第七話 生存作戦会議

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「それとね」と、鈴は声を細めてささやく。  なんだか、これまでで一番、不安げに見えた。 「春奈はアレ、どう思った?」 「アレ?」 「わたしたちのなかに、グールがいるっていう、アレ」 「アレか……」  正直、なんのことやら、さっぱりわからない。昨日までふつうに学園生活を送っていたクラスメイトの一人が、急に人肉食べますとか言われても、納得できない。 「嘘じゃないの? えっと、グールって、たまにゲームで出てくるよね。死体を食べるモンスター?」と、春奈が言うと、鈴はタブレットをひらいた。 「これ、ルールブックに書いてあった」  鈴が見せてくれたのは、グールについて書かれたページだ。  屍喰鬼とは?  グール化した人間の特徴とは?  屍喰鬼への救済措置  この三項目である。 「何? このアールなんとか。新薬? そんなの、聞いたこともない」  もっとも、春奈は科学になんの興味もないし、医学書や論文も読まない。ニュースでたまに新薬が承認されましたなんて言っていても、さっぱりおぼえていないのだから、当然だ。  鈴なら、医者になるための勉強を今からしている。何か知っているのではないかと、期待してながめる。が、鈴は首をふった。 「わたしも知らないんだ。ネット検索しても、そんな薬、一件もヒットしない」 「鈴が知らないなんて、外国で出たばっかり……とか?」 「そんなんじゃないよ。だって、よく見て。体の欠損部分が再生するんだよ? つまり、手足がなくなっても、また生えてくるの。そんなスゴイ薬なら、絶対にもっと、ものすごい話題になって、世界中でさわがれてると思う」 「そうだよね」  春奈はむしろホッとした。最初から嘘っぽいと思っていたのだ。やっぱり、これはただ、参加者を怖がらせるためのフェイクに違いない。 「なんだ。そっか。だよね。人間がモンスターになるとか、そんな薬ないよね」 「モンスターとは書いてないよ。再生能力を持つかわりに、体がくずれていく。それをおぎなうために人肉を食べる。一週間以内に特効薬を打てば、症状を抑制できる。嘘みたいだけど、ある種の酵素が作用して、タンパク質を急速に作りだしたり、分解したりできるなら……ありうるかも」 「そうなの?」 「細胞の分化を未分化を自在にコントロールできたなら、もしかしたらね」  そんな魔法みたいな薬がほんとに存在する?  だとしたら、レフリーが言っていたことは、ただのおどしではなくなる。 「ねぇ、鈴。ほんとに、みんなのなかに、グールがいるんだと思う?」 「わかんない。でも、いるとしたら、すごくやっかいだよ。自分のペアを見つけるだけでも精一杯なのに、この上、グールが誰なのか調べたり、その人に襲われないように用心しなきゃいけなくなる」  もしも、グールがいたら、その人は一日に一回、人肉を食べようとする。つまり、ペア探しに関係なく、誰彼おかまいなしで襲ってくるかもしれないのだ。 「でも、アールなんとかってその薬を飲まないと、グールにはならないんだよね?」  春奈が言うと、鈴はとても悲しそうな目をする。 「春奈。わたしたち、昨日、インフルエンザのワクチンだからって、クラス全員、注射されたよね?」  春奈もハッとした。  そうだった。保健室に集められて、列になって、注射を受けた。あれが、その新薬だったとしたら? 「まさか、アレ?」 「だと思うよ。だって、インフルエンザにしては、時期も変じゃない? ふつう、ワクチンなら流行前に打つから、十月とか、十一月とか、少なくとも年内だよね」  たしかに、そうだ。二月になってからインフルのワクチンなんて遅すぎる。  鈴は悲しそうな目のまま告げた。 「ほとんどの人はほんとにインフルのワクチンだったのかも。それか、ビタミン剤とか、打ってもなんの害もないもの。あのなかで一つだけが、RTRのアンプルだったんだよ」  春奈は愕然(がくぜん)とした。今さらだけど、ほんとに自分たちのなかにグールがいるのだと実感する。 「待って。レフリーにも誰がそうなのかわからないって言ってたよね? ほんとにそうなのかな?」 「かもしれないし、ほんとは把握してるのかも。アンプルの一つに目印をつけとくとか、一本ずつに番号ふってれば、誰がそれを打たれたのかはわかるもんね」  春奈は不安だった。まさかと思うが、自分がグールではないかと考えて。あの状態なら、誰がそうだったとしても不思議はない。 「わたしじゃ、ないよね?」  鈴は妙に無表情な目で、春奈を見る。 「鈴?」 「うん。違うと思うよ。だって、症状は投薬後数時間で現れるって書いてある。ワクチン打ったのは昨日だから、本人にはもう自覚症状が出てると思う」 「そっか」  そうだった。ほっておくと、体の一部がだんだん、くずれていくのだ。春奈にも鈴にも、その兆候はない。 「でも、ほかの人たちにも、変なとこなかったけど」 「服の下で変化してたら、まわりからはわかんないよ」 「そうだね」  それにしても、グール……恐ろしい。ゲームにとって、もっとも不確定な要素だ。
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