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「部長」
「何?」
「言っても宜しいですか? これを話せば私は良い部下ではいられないでしょう」
前置きをする。
「是非聞かせて貰おうか。ただし聞いたら僕も良い上司でいられないぞ」
抱き締めてキスをしといてよく言う。こんな悪い上司を好きになってしまうなんて。狡い大人の彼は、この気持ちを名付けなくたって前に進めるのかもしれない。
普段は皮肉屋で本心を決して明かさないくせ、今は愛おしそうな瞳でこちらを覗く。私の欲しがる答えはここにあるぞと誘う。
瞬きする度、想いが溢れる。もういい、私は子供でいい。きちんと伝えよう。
「ブックカバーを貰った日、私はあなたへの気持ちを封印しました。部長を男性として見ないと誓いを立て、好意を憧れにすり替えたんです。そうすれば側に置いてもらえると思ったから」
「でも営業部への異動辞令が出た?」
「はい、部長は私の気持ちなどお見通しだったんでしょうね。私を側に置いたら面倒になると判断されたんですよね?」
「……」
黙る部長、沈黙は肯定か。
「それはいいんです。結局、移動した後もあなたが忘れられなかった。もしも一緒に働いていれば迷惑をかけたと思いますし」
本心と共に涙が止まらなくなる。
「全く君の気持ちに気付いていないかと言えば嘘になる。君の瞳はいつも真っ直ぐ正直だった。ポーカーフェイスなどと揶揄する輩がいるが、彼等は分かっていないよね」
口を押さえ嗚咽を噛むと、部長は頭を撫でてくれた。シャツに私の涙が染み込んでも。
「そして、僕も君を分かったつもりでいた」
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