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鎖で拘束されたブランカが村の広場で十字架に掛けられている。
大きな焚き火が炊かれ、村人たちは炎に照らされたブランカを注視しながら、コソコソと何やら話している。
細身なブランカには無骨な鎖はひどく不釣り合いだ。
子を宿して膨らんだ腹部には鎖はかけられていないが目立っており、かえってその痛々しさを増している。
風が強く吹き、ブランカの髪を揺らす。
今夜は風が強い。今は曇っているが、雲が動いているのがハッキリと見える。そのうち月が姿を現すだろう。
今夜の「処刑」にはブランカが選ばれた。
ブランカはときどき、村で皆の冬備えのための服を編む仕事をしている。妊娠してもなお、ブランカは皆のためと健気に仕事を続けていた。
その同僚の1人が、「満月の次の日、ブランカの爪に固まった血のようなものが挟まっているのが見えた」と証言したのだ。
目撃したのは1人で、しかも、出せるような証拠は無しという有様だったが、僕を含む他の村人も人狼に関してロクな推理を披露できる訳でもなく、結果的にブランカに票が集まってしまった。
村長の合図で、狩人が猟銃をブランカに向けて構える。
間違って撃ったりはしないだろうか。
秋の夜風は冷たく、お腹の子に障らないかも心配だ。
やはり割り込んで止めるべきか。
いや、満月が出て来ればすぐにでも身の潔白が証明出来る。今はじっと待つべきだろう。
そう頭では考えていても、握りこぶしに力が入る。
ブランカと目が合った。不安を宿した目でこちらをじっと見ている。
大丈夫だよ、ブランカ。すぐに終わる。もう少しの辛抱だ。
一際強い風が吹いた。
焚き火が火花を飛ばし、村人たちが髪を押さえる。
髪が吹き上げられ、曝け出された村人たちの顔に光が差す。
雲から月が現れた。
今夜は満月だ。
「おい! なんだあれ!!」
村人の1人が叫んだ。
皆の目はブランカに集まっている。
ブランカの身体が膨張し、筋肉を増す。
それと同時に、真っ白な毛がブランカの全身を包んだ。
口と鼻が前方に延び、狼の顔になる。
狼特有の金色の眼。
ピンと立った耳は少し丸みを帯びている。
長くなめらかな鼻筋。
黒く薄い唇。
全身がしなやかさを感じさせる筋肉に包まれている。
フサフサとした毛が月光を反射し、仄かに輝いている。
真っ白な「人狼」がそこにいた。
ブランカが人狼だったのだ。驚きのあまり声が出せない。
一緒に暮らしていたのに。夫婦だったのに。
まったく気づくことができなかった。
「狩人! 構えろ。外すなよ」
村長が無理やり動揺を抑え込んだ様子で狩人に命令する。狩人が猟銃の引き金に指をかけ、ゆっくり慎重に照準を調整している。
くそ、くそ! ブランカを助けることはできないのか!!
驚愕から我に返り、やっとブランカが殺されかけているという事実に数瞬遅れて気が付いた。
だが、助ける方法が思いつかない。時間が無い。
「ああああーーーっ!!」
悲しみのままに叫び、頭を抱える。
衣擦れの音。
頭の頭巾の音だった。木こりの仕事をする際、日射を避けるために被るものである。
なんで僕は夜にこんなものを?
簡単だ。防ごうとしているのだ。何を?
太陽か。いや、夜だからそれはない。
じゃあ、月……?
頭の中でピースが繋がったように感じた。
狩人が目配せで村長に合図をする。
合図を受け、村長が手を挙げ、振り下ろそうと構える。
「狩人よ。う──」
「待ってくれ!! 村長!!」
僕は発射の合図を掻き消すように大声を出した。村長がこちらを見る。
「ロボか。お前の妻とはいえ人狼だ。現に村で何人も殺されて──」
「いや、犯人はブランカじゃない」
「僕だ」
僕は自分を指さし、ハッキリとそう言った。
「は?」
村長が間抜けな声を出す。
僕は頭巾をとった。そのまま空を仰ぐとハッキリと満月が見えた。
同時に身体に衝撃のような感覚。血流が力を増し、心臓の鼓動が早まっていく。
もともと大きい僕の体が膨張し、さらには全身に黒色の毛が広がっていった。
手足の指本一本一本にナイフのような爪が付き、腰からはフサフサとした尾が垂れた。
顔の形が作り変えられたのが分かる。舌で触ると、犬歯が巨大化して「牙」になっているのが分かった。
僕は完全に変身を終えた。
そう。僕も人狼だったのだ。
子を身篭っているブランカには、抵抗する一家を1人も逃がさず皆殺しにするのは不可能だ。
第一、ブランカの毛色は白。証言では、連続殺人犯の人狼の色は黒のはずだ。
スザンナの目撃証言通りの真っ黒な姿は月光と焚き火の明かりの下では一際目立った。
衝動のままに満月に向けて遠吠えをあげる。吠え声が響くのと共に村人に驚愕と恐怖が伝播した。
「人狼が2匹……!」
村人たちが恐怖のあまりパニックを起こし、僕から少しでも離れようと蜘蛛の子を散らすように逃げ出しす。中には鍬などを構えて応戦しようとしている者もいる。
つまるところ、僕の夢遊病は治ってなどいなかったのだ。僕が、人間としての自分と、人狼としての自分を勝手に切り離し、忘れようとしただけ。
狼は家族愛の強い動物だ。オスも積極的に子育てに参加する。
妻が妊娠したとなれば、身重で動けない妻にも栄養のあるものを食べさせようと、必死に狩りを行う。
そう。満月の夜、僕は人狼となりこの村で「狩り」をしていたのだ。
ネタが分かってしまえば簡単な話だった。
僕はあの夜、人狼となったブランカに恋をしたのに。その記憶まで改竄し、思い込んでいたようだ。
あとでブランカには謝らないと。
ああ、その前にブランカを助けねばならないのだった。今の僕ならそれができる。
村人たちの悲鳴が響き渡り、村長が絶叫するように狩人に命令している。
狩人が僕にその銃口を向けるのが見えた。
腹も減った。人狼ゲームはもうおしまいだ。
ここからはブランカを助けるため。僕たちの幸せを守るために。
僕は人狼。獲物はお前たちだ。
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