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第十二話 羽田圭佑
春奈は別の意味で緊張した。羽田と二人きりなんて、疑っているとバレやしないかドキドキだ。
困りはてて黙りこんだものの、羽田は春奈が殺されかけたので恐怖にふるえていると思ってくれたようだった。むしろ、優しい口調で問いかけてきた。
「あんたも粛清?」
春奈はうろたえた。
なんと答えたらいいのだろう?
鈴の意見が聞きたくて、姿を探す。
「鈴は? 鈴はどうなったの?」
階段の下からのぞくと、鈴の足が見えた。さっきの場所に立ったままのようだ。
「春奈? 大丈夫?」
声が聞こえて、春奈は安堵の息をもらした。鈴の声は精神安定剤なみに春奈を落ちつかせてくれる。
「うん。鈴は?」
「なんでかわからないけど、わたしの手前でひきかえしていったよ」
すると、春奈のとなりで羽田が説明する。
「やつら、エリアがあるんだ。そこから外までは追ってこない。たぶん、エントランスホール全体が、やつらの守備範囲」
だからだ。階段の内側にいた春奈のほうが、一歩だけエントランスホールに近かったのだ。鈴はギリギリ範囲の外だったのだろう。
「でも、ここは?」
「階段の下だから、エリア的には階段なんだろ?」
「出られる……よね?」
「ムリ。ここから一歩でも出ようとすると、あいつらがよってくる」
春奈は自分の目の前で回転した死神のようすを思い浮かべた。アレをまともにくらっていたら、今、春奈は生きていない。胴体が真っ二つになっていたところだ。
「あ、ありがとう。助けてくれて」
「そりゃ、目の前で人が死にそうになってんだからさ。ふつう、助けるぅぜ?」
一瞬、迷った感じの語尾だった。ぜにするか、ぞにするか、よにするか。
(羽田くん……悪い人じゃない)
自分のペアかもしれないので警戒していたが、友達でもなんでもないのに、とっさに助けてくれるなんて、いい人だ。
それに、今、気づいた。もしも、羽田のペアが春奈なら、さっき見殺しにしておけばよかったのだ。そのほうが粛清もジャマがなくなりラクにできたはず。つまり、羽田は春奈をペアだとは思っていない?
「それにしても、あの死神みたいなの、何?」
「知らないぃぜ。おれだって、ビックリしたんだからさ」
やっぱり語尾で迷ってる。
「もしかして、羽田くんって、関西圏だよね?」
「ああ、わかってしもたか」
「だって、なんかさっきから、語尾が変だったもん」
「あんたら、粛清か? なんで来たんや」
「う、うん……」
二人の話し声が聞こえたらしく、かわりに鈴が答える。
「粛清する人がいるんじゃないかって、観察に来たの。小町が井伏くんともめてたし。そういう羽田くんは?」
羽田は少しのあいだ、ちゅうちょする。
「大声では言いにくいんやけど、でも、ちょうどいい。あんたらに聞きたいんや」
「ちょっと待って」
鈴の足元が視界から消える。トントンと階段をあがる音が響いた。
「やっぱり、ここだと、やつら、襲ってこない」
頭上から鈴のささやき声が聞こえる。階段の上と下。さっきよりは距離が近い。小声で話せる。ホールから反対側のすみによれば、手すりのあいだからのぞく鈴の顔が見えた。
「わたしたちに何が聞きたいの?」
たずねるのは鈴だ。春奈はおとなしく聞き役にまわる。暗くて表情までは見えないものの、答える羽田の声音は真剣そのものだ。
「あんたら、小柴と仲ええやろ」
「悪くはないんじゃない。友達だよね」
「昼間も話しとった」
「うん。だから?」
羽田が口をひらくたび、暗がりのなかに、白い歯がほのかに浮きたつ。
「小柴ってさ。ブログやっとる? スウィーツ王女ってハンドルネームで」
たしかに萌乃とはあるていどの話をする。とくに、どこの店のお菓子が美味しいとか、期間限定スウィーツが置かれてるとか、そういう話だ。
「あの子、食べるのは大好きだけど、お店行っても、お菓子の写真なんて撮ってなかったよね? 鈴」
「どっちかっていうと見ためより味重視だもんね」
羽田は考えこんだ。
「じゃあ……違うんか? いや、でも、みんなには隠してるのかも。一人で食べ歩きとかしてないんか?」
ブツブツ言ってる羽田に、今度は鈴が問いかけた。
「スウィーツ王女って、聞いたことある。たしか、お菓子の批評するんだよね。フォロワー数もすごく多いインフルエンサー。もしかして、羽田くん、萌乃がその人だと思ってるの?」
「まあ……」
「ペアの相手、探してるんだよね?」
「まあ、そう」
この発言で確信が持てた。羽田の探してるのは、春奈じゃない。
「ど、どうして? その人を恨んでるの?」
思わず、深くたずねる。
「おれ、子どものころに親父が国に帰ったきり、行方不明なんや。お袋は働くために、おれをじいちゃん、ばあちゃんちに預けた。せやし、育ててくれたん、じいちゃん、ばあちゃんやねん。餅寿屋っちゅう老舗の菓子屋やっててんか」
餅寿屋なら、春奈も知っている。創業三百年だかなんだかで、有名なのは大福だが、練り切りも美味しいと評判だった。だが、数年前につぶれたはずだ。経営していた老夫婦が亡くなったからと聞いた。
「わたし、京都出身だから知ってるけど、そのお店、つぶれたよね?」
遠慮がちに聞くと、羽田の顔がクシャクシャになる。
「スウィーツ王女のせいや。店に来たとき、なんか気に入らんかったらしくて、嘘っぱち書きならべて。あいつが店の悪口書いたせいで客足がとだえて、経営不振になったんや。がんばりすぎて、じいちゃんは死んだ。ばあちゃん、ショックだったんやろな。いっきに認知進んで、今もう、おれのこともわからん」
では、羽田は恨む者だ。春奈の探すペアではなかった。
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