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第二話 鍵と錠前
とつぜん、クラスメイトが死んだ。それも、みんなが見ている目の前で。
女の子たちは何人もヘナヘナとすわりこんだ。かくいう春奈も腰がぬけた。制服のスカートのすそが乱れるのにも気づかない。
いや、ほとんどの男子もひざがガクガクふるえている。
「う、う、嘘……だよね?」
クラスのなかでも気の強さで知られる女子の和島苗花が、こわばった顔で問いかける。スポーツ万能女子も本心は恐怖にくじけそうなのだと、その声のふるえが告げていた。
「こんなの嘘なんでしょ? ドッキリ? そうだよ。ドッキリなんだ。あたしらを死ぬほどビックリさせといて、じつは生きてましたっていうんでしょ? 井伏、あんたも仕掛け人側ね?」
井伏は首をふった。それ以外できないというように、何度も。
すると、今度は寺門暁が靴さきで後藤の脇腹をかるくつついた。後藤は不自然にゆれる。力なく、されるがままの感じはお芝居に見えない。
無言で立ちつくしていると、白いロボットが二体やってきた。後藤をストレッチャーに載せて運んでいく。
「君たちも失敗すると、彼のようになる」
モニタの校長の声で我に返る。
「さあ、ここからは本格的なゲームだ。くわしくはレフリーに聞くといい。君たちの健闘を期待する」
直後にモニタは暗くなった。通信が切られてしまったのだ。しばらくすると、ふたたび明るくなり、寮内の各所を十二分割で映しだした。防犯カメラの映像らしい。
「待ってください! 校長先生! なんですか? コレ。こんなの嘘ですよね?」
泣きながら抗議するのは、宇都宮だ。顔立ちは平凡だが、成績はつねに学年トップクラスだ。卒業式でも答辞を述べた。
校長がモニタに戻ることはなかった。かわりに、食堂に一人の男が入ってくる。白衣を全身にまとい、頭部はフルヘルメットで隠していた。顔がまったく見えない。彼はパンパンと手をたたき、みんなの注目を集めると、事務的に口をひらいた。
「では、ルールを説明しよう。まずは君たち全員に一つずつくばる」
そう言って、レフリーは鍵を手渡してきた。春奈の手の上にも、冷たい感触がふれる。寮の部屋は暗証番号なので鍵はないが、ギザギザした銀色の鉄のかたまり。よくあるタイプのディンプルキーだ。
「これから君たちにやってもらうのは、運命のペアゲームだ」
ボイスチェンジャーの機械音声だ。これでは男か女かもわからない。身長があるので、春奈は最初、男かと思ったものの、細身だし、もしかしたら女かもしれない。
「運命のペアゲーム?」
「君たちにはそれぞれ、運命の相手がペアリングされている。そして、君たちが持っているのは、相手の息の根をとめる鍵だ」
ギョッとして、春奈は思わず、鍵をとりおとした。大理石の床で冷たい音を立てる。レフリーの視線がこっちをむいた。
「その鍵は相手に奪われないよう用心するといい。それがなければ、君たちは勝ちあがれない。ゲーム終了後、勝利条件を満たしていない者は全員、移植用臓器になる。要するに、君たちの脳には極小の電極が埋めこまれている。スイッチを入れるのが、その鍵だ」
春奈は思いだした。悪食高校に入学する前、身体検査だと言われて、人間ドッグに入った。そのとき、なぜか睡眠時の脳波を調べると言われて、全身麻酔をかけられたのだ。あのときに違いない。どういう方法で埋めたのか、くわしくはわからないものの、機会はあった。それに、人間ドッグのあと、二、三日、頭痛がした。前もって痛みどめを渡されていたのも今になってみれば怪しい。それが必要になる何事かをほどこされたからだ。
まわりを見ると、みんなの表情もこわばり、青ざめている。全員、身におぼえがあるのだ。
恐怖で全身がふるえた。体の芯の奥深くから小刻みに振動する。涙があふれてきた。
なんで、自分がこんなめに。移植用臓器? それって、電気ショックで脳死させられたあと、体じゅうをバラバラにされて売りとばされるの?
わたし、なんにも悪いことしてないよ? 家族が死んでしまって、お父さんもお母さんも……でも、それはわたしのせいじゃない。
ぼうぜんとする春奈たちの前で、レフリーだけが沈着に続ける。
「君たちの苦しみはわかるとも。だが、絶望するのはまだ早い。これはゲームの体裁をとった試験だ。生きのびる道はある」
急にピタリと泣き声がやんだ。全員の目がレフリーに集中する。
「生きのびる道がある?」
たずねたのは、また和島だ。彼女はほんとに気が強い。春奈は声も出せないというのに。
陸上部で活躍していた和島は日に焼けた肌とスレンダーな体つきが、カモシカのように溌剌として見える。気の弱い春奈には、なんだか羨ましい。
「君たちは優秀だ。だから、チャンスをあたえよう。ゲームに勝ち残った者はこれまでどおり全額免除で、わが校の大学へ進学させる。輝かしい未来が待っている。そのためには、このゲームに勝たなければならない。ルールは単純だ。相手よりさきに、自分のペアを見つけ、相手の名が刻まれた錠前にその鍵をさしこむ」
「錠前って?」
受けこたえしているのは和島だけだが、そこにいる全員が二人のやりとりに聞きいっていた。
レフリーは後藤が死んだボックスのガラス壁をかるくコツコツとたたいた。
「これがキーボックスだ。よく見なさい。四方上部に錠前がついている」
何人かがボックスに歩みよる。
「ほんとだ」
「錠前っていうより、変な装置」
「まんなかの穴が鍵穴じゃね?」
それで全員がよっていったので、春奈もあわてて、とりおとした鍵をひろい、そこまで行ってみた。自分では走っているつもりだが、ひざが笑って思うように動けない。
ボックスのなかをのぞくと、ちょうど目の高さに、グルッと一周、五センチ角の四角いでっぱりがあった。たしかに鍵穴がある。ズラリと帯状にならび、その一つずつに名札がついていた。
「あ、あたしの名前だ」と、春奈のよこでつぶやいたのは、小町絵梨花だ。モデル活動もしている美少女で、男子に人気が高い。
「あれにこの鍵入れればいいの?」とは言うが、心配そうにまわりを見まわし、じっさいにやってみようとはしない。
すると、板橋という男子が、いきなりボックスにかけこんだ。誰のものか名札は見えなかったが、キーを鍵穴にさしこむ。
その瞬間、板橋の体がはねた。後藤と同じだ。白目をむき、一瞬で命を落とす。
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