今、女の人が……」 「女ァ? この一瞬で寝てたのかよ、お前」 「寝て……え、夢……?」 「……その女性は、なんと?」 「祝福をしたから、きちんと聖女を導きなさいと……」  今起こった出来事を整理するよう呟いた言葉に、レオルドから舌打ちをし、不満そうな顔で頭の後ろを掻いた。何か気に障る事でも言ったのか、訳も分からず説明を求めるようにライアスを見つめると、彼からは苦笑いが返された。 「君が見たのは俺たちの最終目的だろう」 「目的? 旅のですか?」 「ああ。精霊の祝福により世界は冬を明けると言われている。つまりは、その女性こそが精霊となるのだろう」 「あの、人が……?」 「そして、今俺たちの目の前で、君は解除者としての力を見せてくれた」  見通す力を目の前で見せつけられては信じる他ない。元より聖女が彼こそが本物の解除者なのだと明言しているので、疑いようはないのだが……一部、信じたくないと認めなかったレオルドだけが、つまらなそうにしていた。  この後ライアスとレオルドは公務が詰まっているとのことで、明日は早朝、日が昇った頃には行動を開始すると締めくくられお開きとなってしまった。結局トーマが聞きたかったことは、"協力者は護衛としてたった3人しかいない"程度しか分からなかったが、この先長い付き合いとなるのだから、追々にでも確認していこうと諦めた。  特にすることもなく、昼食を食べた後にベッドへと横になっていれば意識は再びうとうととして……うたた寝をしてしまえば、次に目覚めた時は既に日も暮れかかっていた頃だった。結構寝てしまったなぁと窓の外を眺めながらぼんやりしていれば、部屋にノックの音が響く。本日はもう予定は何もなかったはずなのだが。思い当たることもなく、首をかしげながらトーマは起き上がると部屋の扉を開けた。 「あ……!」  扉の前には、背筋を正したハロルドが立っていた。トーマの姿を見た彼は、機敏な動きで敬礼をする。 「失礼いたします! 解除者様の荷物をお持ちいたしました!」  脇に抱えていた籠を差し出される。中には、牢屋へと入れられた際に没収された鞄と衣服が綺麗に収まっており、言葉通りわざわざあそこから持ってきてくれたようだ。 「あ、ありがとうございます……」 「とんでもございません、頭をお上げください!」 「え、えっと……」 「むしろ、お持ちするのが遅れてしまい、申し訳ございません」  籠を受け取り頭を下げたトーマに、ハロルドが慌てる。深く頭を下げて謝る姿に、本当にこの人は昨日と同一人物なのかと疑いの眼差しを向けた。 「双子の兄弟とか、いらっしゃいます……?」 「は……? 私に兄弟はおりませんが……?」 「え、じゃあ、昨日助けてくれた騎士の方?」 「昨日は申し訳ございませんでした!」  謝罪と共に再び深々と下げられる頭。その声はあまりに大きく辺りへと響き渡り、廊下の先に居た護衛らしき騎士と一瞬だけ目が合った。目立ちたくない一心で、トーマは騎士の腕を掴むと力の限り引っ張った。 「た、立ち話もなんなんで、中どうぞ!」 「いえ、私は、」 「ほら、早く入って!!」  渾身の力を込めているというのに全然動かない。何か魔法でも使ってるのではないかと疑うほどだったが、切羽詰まったトーマの声にハロルドは困ったように眉を下げると、では……と室内への一歩を踏み出した。  扉をしっかりと閉めてからハロルドへと向きなおせば、彼は居心地が悪そうに肩をすぼめていた。大きな体をできるだけ小さくしようと頑張っているのに、小さく笑ってしまった。 「えっと、昨日、騎士さんもかなりやられていたと思うんですけど……体は大丈夫ですか?」 「恥ずかしいところお見せしてしまい申し訳ございません」 「別に責めているわけではなくて、単純に大怪我そうだったので、心配で……」 「解除者様……!」  感極まった声をあげたハロルドの様子に、これは話にならないかもしれないと内心苦笑いをしつつトーマは持ってきたもらった籠を漁る。目当てのジャケットを引っ張り出し腕を通していると、手伝います! と背中の部分をハロルドは掴み上げてくれた。大人しく着させてもらっていたら、ハロルドはあの後のことをポツポツと語りだした。  曰く、あの後トーマを放り込んだ同僚は無抵抗の人間への行き過ぎた暴力で捕まったそうだ。それを見送ってから、怪我が酷かった自分は手当をしてもらった。その後すぐにでもトーマの荷物を届けに行こうと思ったのだが、重要参考人として取り調べに捕まってしまい、結局解放されたのは夕方過ぎだったという。 「そんな病み上がりも病み上がりな状態で届けにだなんて」 「ライアス様にも命令を頂きましたし、この程度はどうってことありません」 「タフだなぁ……って、ライアスさん?」 「ええ、あの牢から解除者様を連れ出したのはライアス様ですから」 「そうなの……?」  