29人が本棚に入れています
本棚に追加
第十五話 衝撃の朝
朝になった。
春奈は鈴の部屋で目をさました。毛布を敷いた床に鈴と春奈。ベッドには愛音が寝ている。いや、愛音は目をあけていた。夜中からずっと泣いていたようだ。一人にしておけないから、つれてきたのだが。
「もうすぐ八時だよ。朝礼だって」
たぶん、昨夜の粛清について連絡があるのではないだろうか。粛清が成功すると、ナイトメアモードに突入したり、朝礼があったり、特別な措置をとられるようだ。
萌乃を殺したのが誰なのかはわからないが、ほとんど害のない子だった。なぜ、粛清したのか。せめて、萌乃が恨む者だったのか、恨まれる者だったのかだけでも明らかにしてほしい。
泣きじゃくる愛音を春奈と鈴で両側から手をひいて、食堂までつれていった。いや、じっさいには、エレベーターをおりたところで、三人の足はかたまった。
たっぷり五分やそこらは立ちつくしていた。そのあいだに上昇し、ふたたび人をのせてエレベーターが戻ってきた。ドア前でかたまる春奈たちの背後から出てきた人物が、かるくぶつかる。
「悪い。人がいると思わなくて」
学年一の美少年、蘇芳涼夜だ。春奈が硬直したま見あげると、蘇芳も異変に気づいたようだ。顔をあげ、みるみる表情がこわばっていく。
泣きじゃくっていた愛音は、かえってビックリしたふうで泣きやむ。
「な、何、これ?」
「嘘……でしょ?」
誰もが自分の目を疑う。
エントランスホールのまんなかに、異様な光景がある。ここで決して見るとは思っていなかったものだ。まるで、ゴルゴダの丘。キリストが磔刑にされたさまの再現だ。
昨夜、一つ大きい死神がいたあたりに鉄製の十字架が置かれている。その十字架には宇都宮がはりつけにされていた。両腕の手首が太いボルトでつらぬかれ、十字架の横木部分に固定されている。血がダラダラ流れて床まで赤く染める。
春奈はその場に棒立ちになった。愛音は虚脱しているし、鈴の手もふるえている。
走っていったのは、蘇芳だ。十字架のまわりには、ほかにも摩耶たちのグループがそろっているが、みんな呆然と立ちつくしている。それを押しのけて、蘇芳は宇都宮をのぞきこんだ。
「息がある! まだ生きてる」
むしろ、そのほうが春奈には恐ろしかった。いったい、いつから、はりつけにされていたのかわからないものの、その痛みに何時間も耐えるほうが、死ぬよりツライ気がした。
春奈たちのあとからやってきた生徒も、みんな、そのようすを見てギョッとする。
「春奈。これ、なんなの? ど、どうしたの?」
十字架から目をそむけつつ、背中にすがりついてきたのは美憂だ。
「わからない。なんでなのか」
話していると、そのうち、ロボットがやってきた。宇都宮の腕からボルトをひきぬく。血がふきだしてきた。宇都宮はもともと意識がもうろうとしていたようだが、ギャッと短く悲鳴をもらした。そのまま、ストレッチャーに載せられていく。
「待てよ。宇都宮をどうするんだ? まだ生きてるぞ」
蘇芳が言うと、機械音声のアナウンスが入る。
「宇都宮くんは昨夜のナイトメアモード中に捕獲されたため、ペナルティを受けました」
「はりつけがペナルティか?」
「処刑人に捕まれば、はりつけにされます」
処刑人——死神以外にも、そんなものがいるのだ。春奈たちはその姿を見なかったが、これではウカウカ廊下を歩いていられない。
「でも、あの状態じゃ、宇都宮はゲームなんてムリだろ?」
「宇都宮くんはゲームをリタイヤするか、自分の鍵を誰かに託すか選択できます」
「リタイヤすると、どうなるんだ?」
「ゲームの資格を放棄するわけですから、負け判定となり、移植臓器にされます」
「……」
でも、あの状態ではもう戦えない。
春奈は絵画が好きなので、たまに美術館に行く。キリストの磔刑についての解説も読んだ。釘を刺す部分が手のひらでは自分の重みを支えきれず、十字架から落ちてしまうらしい。なので、正しくは手首と足首。しかし、どちらも急所ではないから、案外、死にはしない。
宇都宮の場合、足は地面についていた。ボルトを刺されていたのは手首だけだ。それでも、かなりの血を流していたし、傷がふさがるのに時間がかかる。痛みどめをもらったとしても、起きていられる状態ではないはずだ。骨がくだかれているかもしれないし、神経を傷つけていれば、リハビリなしでは手を動かせない。
となると、鍵を託すしかないわけだ。成績のいい宇都宮は学級長の井伏と仲がよかった。ほかは寺門。今なら、寺門しか頼める人はいない。
(わたしなら、鈴か。鈴以外には怖くて頼めないな)
鍵一本に自分の命がかかっているのだ。よほど信頼していないと託せない。
処刑人に出会わないよう、今後は夜の出歩きをひかえようと思う。
「朝礼が始まります。みなさん、食堂に集まってください」
アナウンスにうながされ、みんなはゾロゾロと食堂に入っていく。
「どうしたの? 鈴」
「あ、うん……」
鈴は気がかりそうに鉄の十字架を見ながら考えこんでいる。
「処刑人、怖いよね」
だが、春奈の問いかけにも答えなかった。どうやら、別の懸念があるようだ。
最初のコメントを投稿しよう!