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第十話 戸谷美憂
食堂に戻って、自由に飲めるジュースを冷蔵庫からとりだした。
缶ジュース、瓶のジュース、紙パックの野菜ジュースなどが入っている。コーヒー、紅茶、ココアなど、あたたかい飲み物はティーパックやインスタントが用意されている。
「わたし、イチゴオレにしよ。戸谷さんは?」
「わ、わたしも」
食堂は広いので、中央のテーブルのほかに、壁ぎわにカウンター席がある。そこへ行って、まわりを見ると、まだ愛音と萌乃、摩耶たちのグループ、反対側のすみっこには絵梨花と話す鈴もいる。
鈴ががんばってるから、自分も何かしなくちゃと、春奈は考えた。さっき美憂が言っていた、医療ミスで家族が死んだというのは、ほんとなのだろうか?
「あのね、さっき、言ってたよね。あれ、ほんと?」
「えっと?」
「家族が亡くなった話」
美憂はうなだれて眉間にしわをよせた。
「うちはもともと、あんまり裕福じゃなくて、お姉ちゃんが難病になったとき、治療費が出せなかった。国の指定難病にもなってないから、すごく高額で。それに、まだ治療法どころか、なんでその病気になるのか原因もよくわかってなくて。うち、母子家庭だから、困りはててたの。そしたら、大学病院から症例を集めさせてもらうかわりに治療費を出してくれるって。でも、それが間違いだった。お姉ちゃんは毎日、検査、検査であちこちにまわされて実験台にされたあげく、死んでしまったの。そのときの担当の先生が萩原って人だった」
萩原? 鈴のお父さんなら綾川のはずだ。たまたま、同じような境遇の生徒が二人いただけのようだ。
春奈はホッとして、鈴の帰りを待った。
しばらくして、絵梨花と苗花が食堂を出ていき、鈴が近づいてきた。
「お待たせ」
「鈴。どうだった? 絵梨花、話してくれた?」
鈴はかるく首をふる。
「疲れたから、もう部屋に帰ろうよ」
「そう……だね」
本心を言えば、春奈は自分の部屋に帰りたくなかった。一人になるのが怖かったのだ。
「鈴はもう寝るの?」
「とりあえず、お風呂入るよ」
「そっか」
「春奈。戸谷さんも。今夜は自分の部屋で、なかからドアチェーンしっかりかけて休むんだよ? 絶対、外に出ちゃダメだからね」
「うん」
二階にあがったところで、鈴は手をふって立ち去った。なんとなく、よそよそしい。春奈と美憂は三階なので、階段をあがっていく。
「ねえ、桜井さん。一人になるの、怖くない?」
「春奈でいいよ。わたしも、美憂って呼ぶね」
美憂は感動しているようだ。嬉しそうに目を輝かせている。いつも単独でいたが、だからと言って一人が好きなわけではなかったのかもしれない。極端に人見知りなだけみたいだ。
「そうなんだよ。一人、怖いよね」
ところが、話していたときだ。ポケットでスマホが鳴る。LINEのコメントが来たときの音だ。春奈は急いでスマホをのぞいた。鈴からだ。
『あとで、わたしの部屋に泊まりに来て。戸谷さんにはナイショで』
話したいことがあるのだろう。それならそれで、さっき別れるとき、そう言えばよかったのに、わざわざLINEを使ってくる。最後の『戸谷さんにナイショで』ってところが肝心なのだ。
美憂は春奈がスマホをしまうのを待って口をひらく。
「あ、あの、今夜、春奈の部屋に泊まっても、いいかな?」
春奈は迷った。ついさっきまでなら、一も二もなく承諾していた。でも、鈴にナイショで来てと言われたら、それはできない。なんと言いわけしたらいいか迷っていると、美憂が顔を赤くしながら首をふった。
「あ、ごめんね。さすがに図々しかったよ。わたし、帰るね。バイバイ」
美憂が自ら去ってくれたので、春奈は助かった。毛布を持って、急いで鈴の部屋まで戻る。
「鈴、来たよ」
鈴はドアをあけると、廊下を見まわした。春奈のほか誰もいないことを確認してから招き入れる。かなり用心深い。
「戸谷さん、怪しんでなかった?」
「えっ? 別に」
「それならいいけど」
鈴の表情がくもっている。美憂が話していた医療ミスが気になっているのだろうか。
「心配しなくていいよ。美憂が言ってたんだけど、お姉さんの医療ミスは、萩原って先生のせいなんだって。鈴のお父さんじゃないよ」
「萩原?」
「うん」
鈴は目をまるくした。
「それって、お父さんの同僚だった人だよ。同じ外科の」
「ほんとに?」
「まさか、そんなぐうぜん、あるかな?」
「わかんない。けど、美憂はそう言ってた」
鈴もお父さんの事件の当事者ではない。もしかしたら、真相は単純に冤罪ではなく、もっとこみいった事情があるのだろうか?
「もしもだけど、美憂が鈴のお父さんの事件の関係者なら、美憂は恨む者で、ペアは鈴なんじゃ?」
春奈がたずねても、鈴は黙りこんで考えている。
「萩原さんが事件のあと、どうなったかまでは、わたしも知らないし」
春奈が鈴の反応を待っていると、
「まあ、戸谷さんとはまた話す機会もあるよ。ちょっとずつ、聞いてみよう。それより、早くお風呂入ってしまお。今夜は冒険だからね」
「えっ?」
「日付が変わったら、誰かが粛清しに行くかもしれない。食堂で見張ってよう」
「ええ!」
鈴は何を言いだすのか。
「でも、男子が来ても止められないよ。あっ、そう言えば、小町は?」
鈴は首をふる。
「ダメ。こっちが恨む者だって言って、放火の話とかしてみせても、小町、自分の話しないんだよ。あれって、たぶん、恨まれる者だから、恥ずかしくて言えないんじゃないかな。粛清したあとなら、小町も打ちあけてくれると思う。だから、そういうのもかねて、見張っておくの」
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