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「しかし、村長も突拍子のないことを言うよなあ。人狼なんているはずないのに」
僕は仕事の準備をしながら妻にそう話しかける。妻は少し眉をしかめ、不安そうな顔をしていた。
「とはいえ、殺人事件が起きているのは事実だ。戸締りはちゃんとするんだぞ」
僕はそう言って、妻のおなかに目をやった。服の上からでは分かりにくいが、触らせてもらうとわずかに膨らみ始めているのが分かる。
医者曰く、僕たちの子に会えるまであと半年ほどらしい。
男の子でも、女の子でも、母子ともに元気に産まれてきてくれることを祈るばかりだ。
「そろそろ産まれてくる子の名前も考えないとな。それじゃあ仕事に行ってくるよ」
僕はそう言うと、妻の頬に軽くキスをし、家を出た。
正直、妻を残して行くのは怖いが、冬備えと出産が控えていて金が必要なのも事実だ。今仕事を休むわけにはいかない。
不安の種を減らすためにも、連続殺人事件の犯人にはさっさと捕まってもらいたいところだ。
いっそのこと、こんな危ない村は離れて、別の村か町に移住してしまうのも手かもしれない。
だが、移住するとなればより一層の金が必要だ。やはり今は仕事に集中するしかない。
そして次の満月の夜が訪れた。
投票の結果、今月の容疑者には村の少し外れの方に住むエルバートという名の独身の男が選ばれた。
痩せ細りながらも毛深く、眼力の強い男だ。
狼のようだ、と言うのがしっくりくる容姿をしている。
早い話が推理などではなく、皆の偏見による人選である。
『処刑』は滞りなく進んだ。いや、処刑されてないし、特に何も起こっていないのだが。
村の広場でエルバートを鎖で拘束して満月の光に晒したが、特に何かが起こるはずもなく。
そのままエルバートは釈放され、誰も死ぬことなくその夜は解散した。
このときは誰も人狼がいるなんてことは信じていなかったように思う。
グレゴリー一家が惨殺されているのが発見された。
今回も家の中、死体は欠損だらけで惨い姿になっていた。
ただ、前回までとは異なる点がひとつ。
嫁であるスザンナだけが殺されずに生き残っていたのである。
スザンナは、「黒色の人狼が家族をみんな食い殺した」と証言した。死体にも明らかに人のものとは異なる、狼のような歯型があった。
スザンナは今妊娠8ヶ月。身重な身体では人狼が現れた時も恐怖に震えるばかりで何も出来なかったのだという。
スザンナは家族を失った悲しみと、これから女手一つで子どもを育てていかなければならないという不安で、涙に暮れ震えていた。
だが、誰もスザンナのことなど気にしてはいなかった。
「人狼がいる」。
半信半疑であったそれが、確かな証拠を持った現実となってしまった。
村人たちの注意はただその一点に注がれた。
来月には自分が殺されるかもしれない。
その恐怖が村人全員を本気にさせた。
「1人だけ生き残るなんて不自然だ。犯人はスザンナでは?」
「1人だけならともかく、身重の身体で何人も一度に殺せるとは思えないな」
「食欲に任せて一家を食い殺す様なやつだ。家族がいたなら、真っ先に家族を殺すんじゃないか? 独身のやつが怪しいよ」
ひと月遅れて、本物の「人狼ゲーム」が幕を開けた。
ブランカは今妊娠5ヶ月。子どもに会えるまでもう少しだ。僕たちの幸せを人狼なんかに奪わせやしない。
仕事の合間などに村人から話を聞いて情報収集し、人狼特定に貢献できるよう努めた。狼に関する情報も集めた。
そしてまたひと月が経過し、また満月の日がやってきた。
選ばれたのはブランカだった。
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