第八話 愛音と萌乃

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第八話 愛音と萌乃

 作戦会議が終わったので、春奈は鈴と二人で廊下に出た。午後六時すぎだ。  夕食をもらうふりをして、エレベーターにむかう。  探しているのは紀野廉太だ。とにかく、もっとも利害が対立しない相手である。  だが、出会ったのは愛音と萌乃だった。愛音はきょくたんに背が低いので、遠くからでもよくわかる。鈴が歩調を速めて二人を追いかけていくので、春奈もついていった。 「ねぇ、今から夕食?」  愛音と萌乃はおもしろいほど大げさにビックリしていた。しかし、まあ、この状況だ。風が吹いただけでドキドキする気持ちはわかる。声をかけたのが鈴だと知ると、二人は目に見えてホッとした。 「あたしは食欲ないんだけどね。萌乃がお腹へったって言うから」と答えたのは、当然、愛音だ。 「いっしょに行こうよ。もう怖くて」  鈴が肩を落として言うと、愛音はすぐに乗ってきた。 「ほんとだよね。まさか、こんなゲームなんて、ありえないよ。でも、絶対に相手をやらないと、こっちが殺されちゃうんでしょ? オマケにグールとかなんとか、もうホラーかっつうの! ま、さすがにアレはジョークだろうけどねぇ」 「ペアが誰だかわかる?」と、鈴はさっそく、さぐりを入れている。  春奈なら躊躇(ちゅうちょ)するところだが、愛音はかんたんに答えてきた。 「うーん。それなんだけど。たぶん、アレだと思うんだ。たしかに、当時はほんとに殺してやりたいほど恨んだし、青鳥——あっ、今ならゼットか。あれの裏アカでめっちゃ悪口書きこんだけど。でも、三年もたつとさぁ。別に殺したいほど憎いってわけでもなくなっててさ。そうじゃない?」  春奈はてきとうにうなずいた。愛音はひとりごとのように続ける。 「でも、やらなきゃダメなら、やるしかないよねぇ。死にたくないもん。悪いのはあっちだしね」  春奈は鈴と目を見かわした。今の応答で、愛音は恨む者であり、しかも、それが春奈と鈴以外のペアだとわかったからだ。ただし、それが演技でなければ、だが。  愛音とは卒業までに、そこそこ話した。でも、ほとんどはアニメやドラマに対してだ。マンガの貸し借りもした。でも、家族については、とくに何か話してはいないが、そういえば、子どものころ、施設にいたと言っていたような? それが一時的なものなのか、長期的にだったのかはわからない。  ここで、鈴が賭けに出た。 「それって、小町じゃない?」 「えっ? なんで?」 「小町、さっき、ボックスに入ろうとしたから。それで井伏くんと言い争いになって、井伏くんは死んだんだよ」  愛音はため息をついた。 「あたしと萌乃はすぐ食堂出たから、その現場、見てないんだ。でも、あたしの相手は小町じゃないよ」と言ったあと、愛音が逆にたずねてくる。 「鈴や春奈はどうなの?」  春奈がさっき打ちあわせしていた嘘をつこうとすると、さきに鈴が口をひらく。 「わたしたちはまだ相手を探してるんだ。萌乃は?」  なるほど。萌乃はさっきから、ひとこともしゃべらない。鈴は萌乃を警戒したようだ。  急に名指しされた萌乃は、かなりアタフタした。あきらかにようすがおかしい。 「あ、うん。あたしもだよ。あたしも探してるんだ。それよりさ。お腹へったよね。急ごう」  あからさまにごまかしながら、一人で食堂に入っていく。 「待ってよ。萌乃ぉ」  追いかけようとする愛音の手を鈴がとった。 「愛音。あとで三人で話そう」 「えっ? 萌乃は?」 「萌乃、さっきのようす変だったよ。ちょっと気になる。わたしたちは愛音の味方だから」 「う、うん?」  食堂に入っていくツインテールを見送る。  鈴が耳打ちしてきた。 「萌乃。おかしかったよね?」 「目が泳いでたよ」 「萌乃は恨まれる者かもしれない。萌乃の前では何も話さないことにしよ」 「うん」  相談しあってから、食堂に入る。スケジュールでは六時からが夕食の時間なのに、なかにはすでに十数人がいた。もしかしたら、ずっと食堂にいたのだろうか。  今夜はカレーライスだ。いつもは食堂係のおばさんたちが皿に盛ってくれるのだが、盛りきりのトレーをロボットが渡してくる。 「トッピングは? うずら玉子のフライは? ナスの素揚げは? トンカツとウィンナーとチーズも」  誰かと思えば、萌乃だ。動作の遅いロボットに文句を言って、トッピングをあれもこれもと勝手に載せている。いつも思うが、あの食欲はどこから来るのだろう。お菓子だってふつうの子の三倍は食べているのに。 「わたしたちも食べようか。なんか食べとかないと、あとがもたないよ」  鈴に言われて、春奈はしかたなくトッピングなしで受けとった。サラダだけでお腹いっぱいになると思ったのに、香辛料のよい香りに誘われて、案外、ペロリとたいらげる。  まわりを見ると、みんな黙々と食べている。一番すみっこに紀野がいた。  そこへ、本波摩耶たちのグループが入ってくると、とたんに空気がピリピリする。特別科ではとくにイジメはなかった。いや、春奈はそう思っていた。ただ、なんというか、摩耶は女王様だ。威圧的なふんいきをまとっている。 「出よっか」  鈴が言ったのは、愛音が席を立って廊下へ出ていったからだ。萌乃はまだカレーをおかわりしている。一杯めでも春奈の倍の量はあったのだが。  急いで、愛音のあとを追った。愛音はエレベーターよこの女子トイレに入っていく。一階には宿舎がないので、共用のトイレがある。 「愛音」 「ああ、鈴。春奈」 「萌乃、いつもスゴイ量だよね」 「うーん。あの子、過食症なんだよね。たまに吐いてるよ」 「そうなの?」 「誰かに裏切られてから、ストレスで過食症になったんだって」  だとしたら、萌乃も恨む者ではないだろうか?
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