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第十八話 トレジャー
春奈は蘇芳から受けとった封筒をあけてみた。ハガキサイズのカードが一枚入っている。そこにはこんな一文が記されていた。
『奴隷は女王を憎む』
春奈は首をひねった。これが宝とは思えないのだが。
「ま、いいや。鈴に渡そっか。鈴たちはどうしてるかな?」
「待って。春奈。綾川さんは頭もいいし、きっと自分のぶんは見つけるよ。だけど、さっきの割りふりだと、誰も担当してない場所があるんだ」
1、空高き水底
2、暗き穴の底
3、天使の息吹
4、くりやの栗
5、花畑のまんなか
6、竜の咆哮
7、モーツァルトの眼差し
8、23番めの世界
9、死人の鏡
10、何も言うことはない
「えっと、一、二が紀野くん。七、八が羽田くん。三、五がわたしたち。栗はとられたって鈴が言ってたから、あとは六、九、十。鈴たちがどこに行ったのかわからないけど、そのうちの一カ所か二カ所だね」と、春奈は考えを述べる。
美憂はうなずいた。
「十番の『何も言うことはない』っていうのが、わたし、わからないの」
「うーん。わたし、いまだに栗がなんで厨房なのかもわかってないんだよ」
「それは、厨っていうのが厨房だから」
「そうなんだ!」
こんな調子じゃ自力で宝を探せそうにない。
「ああっ、さっき、蘇芳くんについていけばよかったね。なんかわかってるっぽかったし」
「わたし、あの人、ちょっと怖いな」
「そう? すごくイケメンだよ?」
じつを言えば、カッコイイなとは、卒業前から思っていた。ただ、蘇芳には近寄りがたいふんいきがあるから、これまで話せなかっただけだ。でも、封筒を渡してくれた。やっぱり、女子の評判どおり優しい。
「しょうがないから、鈴に電話かけてみる」
スマホを出してLINE電話をかけるものの、つながらなかった。
「娯楽室行ってみようか。羽田くんが見つけてるかも」
うなずく美憂とともに、一階にある娯楽室へ歩いていった。エントランスホールとは逆方向の食堂のとなりにあたる。
「羽田くん。いる?」
ドアをあけると、室内では羽田と紫藤が何やら言い争っている。紫藤大夢はクラスカースト一位の摩耶グループの一人だ。摩耶の彼氏、海原翔の友達である。ちょっとキツネっぽい目つきで、背はそんなに高くない。
「おれがさきだった」
「ちゃうやろ。おれがさきやった。だいたい、おれのあとつけてきたんやろ。綾川の推理、盗み聞きしとったな」
「早い者勝ちだ。関係ない」
どっちがとったかでモメている。二人はそれぞれ一つずつ封筒を持っていた。
「待って。待って。ここは協力しようよ。この部屋にあった二つの封筒の中身は、おたがいに両方とも見たらいいんじゃない?」
さっき、蘇芳がやった方法で解決しようと提案すると、二人は折れた。そのほうが一つずつの封筒を持ち帰るよりお得だからだ。情報が倍になる。
二人は同時に封筒をひらく。その瞬間、急に紫藤が大声を出した。自分のカードをにぎりしめたまま逃げていく。
「あいつ! 約束ちゃうで」
追いかけようとするルーカスを、春奈は呼びとめた。
「待って。羽田くん。でも、まだ、こっちの封筒まで見てなかったと思うよ」
そのヒマはなかったはずだ。一瞬、自分の手の内のカードに視線を落とすと、すぐあとに走っていった。
「あの感じ……もしかして、自分に関することが書かれてたんじゃないですか?」と言ったのは美憂だ。
春奈はハッとした。
「自分の? それって……」
「たぶん、このカード、ペア同士を推測できるヒントが書かれてるの」
なるほど。たしかに、そうかもしれない。奴隷は女王を憎む。ルーカスの手元のカードは『作られた顔』とだけ記されている。
「作られた顔? なんだろう?」
「絵とか彫刻とか?」と、美憂も首をかしげる。
が、あっさり、ルーカスが指摘した。
「整形なんちゃうか?」
クラスのなかに整形している人物がいるのだろうか? なんのために?
「プチ整形とか? そんなの、ゲームに関係あるかな?」
「けど、本人たちにはこれだけで意味通じるんやろ?」
「そうだよね」
考えていてもわからない。春奈たちは鈴を探しに行こうと話しあった。
寮内の広い範囲を三人で歩きまわる。が、なかなか見つからない。
「疲れたねぇ」
「みんな、どこにいるんでしょうね」
「竜の咆哮? ゲームにならドラゴン出てくるで」
「食堂に戻ろっか。もうすぐ十二時だよね」
「しかたないね」
話しながら、春奈たちは階段をおりていった。エレベーターが待ってもなかなか来ないので、徒歩で来たのだ。
「羽田くん。昨日はすごかったよね。よくあの死神から逃げだせたね」
「もう死ぬかと思ったけどな。おれ、足はわりと速いねん」
「わたしだったら、途中で追いつかれてた。たぶん、ころぶし」
あははと声をそろえて笑う。美憂が疑問をなげかけてきた。
「死神って?」
「夜になると襲ってくる殺人マシンやな」
ルーカスが階段から見えるホールのまんなかを指さしながら説明してやる。こんな形で、クルクルまわりながらとオーバーアクションで語る声を聞きつつ、春奈はなにげなく下を見おろした。
昨夜、そのすきまから手すりをよじのぼった、階段と壁のあいだが見える。
春奈はそこに妙なものを見つけた。ピンク色の封筒のようだ。
美憂とルーカスがホールの中央に歩いていくあいだに、春奈は手すりとそのすきまに手を伸ばした。やっぱり、思ったとおりだ。封筒である。ただし、色が違う。大きさもほかの封筒より小さい。半分くらいのサイズだ。封筒表に⑩と記されている。
(十? なんかわけわかんなかったやつ?)
何も言わないとかなんとか。
春奈はなかをあけてみた。ひとめ見て、ハッとする。
そこには、こう書かれていた。
『じつはランダムなペアもいる』
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