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第九話 紀野廉太
愛音といっしょにトイレから出てきたときだ。紀野廉太が食堂からやってきた。エレベーターにむかっている。
鈴がいきなり走りだす。
「待って。紀野くん」
ふりむいた紀野はいくらか迷惑そうな顔をしていた。ヨレヨレの長い前髪のあいだからのぞく白い目は迫力がある。
「なんか用?」
警戒した口調だ。
「紀野くんって、恨む者でしょ? わたしたちもみんな、そうなんだよ。だから、情報交換できないかなって」
鈴は果敢に紀野懐柔にかかる。春奈なら最初の段階で逃げてるところだ。
紀野は長いこと考えこんだあと、ぼそりと承諾した。
「ま、いいけど」
やっぱり、夕食前にかわした、ほんのちょっとの会話から、紀野は春奈たちをターゲット候補から外したのだ。
「おまえらさ。弟か妹が坂牧小だったヤツ知らない?」
紀野は単刀直入に聞いてきた。春奈たちは首をふる。愛音もだ。
「あっそ」と言って、紀野は去っていこうとする。
あわてて、鈴が呼びとめる。
「待って。紀野くん。そのやりかた、危険だよ。ペアの相手にも、バレちゃうんじゃないの? 紀野くんの兄弟とペアの兄弟が坂牧小学校だったってことでしょ?」
たしかに、紀野がもしも全員に今の質問をしていたなら、ペアの相手は探されてるのが自分だとわかる。兄弟の通っていた小学校なら、たいていは自分の母校でもある。校名を忘れるなんて、ありえないからだ。
「だからだよ」と、紀野は言いきった。
「わざとやってんだ。おれがペアだと気づけば、相手は動くだろ」
「自分を囮にしてるの? でも、それだと、相手にさきを越されちゃうかもしれないよ? 紀野くんが死んじゃうかもしれないんだよ?」
紀野は目をふせる。
「おれの弟、自殺したんだ。小学のとき、クラスでイジメられてたみたいで。助けてやれなくて、ずっと後悔してた。だから、おれの命はどうでもいいんだよ」
紀野の決意はかたいようだ。愛音なんて、すでに涙ぐんでいる。感情的なだけに涙もろい。
「つらかったね。紀野くん。やっぱ、それでいくと、あたしのはそこまでじゃないなぁ。でも、アレ以外、心あたりないしなぁ」
鈴が口をはさむ。
「愛音はなんでなの?」
「鈴は?」
「わたしと春奈は家族を殺されたんだよ」
「えっ? 殺されたの?」
「わたしは家を放火されて。春奈は事故だったけど」
「そうなんだ……わたしだけ、そこまで重くなくて、なんか悪いなぁ。じつは、摩耶がさ。幼なじみなんだけど——」
本波摩耶? まさか、愛音と二人がつながっているとは思っていなかった。高校のあいだ、愛音と摩耶が話しているところを見たことがない。おたがいにさけていたわけだ。
愛音が話しだそうとしていたときだ。背後から声をかけてくる者がある。
「あ、あの……」
ふりかえると、戸谷美憂が立っていた。小柄でセミロングの黒髪。きわだって可愛いわけではないが、かと言って、特別に劣るわけでもない平凡な容姿。いつもオドオドして、一人離れている。典型的なイジメられっ子だ。
「戸谷さん」
「あの、わたしも仲間に入れてもらえませんか。わたしのお姉ちゃん、医療ミスで死んだんですよね。お母さんはお姉ちゃんを可愛がってたから、やけになって、飲酒運転で事故死しちゃって……あのときのお医者さんの家族がクラスにいるんだと思うんです!」
春奈はビックリした。医療ミスで家族が死んだ生徒。逆に家族が医療ミスを起こした生徒。そんな人が同じクラスのなかで何人もいるわけない。だとしたら、その医者は鈴の父じゃないだろうか? 鈴の父は冤罪だ。でも、その事情を知らなければ、被害者遺族にとってみれば、鈴の父こそ憎い相手になる。
もしかして、鈴は恨む者ではなく、恨まれる者なのだろうか?
春奈の挙動はだいぶおかしかったかもしれない。自分ではなるべく平静を装ったつまりだが、何度もチラチラ鈴をうかがった気がする。気が動転して、よくおぼえてないのだが。
しかし、鈴は冷静だ。
「じゃあ、わたしたち、みんな恨む者だね。こまめに情報を交換しよう。うちを放火したのは、当時、中学生だったみたいなんだ。それっぽい人がいたら教えて。あと、小町が誰を狙ってたのか、それとなく本人に聞いてみる」
うなずきあって、それぞれに別れた。愛音はやはり萌乃のもとへ帰っていった。紀野はエレベーターに乗る。春奈は鈴と二人で話しあいたかったが、戸谷がついてくる。たしかに一人ぼっちで心細いだろうが、こっちはまだ美憂を心から信頼しているわけではない。ついてこられるのは迷惑だ。
すると、鈴が言いだした。
「ねぇ、春奈。戸谷さん。これから、わたし、絵梨花と話してみる。だけど、みんなで行くと、絵梨花が警戒しちゃうと思うの。悪いけど、二人で待っててくれる? 食堂でジュースでも飲んでたらいいんじゃない?」
二人きりにされるのはちょっと緊張する。美憂はおとなしいから、まだいいのだが、なれない人と話すのは得意じゃない。
それは美憂も同じらしく、しばらく、二人でモジモジしていた。
「えっと……」
「あの……」
同時に話しだして、あわてて黙る。おたがいの目を見るタイミングがまた同じで、春奈はついふきだした。
「わたしたち、ちょっと似てるかも?」
「そうかも」
よかった。順調に仲間が増えていく。
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