本人から一言も伝えられていなかった事実に驚く。本人へもお礼を言わなければと思いつつ、まずは目の前の青年が先かとトーマは丁寧に頭を下げた。 「でも、貴方にも助けられました。本当に、ありがとうございます」 「お、お止めください、解除者様……っ!」 「止めないです。だって、助けられたのは事実ですし。お礼に何か……あ、そうだ!」  ぽんと手を合わせ、届けてもらったばかりの鞄を開ける。ミラージュ直々調薬を施した傷薬があったはずで……手の感覚だけでそれを探し当て、引っ張り出す。やはり困り顔でこちらの様子を伺っていたハロルドの方へと振り返ると、彼へ向かってその薬を差し出した。 「これ、傷薬です。俺の師匠が作った物なのですが、俺自身も何度もお世話になった物でして、効果はお墨付きですよ! これ使った次の日には綺麗サッパリ治っているので良ければ……え、」  呆然としていた騎士の手に握らせるようにぎゅっぎゅっと押し付けながら売り文句をペラペラ喋り続けているも、反応が無く、視線を上げてみれば、相手はボロボロと瞳から涙を零しているではないか。何か気に障ることをしてしまったのだろうか。宗教上の理由で他人から薬を受け取れないとか? 焦り始めたトーマに気づいていないハロルドは、押し付けられた薬と共に彼の手を両手で握り締めた。 「ありがとうございます。解除者様に、ここまで心を砕いていただけるとは……!」 「えっと……」 「これは、家宝にいたします」 「いやいや使って」 「ありがとうございます、ありがとうございます……!」  ダメだわこれ。遠くを見ながら、トーマは乾いた笑いを漏らしたのだった。 ◆  日が昇って間も無く、ライアスが迎えに来た。彼は昨日着てきた騎士服ではなく、肩や胸、肘程度しか鎧を付けていない、旅の剣士のような出で立ちだった。正直、簡素すぎる格好なのだが、顔が良いせいかそれでも様になっている。イケメンってずるい。勝手に嫉妬しているのに気付いていないライアスは、まだ眠いのかと見当違いな心配をしている。相手のことまで思いやれるその優しもずるい……アンタには完敗だよ。  早朝の人通りの少ない廊下を抜け、外へと向かう。初めて見る城内は似たような作りが多く、彼の後ろをついていくだけでも大変だった。この中を迷わず歩くのは、中々に骨が折れそうだ。 「体調は大丈夫か?」 「ええ、もう元気です」 「そうか、良かった」 「そういえば、昨日荷物を届けにきてくれた騎士の方から、俺のことを牢から出してくれたのはライアスさんだと聞きました。ありがとうございます」 「ああ、むしろ、謝るのは俺の方だ。元々、解除者と聖女を引き合わせるのが俺の仕事だったからな……手違いとは言え、大変申し訳ないことをしてしまった」 「いえいえ、こうして無事に全部戻ってきましたし、大丈夫ですよ」 「……驚いたな」 「はい……?」 「いや、君に荷物を届けた後にどうしても報告したいとハロルドが俺の元に来てな」 「わぁ……」  簡単に想像出来る。トーマは騎士の名前を知らなかったが、その発言と行動だけで昨日の彼の顔が鮮明に思い浮かんでしまう。半笑いを返したトーマに、洗礼を受けた仲間と察したライアスも、似たような表情を浮かべた。 「解除者様は、大変懐の深いお方でしたと、そんな方とお話する機会を与えて下さりありがとうございましたと何度も頭を下げていたよ」 「そ、そうかぁ……」 「彼が言っていた通り、トーマ殿の懐の深さを垣間見ることができた」  からかっていると思いきや、意外にも真面目な顔で頷いている。騎士という職に着く人はこのタイプが多いのだろうか。褒められ慣れていないので彼らの言葉はあまりにもむず痒くて仕方なかった。  聖女様ご出立だというのに、向かう先はどんどんどんと人気のなさそうな場所へとなっていった。そんな所に扉があったのですねと一見すると分からない場所を選んで進んでいく。そんな道を歩きながら、ライアスはこれからについて軽く説明を始めた。  この旅で一番の決定権を持つのは聖女であり、次点で解除者となる。例外として、解除者の先見の力で見通した場合そちらを優先される。自分はそこまで信用されているのかと驚いたが、聖女の言葉と共に力を実際に披露したこともあり信憑性が増し、間違いなくトーマは解除者であると判断されたとのことだ。  また、解除者の能力を持つ者は、聖女同様世界に1人の為、この国におけるトーマの身分というのも相当高いらしい。その役割について知っている物は少なく知名度が低いので、大体は国からの貴賓扱いとなる。しかしながら、ハロルドは自分のことをしっかりと解除者様と呼んではいなかった? それを問えば、彼は昨日付けでライアスの配下となり、関係者として事実を知る数少ない1人となったそうだ。