第十一話 処刑人

1/1

20人が本棚に入れています
本棚に追加
/79ページ

第十一話 処刑人

 少し前に消灯時間の放送があった。いつもの就寝を知らせる音楽だ。  でも、今日の春奈たちは、それがめざめのチャイムになる。 「春奈。時間だよ」  毛布にくるまって、床で寝ころんでいた春奈は、鈴に起こされて目をあけた。部屋のなかは明るい。消灯で落とされるのは、廊下や共用スペースの照明だけだ。個室は自分で点灯できる。 「鈴。今、何時?」  中途半端な時間に寝始めて、なかなか寝つけなかった。その上、ふだんなら寝てるはずの夜中に起きだしてきたので、春奈の意識はまだ半分、夢のなかだ。 「十一時十五分だよ。もしかしたら、もう食堂で待ってる人がいるかもしれない」 「そう……だね」  一瞬、もうどうでもいいから、このまま寝ていたいと思ったが、鈴の真剣な顔つきを見て、やっとしっかり目がさめてくる。そうだった。ウソみたいだが、自分の命がかかっているのだ。 「ほかの人たちって、みんな、自分のペアわかってるのかな?」 「わかってるとしたら、ボックスの前に行列できてるかもね」  鈴にうながされ、懐中電灯を手に廊下へ出ていく。スマホもポケットに入れているが、懐中電灯のほうが明るい。各部屋にもともと、そなえつけのものだ。  廊下は暗い。が、真っ暗というわけではなかった。非常灯がついている。  ほかの人たちは寝ているのか、寮内はやけに静かだ。十一時すぎなら、いつもはまだ大勢が起きている時間である。消灯時間だからと言って、高校三年生が小さい子みたいに十二時前になんて寝てられない。  やっぱり、鈴の考えすぎじゃないだろうか。きっと、みんな、今ごろは自分のベッドでゴロゴロしているのだ。  そんなふうに思いつつ、春奈がアクビをかみころしていたときだ。とつぜん、階下で悲鳴が響きわたった。階段にむかっていた春奈たちは、思わずビクリとして立ちどまる。 「鈴。今の、何?」  鈴は黙って首をふる。それはそうだ。鈴だって一介の生徒にすぎない。寮内で起こっている何もかもを知りつくしているわけではないだろう。 「ど、どうしよう?」  春奈はもう部屋に帰りたいのだが、鈴は無言のまま階段をかけおりていく。 「ま、待ってよ」  暗闇がこんなに怖いなんて思わなかった。  もともと、春奈はオバケや怪談だって苦手なほうだ。寮の個部屋にはバストイレもついているから、こんな時間に外廊下に出ない。暗がりに何かがひそんでいそうな気がして足がすくむ。この暗闇だと、グールもほんとにいるかもしれないなんて思えてくるし、鈴と二人でなければ、とても歩いていられない。  それだというのに、さっきの悲鳴は? ころんでヒザを打ちました、なんて感じじゃなかった。 「鈴、待ってよ」  泣きそうになりながら、必死でついていく。一階の床をトンとふむ。  静寂……だが、あきらかにさっきまでとは違う。何者かの息をひそめる気配が空気のふるえを通して伝わってくるようだ。  一階には個室はない。すべて共用場所だ。そのぶん、闇も濃い。さすがに、鈴もつかのま立ちつくした。春奈は鈴のスウェットのすそをつかむ。  どこかから、ジィー、ジィーと機械的な音が聞こえる。エアコンにしては静かだし、時計の音にしては大きすぎる。 「食堂からだね」 「うん」  歩きだそうとする鈴についていく。  だが、そのとき、また悲鳴が聞こえた。しかも、そのあと、バタバタと走りまわる音や、かたいもので何かを連打する音も続いた。なんだか、おかしい。ふつうじゃない。  鈴が走りだす。春奈も追った。だが、その足はすぐにとまる。エントランスホールに変なものがいる。  ホールはファザードのステンドグラスから月光が入りこみ、赤や青の光にあるていど照らされていた。厳かな教会のような景色のなかに、ふわふわと幽霊が舞っている。いや、どちらかと言えば死神だろうか? 黒い布をまとい、大きな鎌をにぎっているのだから。  そんなものが、ホールに五つも六つもフワフワしている。中央にいるのが一番大きい。まわりのは一メートルあるかないかだが、中心にいるのだけ三メートルをゆうに超えていた。 「な、何アレ?」  思わず、春奈がつぶやいたときだ。ブーンという機械音とともに、小さい死神のうち一体が、こっちにむかってきた。途中までフワフワしていたくせに、胸のあたりが赤く光ると、急にスピードが速くなる。 「おまえら、何やってんだ! 逃げろ!」  どこかから男の声が聞こえた。でも、その姿を確認しているヒマはない。 「春奈! 危ない!」  死神は春奈の目前まで来ると、鎌を水平にかまえなおし、そのまま回転した。チェーンソーのように高速でまわるブレードが目の前に迫る。ビラビラの黒い布がクラゲの触手に見えた。それが乱舞する。  怖くて足がガクガクふるえている。もうダメだと思ったとき、よこから手がのびてきた。階段下の物陰にひきずりこまれた。  死神は追ってこない。その場で高速回転を続けたのち、しばらくすると、もとの大きな死神のそばに帰っていった。あそこが定位置らしい。  全身がふるえて歯の根もあわない。カチカチ口のなかで小さな音を立てている。  まわりを見まわすゆとりができたのは、数分もたってからだ。  息がしにくいと思えば、誰かに口をふさがれていたからだった。  見れば、羽田だ。羽田・ルーカス・圭佑。春奈のペアである可能性が、もっとも高い人物。
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加