第二十話 紫藤大夢

1/1
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/79ページ

第二十話 紫藤大夢

 粛清ボックスにかけこむと、紫藤は誰かの錠前に鍵をつっこんだ。思いっきりまわす。  とつぜんだった。周囲からは、なんの脈絡もなく、とつぜん、紫藤が狂ったようにしか見えない。悲鳴がとびかう。  だが、きっと本人には確信があったのだろう。思えば、娯楽室で自分の封筒のなかを見た紫藤のようすはおかしかった。あのとき、ペアが誰なのか察しをつけたのだ。近づいていく鈴を見て、急に走りだした。つまり、紫藤は鈴がそうだと思ったのかもしれない。  そこまで考えるのにほんの数秒しかかからなかった。春奈は鈴が粛清されたのではないかと思い、叫んだ。鈴は紫藤につきとばされたまま床に倒れ、起きあがらない。 「鈴!」  必死にかけよる。鈴がいなくなったら、春奈は泣くことしかできない。とてもゲームなんてやってられない。  いや、もしも奇跡的にゲームに勝ったとしても、その後の人生に鈴が存在しないなんてイヤだ。鈴は大切な友達だ。悩みごとを相談できるのも、いっしょに勉強したり、遊んだり、お菓子を食べて笑ったりするのも、みんな、みんな、鈴なのだ。 「鈴!」  かけよるが、そのときには、鈴は自力で立ちあがっていた。 「わたしは、大丈夫」  安堵のあまり、腰がぬける。春奈はペタリとすわりこんだ。 「よかった。心配したよ、もう」  では、紫藤が鍵を入れたのは、鈴の錠前ではなかったのか?  ボックスをふりかえると、紫藤は倒れていた。舌を出し、白目をむいている。 「大夢!」  かけよっていったのは、海原だ。摩耶の彼氏のイケメン。ただ、ちょっとで、ヤンキーっぽい。春奈の苦手なタイプ。 「大夢!」  ボックスドアをあけると、紫藤をひきずりだす。が、ゴロンとのようにころがりでる感じから、もう死んでいるのは誰の目にも明らかだ。 「なんでだ。大夢……」  海原はつぶやくが、原因はわかっている。粛清に失敗したのだ。 「おまえのせいか?」  海原が鈴をにらむ。春奈はいっしょにいる自分もにらまれた気がして首をすくめる。が、鈴は負けていない。静かな声で答える。 「紫藤くんはわたしをペアだと思ったのかもしれない。でも、わたしじゃなかった。さっき、娯楽室で、紫藤くんはを羽田くんととりあいになって、そのとき、じゃあ、同時になかを見せあおうとしたらしいんだけど」  鈴が説明すると、海原もそのあいだは黙った。 「——というわけ。だから、そのカードに紫藤くんがペアを推測できるヒントが書かれてたんだと思う。そのカードを見せてもらえるかな?」  海原は摩耶を見た。摩耶が首をふる。ただし、それは見せたくないという意味ではなかった。 「紫藤、わたしたちにもそのカード、見せなかったんだ。さっきからようすがおかしくて、カードがどうこう言うから、見せてって頼んだんだけど」 「本人がまだ持ってるかも?」  海原が探してみたが、紫藤のポケットには入っていなかった。もう処分してしまったあとのようだ。  そうこうするうちに、ロボットがやってきて、紫藤の遺体を運びだす。  友達の最期の姿を見送った海原は、またカッとなって、こっちにむかってくる。 「綾川。なんで、紫藤はおまえを疑ったんだ? おかしいだろ?」 「それはわたしに聞かれてもわからないよ。カードを見ないと」 「あ、あの」と、会話に割りこんできたのは、弓本かなかだ。摩耶のグループの一人なのだが、妙に態度がオドオドしている。そういえば、春奈も摩耶とは話すが、かなかとはほとんど会話したことがなかった。ポニーテールという外見の特徴しかわからない。 「綾川さんがこっちに歩いてきたからだと思う。紫藤くん、さっきから、そっちのグループ、気にしてたから。そっちの誰かをペアだと疑ってたんだと……」  そう言えば、「おまえだな?」とかなんとか口走っていた。  最悪のタイミングで、ぐうぜんが重なったのだ。それほど、紫藤が冷静さを欠いていたとも言えるのだが。 「わたしはこのカードのことで、そっちの意見が聞きたかっただけ」  鈴は正義感のカードを出し、近づいてくる海原につきつける。 「これ、井伏くんのカードだと思う。だから、心当たりがあるなら教えてほしかったの。それだけ」  海原はパンとカードを手ではらった。友達を亡くして怒り狂っている。暴力に訴える気だ。  鈴は頭がいい。でも女の子だ。力では大柄な海原に対して、なんの対抗力も持っていない。春奈がふるえていると、ルーカスと蘇芳が走ってきた。しょうがなさそうな顔で紀野も。  三人があいだに入ると、海原は唇をゆがめて去っていった。食堂から出ていく。摩耶が立ちあがり、あとを追う。  春奈はホッとして力がぬけてしまう。どうなるかと思った。 「鈴。怖かった」 「ごめんね。タイミング悪かったね」 「でも、それは鈴のせいじゃないよ」  男子が助けてくれたのも嬉しかった。一瞬、恐ろしいデスゲームの最中だと忘れてしまうほどに。彼らのことを知りたい。ルーカスや蘇芳、紀野。愛音や美憂のことも。  もっと早く、彼らと仲よくなれていれば、今、ここで泣いてはいなかったかもしれない……。
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!