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第二十話 紫藤大夢
粛清ボックスにかけこむと、紫藤は誰かの錠前に鍵をつっこんだ。思いっきりまわす。
とつぜんだった。周囲からは、なんの脈絡もなく、とつぜん、紫藤が狂ったようにしか見えない。悲鳴がとびかう。
だが、きっと本人には確信があったのだろう。思えば、娯楽室で自分の封筒のなかを見た紫藤のようすはおかしかった。あのとき、ペアが誰なのか察しをつけたのだ。近づいていく鈴を見て、急に走りだした。つまり、紫藤は鈴がそうだと思ったのかもしれない。
そこまで考えるのにほんの数秒しかかからなかった。春奈は鈴が粛清されたのではないかと思い、叫んだ。鈴は紫藤につきとばされたまま床に倒れ、起きあがらない。
「鈴!」
必死にかけよる。鈴がいなくなったら、春奈は泣くことしかできない。とてもゲームなんてやってられない。
いや、もしも奇跡的にゲームに勝ったとしても、その後の人生に鈴が存在しないなんてイヤだ。鈴は大切な友達だ。悩みごとを相談できるのも、いっしょに勉強したり、遊んだり、お菓子を食べて笑ったりするのも、みんな、みんな、鈴なのだ。
「鈴!」
かけよるが、そのときには、鈴は自力で立ちあがっていた。
「わたしは、大丈夫」
安堵のあまり、腰がぬける。春奈はペタリとすわりこんだ。
「よかった。心配したよ、もう」
では、紫藤が鍵を入れたのは、鈴の錠前ではなかったのか?
ボックスをふりかえると、紫藤は倒れていた。舌を出し、白目をむいている。
「大夢!」
かけよっていったのは、海原だ。摩耶の彼氏のイケメン。ただ、ちょっとこわもてで、ヤンキーっぽい。春奈の苦手なタイプ。
「大夢!」
ボックスドアをあけると、紫藤をひきずりだす。が、ゴロンと物のようにころがりでる感じから、もう死んでいるのは誰の目にも明らかだ。
「なんでだ。大夢……」
海原はつぶやくが、原因はわかっている。粛清に失敗したのだ。
「おまえのせいか?」
海原が鈴をにらむ。春奈はいっしょにいる自分もにらまれた気がして首をすくめる。が、鈴は負けていない。静かな声で答える。
「紫藤くんはわたしをペアだと思ったのかもしれない。でも、わたしじゃなかった。さっき、娯楽室で、紫藤くんはトレジャーカードを羽田くんととりあいになって、そのとき、じゃあ、同時になかを見せあおうとしたらしいんだけど」
鈴が説明すると、海原もそのあいだは黙った。
「——というわけ。だから、そのカードに紫藤くんがペアを推測できるヒントが書かれてたんだと思う。そのカードを見せてもらえるかな?」
海原は摩耶を見た。摩耶が首をふる。ただし、それは見せたくないという意味ではなかった。
「紫藤、わたしたちにもそのカード、見せなかったんだ。さっきからようすがおかしくて、カードがどうこう言うから、見せてって頼んだんだけど」
「本人がまだ持ってるかも?」
海原が探してみたが、紫藤のポケットには入っていなかった。もう処分してしまったあとのようだ。
そうこうするうちに、ロボットがやってきて、紫藤の遺体を運びだす。
友達の最期の姿を見送った海原は、またカッとなって、こっちにむかってくる。
「綾川。なんで、紫藤はおまえを疑ったんだ? おかしいだろ?」
「それはわたしに聞かれてもわからないよ。カードを見ないと」
「あ、あの」と、会話に割りこんできたのは、弓本かなかだ。摩耶のグループの一人なのだが、妙に態度がオドオドしている。そういえば、春奈も摩耶とは話すが、かなかとはほとんど会話したことがなかった。ポニーテールという外見の特徴しかわからない。
「綾川さんがこっちに歩いてきたからだと思う。紫藤くん、さっきから、そっちのグループ、気にしてたから。そっちの誰かをペアだと疑ってたんだと……」
そう言えば、「おまえだな?」とかなんとか口走っていた。
最悪のタイミングで、ぐうぜんが重なったのだ。それほど、紫藤が冷静さを欠いていたとも言えるのだが。
「わたしはこのカードのことで、そっちの意見が聞きたかっただけ」
鈴は正義感のカードを出し、近づいてくる海原につきつける。
「これ、井伏くんのカードだと思う。だから、心当たりがあるなら教えてほしかったの。それだけ」
海原はパンとカードを手ではらった。友達を亡くして怒り狂っている。暴力に訴える気だ。
鈴は頭がいい。でも女の子だ。力では大柄な海原に対して、なんの対抗力も持っていない。春奈がふるえていると、ルーカスと蘇芳が走ってきた。しょうがなさそうな顔で紀野も。
三人があいだに入ると、海原は唇をゆがめて去っていった。食堂から出ていく。摩耶が立ちあがり、あとを追う。
春奈はホッとして力がぬけてしまう。どうなるかと思った。
「鈴。怖かった」
「ごめんね。タイミング悪かったね」
「でも、それは鈴のせいじゃないよ」
男子が助けてくれたのも嬉しかった。一瞬、恐ろしいデスゲームの最中だと忘れてしまうほどに。彼らのことを知りたい。ルーカスや蘇芳、紀野。愛音や美憂のことも。
もっと早く、彼らと仲よくなれていれば、今、ここで泣いてはいなかったかもしれない……。
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