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髪に触れ、頬に触れ、目尻に触れる指は迷っている。
「部長の気持ちも教えて下さい。でないと私はあなたへ踏み出せないです」
「その割にはしっかり手を回してるじゃない?」
「もう逃したくないから、あなたを」
「はは、参ったね」
ギュッと抱き付き、私はここに居ると証明した。もう迷う必要なんか無いんだと態度で示す。
「ーー分かった、分かった、白状するから腕を緩めて」
白旗を上げる真似をするので、力を少しだけ弱めた。
「営業部へ行かせたのは君自身の為になるし、僕から遠ざける意味もあったと認めよう。ただし、君を疎ましく思ったんじゃない。僕の側で働くことで嫌な思いをさせたくなかったんだ」
「嫌な思い?」
「あぁ、権力闘争に巻き込みたくなかった。あの頃の僕は足を引っ張られたり、嫌がらせを毎日のようされてさ、子供じみた悪意が君へ向けられるのを恐れた。
誰かに君を傷付けられたくない、自分が一番傷付けてきたのにね。情ないでしょ? 守ってあげる力が無いなら手放すしかないじゃないか」
丁寧に心情を語る部長。言葉の一つ一つに私への思いやりが滲む。
営業部で鍛えられた私ならば耐えられたかもしれないが、当時は嫌がらせで潰されるだろう。部長の采配は長期目線でみれば正しくあった。
しかしーー。
「情けなくなんかないです。事情を教えてくれれば良かったのに。話してくれたら私は……」
「結果論、誤解させたままの方が反骨心で頑張れたでしょ? 上司はね、部下の成長を促す為に汚れ役もやれるんだよ。まして君の為なら幾らでも」
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