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第二十一話 寺門暁
カードの意味を考えるのはいったんお預けになった。ロボットたちが昼食を運んできたので、食事にしようと男子三人が言いだしたからだ。
当然、食欲なんてない。でも、一人じゃないとわかった。春奈には今ここにいるみんなが仲間だと思える。鈴だっている。
「オムライス? いやいや、せめて、ラーメン炒飯セットくらいにしてほしいわ。ギョーザつきでな。朝、パンケーキやで?」
「男子飯じゃないな」
「せめて、夜は肉がいいよな」
ルーカスには場をなごませる空気がある。無口に思えた蘇芳や紀野がふつうに話しだす。おかげで愛音も元気が出たようだ。
「オムライス、半熟かなぁ? あたし、デミグラスソースよりケチャップが好きなんだよね」
「ええ? わたしはデミグラスに生クリーム」と、鈴。
「わたしはマヨケチャかな」
春奈も言いながら、なにげなくまわりを見た。摩耶たちはまだ帰ってこない。かなかが一人で食べている。ため息をついて、暗い顔つきだ。
苗花は寺門と話している。だが、寺門のようすがおかしい。スプーンを何度もとりおとしている。朝は寺門が苗花を励ましていたのに、今では逆だ。
そのとき、小町がやってきた。さすがに二食めはぬけなかったらしい。人目をさけるようにコソコソと厨房へ入っていった。それを見て、苗花が歩みよっていく。苗花にしてみれば、友達だ。過去に何があったとしても、理由くらいは知りたいのだろう。
それより、かなかは一人でさみしくないのだろうか? そのうち、摩耶が帰ってくるかもしれないが、きっと心細いに違いない。気になって見ていると、急に、寺門が立ちあがった。スポーツ推薦で入ってきて、宇都宮や井伏と仲がよかった。友達が二人とも死亡またはリタイアして、そうとう落ちこんでいる。以前はクラスのムードメーカーだったのに、このゲームが始まってから、つねに表情が暗い。
二人もこっちに誘おうかと、春奈が考えていたときだ。急に寺門が叫んだ。
「もうイヤだ。こんなのたくさんだ!」
ホールへ走っていく。
「あいつ、何する気だ?」
「ちょっとヤバそうだったよな?」
「ほっとけよ」
紀野はそう言うが、ほっとけない気がした。かなり切羽詰つまった顔つきだった。目つきもふつうではなかった。
しかし、誰も立ちあがろうとはしない。みんな疲弊しているのは同じなのだ。
たぶん、寺門は自分の部屋にこもるつもりだ。そうに違いない。
春奈もそう考えた。
が、そのすぐあと、あの音が響いた。警告のときに鳴らされるサイレン。
「警告します。ただちに寮内に戻ってください。今すぐ戻ってください。警告に従わないときは、ゲーム放棄と見なします」
警告のアナウンスが響く。
「いったい、なんだろ?」
「敷地に戻れって言ってるよ?」
愛音と鈴が立ちあがり、食堂を出ていく。春奈は追った。ほかのメンバーもゾロゾロついてくる。
エントランスホールに出て、春奈はギョッとした。ファザードのステンドグラスに人が張りついてる。高さで言えば十メートル近い位置だ。
「じ、寺門くん……」
春奈が指さすと、まわりのみんなもあわてふためく。
「寺門! 何やってんだ。おりろよ」
「危ないって」
蘇芳とルーカスが走っていく。が、どうしようもない。ファザードは天井まで届く高さのステンドグラスだ。ところどころ、ガラスをはめこむフレームはあるが、場所によっては一メートルもあいだがあいている。そこを足場にして上までのぼるのは、そうとう運動能力がすぐれていないとムリだ。寺門はスポーツ万能だし、手足も長い。なみの人ではできないこともできてしまう。
「寺門! おりろ!」
「寺門くん! 危ないよ」
下から呼びかける春奈たちには、まったく気づいていない。いや、答える気がないだけかもしれない。
寺門はどうやら、ステンドグラスの上部にある薔薇窓へ移動している。そこにあるフレームから、近くの横長の小窓へ移動できるのだ。
「まさか、あいつ、逃げる気か?」と言ったのは蘇芳だ。
鈴が答える。
「そうみたい」
こんなときなのに、息のあう二人を見ると、胸がチクンとする。鈴とは好きな人がいるかなんていう恋話はしたことがない。もしかして、蘇芳を好きなのかもと思うと、ますます気持ちが沈んだ。
春奈が二人のようすをうかがっているうちに、寺門は小窓までたどりついた。体をよこにして窓枠に乗り、器用に出ていく。
「でも、逃げたからって、電極が埋まってるんだよね? どうしようもなくない?」
愛音が首をかしげながら問いかけてくる。
答えたのは鈴だ。
「電極のスイッチ入れるのは、電波だと思う。だから、もしかしたら電波が届かないとこまで逃げきれば、死なずにすむかも。板橋くんが毒殺だったのは、あのとき、電波を送れなかったからだよ」
「ズルイな。おれ、あんなマネできへんで」
ルーカスが頭をかく。
たしかに、そうだ。寺門が春奈のペアでないなら、別にかまわない。でも、もしも彼がペアだとしたら……家族を殺したあの犯人の息子がこんな方法で逃げだすなんてゆるせない。
みんなが見ている前で、寺門は外の壁をおりていく。スルスルと上手にすべりおりると、トンと地面にとびおりる。
このまま、寺門は逃げきるのだと、そこにいる全員が思ったに違いない。春奈はあきらめのような気持ちで見ていた。
寮の前庭を走っていく寺門の姿が、だんだん遠くなる。だが、表門の鉄柵にその手がかかった瞬間だ。寺門の体が大きくとびはねた。地に伏せ、それきり動かない。
「……何が起こったんや?」
「死んだ……?」
数分もすると、ロボットが回収に行く。
おそらく、感電死だ。寮のまわりの柵には高圧電流が流されているらしい。
寮からは逃げられない。
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