第一話 悪食高校特別科

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第一話 悪食高校特別科

 二月に入ってすぐ、悪食(あじき)高校では卒業式があった。  ふつうの高校なら、三年生が自由登校になっても、卒業式じたいは三月以降に行うのだろう。  だが、悪食高校特別科においてはいたしかたない。  なにしろ、このあと特別科にとってがあるのだ。このために入学したと言っても過言ではない。 「特別科だけの進級試験があるんだって。やんなるな」 「試験に受からないと、大学行かしてもらえないんだよな?」 「全額奨学金だからしゃあないけど」  寮に帰ってきた特別科の卒業生が、そんな話をかわしながら、次々と食堂に入る。卒業式のあと、ここへ集まるように言われたのだ。  特別科は奨学生のためのクラスだ。優秀だが金銭的問題のある生徒を日本全国から集め、大学までエスカレーター式で進学させてくれる。  おかげで、桜井春奈も本日、高校を卒業できた。数年前に天涯孤独になって、いったんは進学をあきらめたのだが。 (わたしの足長おじさん。ありがとう。こんなレベル高い学校で学べて、その上、寮生活も全部、無料だなんて信じられないほどラッキーだった。友達もできたし……)  寮だって最新設備のホテルなみだ。天井の高い白大理石のホール。広い食堂。寮生の各室にはトイレとシャワールームも完備されている。部屋はオートロックだ。開錠は暗証番号。  大学は離れた場所にあるので、最後の試験に受かれば、寮も移らなければならない。三年をすごした贅沢なには、少し名残もある。  だが、それ以上に胸がざわめくのは、これから始まる進級試験だ。いったい、どんな内容なのだろう? 結果によっては大学に行けないというし、これからの人生がかかっているのだ。  ほどなく、特別科の全員が集まった。十九人だ。普通科よりちょっと少ない。みんな、自分の進退にドキドキしているのだろう。緊張したおももちだ。  すると、とつぜん、非常ベルが鳴り響いた。ビイビイ、ビイビイと波のような独特のうねりがある。 「な、何コレ?」 「火事か?」 「わあ! 地面、ゆれてね?」  地震——いや、エントランスホールで激しい音がとどろいた。地鳴りに似ている。土砂がくずれてきたか、落雷のような? ゆれはその振動だ。 「玄関くずれた?」 「てかさ。防火シャッターぽくなかった?」  あわてふためき、みんな口々にわめきながら、玄関へ走っていこうとする。だが、同時に壁面のモニタが明るくなった。テレビ番組を流すだけでなく、寮内のパソコンとつなげられるモニタだ。そこに校長の姿が映しだされている。 「諸君。ただいまより、進級試験を始める。そのため、舞台上処理として、寮を封鎖した。試験が終わるまで、君たちは外へ出られない」  寮を封鎖? 外に出られない? いったい何を言っているのだろうか?  しかし、こんなのは序の口だと、このときはまだわかっていなかった。じきに痛感するのだが。 「さて、君たちに我々が投資してきたのは、健康で優秀な人材だからだ。だが、我々も社会奉仕をしているわけではない。君たちは自身が才能ある人材であると証明しなければならないときがきた。本日をもって開始されるこの試験に受かった人間だけが未来を得られる。落第した者は残念だが、我々の経営資金として役立ってもらうしかない。健康なその肉体で先行投資した借金をあがなうのだ。すなわち、試験に失敗した者は、移植用臓器になる」  さっきまでさわいでいた生徒が静まりかえる。あまりの話に頭がついていけない。 「校長先生?」 「な、何を言って……?」  ようやく何人かがつぶやきだしたころ、今度は食堂の床がせりだしてきた。二メートル四方の電話ボックスみたいなものだ。高さは三メートル。床以外のすべての面がガラスでできている。  しかも、そのなかに人間が一人入っていた。クラスメイトの後藤だ。メガネをかけ、クラスで一番、背が小さい男子だ。スポーツは苦手で、たぶん、成績もよくはない。 「このクラスは十九人だ。奇数のため、一人あまる。よって、総合的に他者より劣る彼に、サンプルになってもらう」  さっき卒業式で「おめでとう」と言ったばかりの校長の口から、次々と冷酷な言葉が発される。サンプルだなんて、生徒を物のように言う。  でも、校長にとってはなのだ。特別科の生徒は商品にすぎないと思い知らされた。  とつぜん、ボックスのなかで、後藤が悲鳴をあげて、ガラス壁に激突した。白目をむいている。そのまま、ズルリと壁にもたれて、床にくずれおちる。  その重みのせいか、ボックスの一面がひらいた。よく見ると、公衆電話と同じ仕組みで、半びらきのドアになっている。 「お、おい。後藤?」 「後藤、どうしたんだ?」  何人かがかけよった。  学級長の井伏(いぶせ)が怖々といったようすで、後藤の顔をのぞきこむ。そして、首をふった。 「……死んでる」  つぶやきが静寂をつらぬく。
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