我が家の犬は短命

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我が家の犬は短命

 リカが小さい頃、姉のリサの事を、毎日小学校までお迎えに行く、忠犬、ハチ公の様な犬を飼っていた。  雑種で中型犬。  リカの家で飼った最初の犬だ。  リカの家は衣料品を扱う店をやっていた。  昔だと、猫は外飼いだったので、そのまま売り物に乗られたら困るから。と、猫は飼ってもらえなかった。  犬も家の中で飼うなどと言う事はまだ少ない時代だった。  リカの家の犬は代々名前は『チャコ』。代々というのは、リカが小さい頃だけでも何匹も飼って、何匹も不幸な亡くなり方をしているからだ。  初代のチャコは、リサのクラスでも有名で、それを面白く思っていなかった姉の同級生の男子が、祖母の住んでいた住宅の外の木に繋いでいたチャコを、棒で叩いたり、突っついたりして、いじめたのだ。  チャコは、大抵の事では怒らない犬だったが、危険を感じたのだろう。その男の子を噛んでしまった。  たまたまその男の子の母親は、リカの家に店員さんで務めていたので、すぐに連絡が来て、大騒ぎになった。  普段大人しい犬が怒ったのだ。それでも、腕を一か所嚙まれただけで、縫ったりするほどの怪我でもなかった。チャコはちゃんと加減はしていたのだ。  だが、狭い田舎の町である。大きなお店をやっていた両親は、けじめがつかないから。と言う理由で、チャコをリサが学校に行っている間に保健所に送ってしまった。  リカは年少さんだったので、良くは覚えていないし、チャコと遊ぶには苦手な外に出なければいけなかったので、あまり遊んでもいなかった。  だが、学校まで迎えに来てくれるほど、仲が良かった姉のリサは大泣きしていた。  幼かったリカにしても、時々外に出ると、しっぽを振って遊んでくれる茶子の事は好きだったので、チャコが保健所に送られる理由は見つからなかった。  繋がれていて、自由の利かない犬をいじめたその男の子を罰するべきではなかったのだろうか。  そうやって、お別れも言えないまま、最初のチャコは死んでしまった。  次に犬を迎えたのは、リカが小学校2年生の時。外で飼うのは懲りていたので、店の中で飼える大きさのダックスフンドにした。  今のようにミニチュアではない。普通のダックスフンドだ。脚は短いが、結構な重量だった。  店はコンクリートで穴も掘れないし、でもウサギ狩に使われていたと言うのだから、散歩は沢山必要だったと思う。店の裏には大家さんの庭があったが、庭には絶対に入れるなときつく言い渡されていた。  それは綺麗な日本庭園を、大家さんのおばあちゃんはいつも手入れをして保っていたのだから無理もない。  チャコは、店の中を長いリードをつけて、走り回っていた。  疲れると、寝床にとあてがわれた、商品棚に段ボールを入れて、タオルを引いた外から見えない位の深い寝床に入って大人しくしていた。  夜になると、お店から上げて、こたつにもぐったりして遊んでいた。  リカの家は、その頃、年に一度、冬に一泊旅行に出かけていた。  チャコは、父の同級生が預かってくれた。  その家で悲劇が起きた。  リカの家は、電気こたつだったのだが、父の同級生の家は、練炭のこたつだったのだ。  父の同級生は、犬も寒いからこたつにもぐるんだろうと、練炭の危険性には気が付かず、朝起きた時にはチャコは死んでいたと言う。  旅行から帰ったら、よその家でチャコが死んでいたので、亡骸には合っていない。大人もわざわざ子供には見せなかったのだ。  お別れも言えずに二番目のチャコともお別れした。  そのまま2年が過ぎた頃、またダックスフンドを飼った。父が犬好きだったのだ。犬のいない生活はさみしかったらしい。散歩も父が行っていたようだ。  3番目のチャコである。  リカも5年生。  大きくなっていたし、犬をかわいいと、前のチャコの時から思っていたので、新しいチャコが来て嬉しかった。沢山遊んで仲良くなっていた。  前のチャコと同じように、店の中で飼って、トイレは新聞紙にするようにきちんと躾もできていた。  