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部長の怒りは熱さより冷たさが勝り、喉をぐっと押さえ付ける。言い訳や申し開きを受け付けない構えに私はたじろぐ他ない。
「僕は君の察しの悪さに絶望している。待っていろと言われ、大人しくお座りしていたのが馬鹿みたいじゃないか」
部長がこちらへ近付いてくる。常に部長に対しては気を回していたつもりが絶望までさせているとは。ますます身体は強張り、動けなくなった。
「こんなことならーー意地を張らず迎えに行けば良かったよ」
椅子から引っ張り上げられたかと思えば、甘い香りに包まれる。膝の上にあった封筒が滑り落ちていく。
「狭くて薄暗い場所が好きなんでしょ?」
耳元がで囁かれ、部長に抱き締められているのを把握した。慌てて胸を押し返そうとした際、ネクタイピンに気付く。
「こ、これ」
「今日は素直になろうと思ってね。似合ってる?」
「いえ、正直、似合ってるとは言い難い」
贈っておきながらだが、高級ブランドスーツとネクタイにキャラクターピンは合わない。はっきり言えば浮いている。
「はは、君は素直だな」
身を捩るが離してくれず、それどころか密着を強めてきた。部長はスーツの上からだと線が細いが、こうされると抵抗が通じない。
「こういうのセクハラですよ?」
「ほぅ、訴えるか? それもいい。セクハラ上司になど二度と縁談はこないだろう」
「こんな真似しなくても部長なら断れますよね? 私を口実にしようとしないで下さいよ」
甘い香りで頭がくらくらする、私は部長の香水が好き。同じ香りを求めてこっそり探してみたが見当たらなくて。
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