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第十四話 ナイトメアモード
「なんで? 非常階段のドアは鍵かかってるよね?」
「学校側は全部の鍵を遠隔操作で外せるんじゃない。それより、逃げないと」
そう言うと、鈴は逃げ場を探して、あたりを見まわす。しかし、部屋の前には黒いクラゲみたいな死神がフワフワしている。
ふりかえると、後方ではルーカスが必死に階段をおりかえし、三階へむかっていくところだった。五体の小さな死神がそのあとを追いかけている。あのスピードなら、春奈の足ではとっくに追いつかれている。
しかし、五体のうち二体が春奈たちに気づいた。赤い一つ目をピカピカさせながら、こっちに飛んでくる。
「鈴! 来るよ!」
春奈が大声を出したせいで、部屋の前の死神がこっちに気づいた。回転しながら飛んでくる。
もうダメだ。はさみうちにされた。ここで二人とも切り刻まれて死ぬのだ。
そう思って、春奈が泣きかけてると、近くのドアの内で悲鳴があがった。
「萌乃の部屋だ」
鈴は叫びながら、そのドアにとびつく。なんと、鈴はその部屋の暗証番号を知っていた。いくつかの数字を鈴の細い指がたたくと、カチリと鍵の外れる音がする。
「春奈、急いで!」
あわてて、鈴のあとを追う。室内には愛音がいた。愛音たちも今夜はいっしょに寝ていたようだ。
しかし、萌乃はベッドの上で白目をむいている。生きてはいないと、ひとめでわかる。
「萌乃!」
愕然とする春奈の手をひっぱり、鈴はドアをしめようとする。が、そのときにはすでに背後へと死神が迫っていた。部屋のなかまで入ってくる。
愛音がかんだかい悲鳴をあげた。
「イヤー! なにこれ!」
「毛布! 椅子でもなんでもいいから、防御して!」
鈴に言われて、春奈は萌乃の趣味にはふさわしからぬ白い乙女チックな鏡台の椅子をつかみとった。高速回転する死神の盾にする。するどい鎌が硬質な音を立てる。木製の椅子の脚がバターみたいにスパリと切断された。
さっきから、やかましいほど叫びまくっているのは、たぶん愛音だろう。もしかしたら、春奈自身も叫んでいるのかも。ただもう無我夢中で、それさえ意識できない。
鈴はドライヤーで応戦している。風力を最大にしているらしく、布がなびいて、ドローン本体にまきつき、回転がゆるやかになった。
しかし、さらに遅れて、廊下から二体の死神がやってきた。ブーンと機械の音がする。鈴の言っていたとおり、布の下はドローンのようだ。
(もうダメだ。一体でもこんなに凶暴なのに、三体も……わたしたち、みんな、殺される)
泣きながら、ほとんど脚のなくなった椅子をふるえる手でにぎりしめる。
目の前まで鋭利な刃が迫る。
お父さん、お母さん。紗英。わたしも、そっちに行くよ——
ところが、ギュッと目をとじたまま、数秒……いや、数十秒すぎても何も起こらない。高速回転のときにだけ激しくなる、キュルキュルという機械音がとつぜんやんだ。
薄目をあけると、死神どもがそろって部屋から出ていくところだった。
春奈はヘナヘナと腰がぬけてしまった。
「な、なんで?」
「ナイトメアモードが終わったんだよ。五分って言ってたから。定位置に戻るんでしょ」
「そっか……」
五分とは思えないほど長かった。一晩中、あいつらと戦っていたような気がする。じっさいにはたった五分。この部屋に入ってからは正味二分ほどだったかもしれない。
「そういえば、萌乃は?」
鈴が気づいて、ベッドに近づいていく。のぞきこんだり、首筋に手をあてたりしたあと、鈴は頭をふった。
「……死んでる」
わあっと声をあげて泣きだしたのは愛音だ。二人は仲がよかったから、当然だろう。それにしても、なぜ、萌乃が死んだのだろう。
「萌乃はいつ、こうなったの?」
たずねるが、愛音は答えられる感じではない。
これにも鈴が答えてくれた。
「たぶんだけど、粛清されちゃったんだよ」
「粛清? だって、そんなの……」
「言ったよね。恨む者、恨まれる者。本人たち同士に起きたことなら、相手には察しがつくって」
「そっか……」
けっきょく、萌乃が恨む者だったのか、恨まれる者だったのかさえわからない。寝ているところをとつぜん、電極のスイッチを入れられたのか、寝てるみたいに安らかな死顔だ。
「萌乃! 萌乃ォー!」
愛音は萌乃の遺体にとりすがって泣きわめくばかりだ。春奈も涙ぐんでしまった。萌乃はいつもお菓子を食べてる印象しかなかったが、誰かを悪く言ったことは一度もない。いい子だった。友達があっさりと十代で死んでしまうなんて、信じられない。
「そういえば、羽田くんは萌乃を疑ってたみたいだけど」
鈴は首をふった。
「羽田くんはムリだと思う。エントランスホールをよこぎって食堂まで行くには、死神軍団のどまんなかをつっきらないといけない」
「そうだね」
どんなに足が速くても、ホールは二十メートル以上ある。中央に位置した死神を全部はかわせないだろう。
「羽田くんが言ってたよね。自分より前に食堂に来てた人がいるみたいだって。たぶん、その人が萌乃をやったんだよ」
萌乃が粛清された。
井伏や板橋は自業自得。自滅しただけだ。
だが、ついにゲームの犠牲者一号が出てしまった。
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