その頃、リカの家は同じ町内に店を大きくして、引っ越しをした。  その引っ越しの間、叔母の所にチャコを預けていた。  リカは、引っ越しの慌ただしさもあって、しばらくチャコに会いに行っていなかったが、久しぶりにチャコと遊ぼうと思って、叔母の家に行って驚いた。  チャコは日影の家の外に繋がれて、地面に穴を掘り、すっかり人間不信になって、リカにすら唸り声をあげた。  叔母の所にくる再婚相手の男性が犬が嫌いだと、外に出したらしい。  それにしても、全く日の当たらない所に、短い鎖で繋がれ、散歩にも連れて行ってもらえず、これまでの生活とのあまりの違いに、チャコは狂ってしまったようだった。  リカは怖くて近づけず、両親にその話をしたが、その後、叔母の再婚相手を噛んでしまったと言う理由で、リカとリサが学校に行っている間に、獣医さんに連れて行って安楽死させられてしまった。  いつもいつも、さようならも言えないうちにチャコは消えてしまうのだ。  大人はなぜ、ああも犬の事を自分勝手に扱えるのだろう。リカは最後に見た泥まみれで寒々しい場所にいたチャコを思い出して、涙を流した。  それから1年もしないうちに4番目の犬が来た。  段々と、小型犬が出始めた頃だった。  コリーの小型犬のシェルティーだった。その姿の愛らしさに父は一目ぼれしたらしい。  リカは6年生。リサは中学2年生。子供二人の意見で、『チャコ』という名前はやめようよ。と、両親に訴えた。あまりにも縁起が悪すぎると思ったのだ。  名前のせいで犬が死んでいるわけではないが、悲しい思い出ばかりが多すぎる名前になってしまっていた。  シェルティーは、『ラリー』という名前になった。父が教えていた球技のラリーからとったものだった。  躾は母親がしたが、普段の散歩はリカの役割になった。  ラリーは毎日リカと散歩に行くのを楽しみにしていたし、リカも孤独な家の中でラリーだけが友達だった。  ラリーはこれまで飼った犬の中では、最初のチャコにつぐ長生きだった。  ラリーは、事故で亡くなってしまったのだ。  リカとリサは、夏休みの最後で、残っていた花火を終わらせてしまおうと、家の反対側を流れる、小さな用水路の上で花火をしていた。  ラリーは一緒に来たがったが、道がせまいし、火が危ないので、しっかりとリードを返しのあるフックに縛って、外れないようにしておいた。  でも、どうしても一緒に遊びたかったのだろう。その日は、抜けないようにいつもより、結構きつめに絞めていた首輪を無理やりに抜いて、狭い道路に飛び出してしまったのだ。  これは、私と姉の責任だ。飛びだしたところに、初心者マークの車が来て、ラリーを轢いてしまった。  すぐに父を呼び、獣医さんに連れて行ってもらう途中も、リカとリサはラリーを抱いていたが、獣医さんの中には入れてもらえなかった。車で待たされていた。  腎臓が二つともすりつぶされていて、もう助からないから安楽死させてもらった。と、父が帰ってきて、リカとリサに告げた。  リカとリサは、ラリーにお別れしたいと願ったのだが、父は 「子供の見るものじゃない。」  と、言って、またお別れできないまま、ラリーは逝ってしまった。  リカは、この事故の後、しばらく精神的に調子を崩し、学校を休まなければならなかった。祖母に連れられて、2週間ほど、家を離れ、祖母の湯治につきあわされた。    その後は、もう、父も犬を飼おうと言わなくなった。  この家は、犬にとっては、死ぬ為の家でしかなかったのだ。  寿命で亡くなった犬は一頭もいない。  大人になったリカは今は猫を飼っている。勿論完全室内飼いだ。  家の中での事故にも気を付けて、健康にも気を配っている。  でも、あの、短い命の中でも、特殊な家であった、家族それぞれの孤独を埋めてくれた、あのチャコ達と、ラリーの事は、今もはっきりと覚えている。  ただ、姉のリサとも話したのだが、あの家は、もしかしたら、昔からの何かの因縁で、犬を飼ってはいけなかったのではないか。と思わずにはいられなかった。 【了】
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