世界を救う大いなる役目を担っていると言われている聖女と解除者に関われたのだから、昨日のような重すぎる反応になるのも無理は無いのかもしれない。  目的地は、昨日トーマが見通した最北の地にある精霊が眠ると言う祭壇。場所が分かっているので、ルートも既に決まっているそうで、最短で目指すつもりだが、イレギュラーが起きればルート変更も可能。聖女によっては周辺の町や村などによってから祭壇を目指す場合もあるらしい。そんな悠長なことをしていて大丈夫なのかと心配にもなったが、聖女の行動についても大事な内容らしい。確かに、あの夢で見た女性が精霊だとするならば……最短距離でのRTAなどをしたら怒りを買うのは間違いない。  また、トーマが心配していた金銭面については、国務なので蓄えはたっぷりとあるとのことだった。財布の握っているのはライアスだったが、お小遣いとして自由に使える金額もかなりあるので、豪遊しても大丈夫だぞと笑っていた。本当にこの人に財布を預けてしまって大丈夫なのか……自分がしっかりと見張っておかなければとトーマは心の中でだけ誓った。 ◆  小さい私的な庭のような場所へと出れば、急に視界が開けた。  霜が降りても力強く咲いている花たちは、昇ってきた朝日によって照らされ光っている。その神秘的な風景はとても美しい。少し先へには小さいガゼボがあり、そこには1人の少女と、それを守るように立っている腰に剣を下げた2人の青年の姿があった。  トーマとライアスの姿を見つけた少女は、嬉しそうな笑顔を浮かべると、おはようございますと頭を下げる。さらりと落ちる長い髪は朝日を受けてきらきらと光っていて、天使のようだ。その隣にいた青年も顔だけで振り返り、トーマたちの姿を見ると、遅いぞと睨みつけた。その2人が昨日にも会ったアメリアとレオルドだとすぐに分かったので、最後の護衛と言うのが一歩後ろで控えていた青年だろう。銀髪を1つにまとめ、切れ長の目をした細身の彼も美しい顔立ちをしている。人当たりの良さそうな笑顔を浮かべると、お待ちしておりましたと胸に手を当て小さく頭を下げた。お姫様と、見目麗しい護衛騎士。まるで絵本のような光景だ。   「待たせた」  壊してはいけない空気感にたじろいだのはどうやらトーマだけだったようで、気にすることなくライアスが軽く手を挙げながら神聖な空間へとズカズカ入っていく。雰囲気ぶち壊しかと思いきや、彼が中に入っても様になっていた。明らかに場違いなそこへ中々入れないトーマとは違い、会話は進んでいく。 「そちらの方が?」 「ああ、彼が解除者だ」  綺麗な銀髪の青年とライアスに視線を向けられ、トーマは慌てて姿勢を正す。 「解除者のトーマです。魔術師です。よろしくお願いします!」  しっかり2秒は下げてから頭をあげると、全員が驚きの表情でこちらを見つめていた。何かおかしなことを言っただろうか。解除者だと自称したのはまずかっただろうか。微妙な空気を破り口を開いたのは、初対面である銀髪の青年だった。 「初めまして、解除者殿。私はウィルと申します。今回護衛役を務めさせていただく魔法騎士です」 「ウィルさんですね、よろしくお願いします」 「こちらこそ。いやしかし、解除者であることは聞いていたのですが、まさか魔術師でもあるとは思わず驚いてしまって……失礼いたしました」 「いえいえ、俺の方こそ申し遅れてしまってすみません。少しでも皆さんのサポートができるように頑張ります」 「魔法なんてちんけなもんだろ」  人当たりの良いウィルとの会話にレオルドが嫌味を挟んでくる。それに苦笑いを浮かべるだけで何も言わないトーマに変わり、ウィルがレオルドとたしなめた。 「彼にも、魔法を使う物に対して失礼ですよ」 「魔術師なんてのも総じて卑怯者だろう。お前みたいに剣に魔法を纏わせて前線で戦うわけでもない。後ろに隠れながらでなきゃ戦えないような奴らだ」 「レオルド、やめろ」 「なんだ、オレが悪いって言いてぇのか?!」  ライアスも加わり更に機嫌を悪くしたレオルドの声が大きくなる。その声にびくりと肩を揺らしたのはアメリアで、怯えたような表情でそっとトーマのマントの裾を掴んできた。大丈夫と込めた視線を彼女へと向けていると、急にレオルドの勢いが削がれる。 「そんなアメリア……! オレにはそんなことしてくれないのに……!!」 「そりゃそうでしょう。粗暴なんですよ、貴方」  彼女の行動がショックだったようで、両手で口を押さえて首を振り。うっすらと涙を浮かべているレオルドに、すかさずウィルが突っ込んでいた。なるほどそういう関係性か。早々に力関係を理解したトーマは、後ろで怯えている最強の聖女様にとびきり優しく笑いかけたのだった。
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