満月の夜の怪物たち

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 今宵は満月だった。  俺は狼男。  満月の夜には高いところに行きたくなる男だ。  昔は高い木や山、煙突があったものだが、今は超高層ビルが建ち並んでいた。  俺はコンクリートの壁を見上げて叫んだ。 「屋上に行くのは無理だ!」  クモ男じゃあるまいし。  そこで俺は考えた。  金持ちになって超高層ビルの一番上の部屋を借りればいいのではないか、と。  俺は毛深い腕をじっと見た。 「筋肉が解決してくれる問題じゃあないよな」  俺は頭で考えるよりも筋肉で考えたいタイプなのである。 「フッ、ハフッ……」  しかし、もうじっとしていられない。満月の月明かりに狼男の血が騒ぐのだ。  俺はとりあえず月に向かって吠えてみた。 「ウオーッ! オーーーワーーーンッ!」  すると、 『パオーン! ファンファンファンファン!!』  遠くからパトカーのサイレン音が聴こえてきた。  誰かが不審者だと警察に通報したのだ。 「いかん」  警察に捕まる前に立ち去ろう。 「あははははっ!」  この場から退散しようとする俺の背中に女の笑い声がぶつかってきた。  俺は背中に当たる女の笑い声を無視して駆け出した。 「ちょっとおおお! 待てい!!」  ビューンとすごい速度を出した人影が俺を追い越し、俺の前に立ちはだかった。  赤い両眼に、形の良い唇からちらりと覗く鋭い二本の犬歯――、女の吸血鬼だった。  俺は頭上の満月に目を向けた。  こんな良い月夜に遭遇したくない女だった。 「何よ。いきなり逃げ出して。こんな良い月夜に、独りで寂しがってる思って訪ねてきてやったのに!」 「わざわざルーマニアから日本までご苦労さまです……」  それも今夜のため、だと言う。  この女吸血鬼は日本の満月の夜に来日するのだ。  いっそこっちに永住すりゃいいじゃないかと思えたが、まあ、吸血鬼に永住されたら日本も困るだろうから、そこは言わない。 「どういたしまして」  女吸血鬼のカシーは優雅にお辞儀をした。長い金髪が満月の光で一段と美しく輝く。  俺の狼男の血には刺激的な……、異性の美しさだ。 「はうっ!」  襲っちゃいたい(ハートマーク)って欲望がビンビンに高まる。これだから月夜に遭遇したくないヤツだった。 「あら? 狼男の血が騒ぐ? 来い、私を襲え」  と、カシーは恐ろしいことを言う。 「いや、いいです。ふう……」  そう露骨に言われると萎えるものがあった。  俺の狼男の血と欲望の血圧が下がっていく。 「つまんない」 「もっと自分を大切にしなさい!」 「はーい」  そこでやっとこの場が静かになった。  俺たちは人気のない方へ連れだって歩き出した。 「なあ、カシーよ。いつも思うことなんだが、あの月は太陽の光の反射だろう? 暑くないのか? 満月は特に」 「日焼け止め塗ってるから。あら? 背中にも、塗ってくれる?」 「ワオーン! 満月の夜に俺の血を刺激するなああっ!」 「いつも面白い反応だわ。日本の満月にルーマニアから来る価値はあるわ」  とカシーは笑うが、寂しがっているのはコイツのほうだった。  初めて出遭って以降、約三〇〇年。俺たちはずっとこんな夫婦漫才みたいなことをやってきた。  人間の世の中がどんどん変化して行っても、(人間から見たら)怪物の俺たちだけはずっと変わらない。  変わったのは着ている服のデザイン、髪型くらいだ。  あと、仕事もな。  吸血鬼のカシーがどうやって生活費を稼いでいるのかは聞きたくもなかったので謎のままにしてある。 「変わらないもの、か。太陽も月も、青空も夜空も変わらないなあ」 「私は青空なんて知らないけどね」  俺たちは寄り添うように歩いた。  一見すると、いい雰囲気の男女の姿であろう。片方はやけに毛深いけど。  人の世のたくさんの街明かりが孤独な俺たちの目にはまぶしかった。  お互いそう感じているなら、一緒になればどうか?  孤独な狼男と寂しがり屋の女吸血鬼のロマンス。  映画化決定すれば。  全米が泣いたで。  俺たちは一夜にして大金持ちになれそうだ。  そっとカシーの肩を抱いてやろう。  俺の腕はとても毛深いが、夜風には生温かい感触であろう。  俺は後ろからカシーの肩に手を伸ばした。  いいぞ。カッコいいぞ。  カシーの背後からその肩にぐるりと腕を回し、引き寄せ――、 「かぶり」 「いってええええ」  女吸血鬼、噛みやがった。 「あ? ごめん。毛深いけど血の気が多い腕してるからさあ。噛み応えありそうで、つい、噛んでみたくなったのよ」 「ついじゃねえよ、いつもこうだよ!」  良い雰囲気だいなし!  ああ満月よ。  月夜に遭遇したくないヤツは、実はお前なのかもしれない。 <終わり>
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