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第二十三話 奴隷と女王
春奈たちはたがいの顔を見あわせる。そして、嘘をついていないか、かなかを見なおした。
『奴隷は女王を憎む』
だとしたら、かなかのペアは女だ。かなかが女王である可能性はきわめて低い。
「これ、奴隷が弓本さん、だよね?」
鈴がたずねると、かなかはうなずいた。
「わたしには殺したいほど憎いって、この人だけだよ」
話しつつ、かなかの両眼からは、もう涙がこぼれおちている。今まで必死にこらえてきた堰が切れた感じだ。
「わたし、中学のころから、ずっと摩耶からイジメられてたの。中学のときは摩耶と女子グループから。高校になってからは、摩耶や海原くん、紫藤くんに。支給のお金も全部とられてた。なのに、ジュースを買ってこいとか、パン買ってこいとか。お金ないよって言ったら、売りでもパパ活でもして稼げばいいって。必死にバイトして、それも全部とられて。わたし、三年間で一回も新しい下着、買ってないんだよ? 生理になってもナプキン買えないから、部屋にこもって、ずっとトイレにいた。宿題を解いたり、読者感想文なんか三人ぶんやらされたし、言うこと聞かないと……これ、見て」
ギュッととじていた手のひらを、かなかがひらく。そこにはハッキリ、タバコを押しつけたあとだとわかる火傷がいくつもあった。
「摩耶なんかいなくなればいいって、ずっと思ってた。ずっと……」
やっぱり、そうだったのか。なんとなく、摩耶たちのグループがいると、クラスが緊張した。春奈はターゲットにされていなかったので、気づいていたわけではなかった。だが、気配を察してはいたのだ。もしかしたら、かなか以外にも標的にされていた人物がいたのかもしれない。
すると、その考えを読んだように、かなかが手で涙をぬぐいながら言う。
「後藤くんも、カツアゲされてたと思う。宇都宮くんも、たまに。でも、二人はお金だけだよ。奴隷みたいにこき使われてたのは、わたしだけ」
泣きじゃくるようすは演技とは思えない。それに、タバコのあとは見るからに痛々しい。鈴が肩を抱きながらハンカチをさしだした。
「つらかったね」
「うん……」
「もう我慢しなくていいよ。わたしたちがついてる」
「ありがとう」
ただ、春奈には気になることがあった。もちろん、かなかはかわいそうだ。でも、それだと、摩耶と因縁のありそうな愛音があぶれてしまう。かなかも愛音も二人とも摩耶がペアであるはずはないから、どちらかが違うのだ。
「レフリーの言ってたルールって、ほんとにあってるのかな。ペアって一対一だよね?」
「でも……わたし、ほかに憎い人なんていないよ」と、かなかは鼻水をすすりながら反論する。
「とにかく、紫藤の部屋、早う調べようや。ロボットに回収されてまうかもしれへん」
ルーカスの言うとおりだ。
とりあえず、さきに紫藤の部屋を調べる。紫藤の部屋は三階だった。となりが海原だと、かなかが言うので、春奈は緊張した。海原はたぶん部屋に帰っているだろう。みんなで紫藤の部屋を詮索してるところを見たら、また怒るに違いない。
「しッ」と口に人さし指をあてて、みんな無言の行のように黙りこんで室内に入りこむ。
壁がぶあついので、隣室まで音はもれないだろうが、用心に越したことはない。
さすがにこの人数では部屋をせまく感じる。紫藤の部屋は後藤や板橋のそれよりキレイに片づいていた。オシャレな服も多く、全身の映るスタンドミラーが置かれている。鈴が手つきで春奈たちにそっちを調べるように指示してくる。サニタリールームには、鈴、愛音、ルーカスが入っていく。
春奈は美憂、かなかとともにスタンドミラーを動かしたり、裏側をのぞいたり、鏡部分が外れないかなど調べた。が、とくに仕掛けはないようだ。
しばらくして、サニタリールームに入った鈴たちが出てきた。声は出さないが、ガッツポーズを作っている。
「あったの?」
「まだ、なかは見てないけどね」
ささやきつつ、鈴はみんなの前で封筒をあけた。が、それはヒント九番の示す『死人の鏡』ではなかった。なかみがバラバラに切り刻まれていたからだ。
「これ、たぶん、紫藤くんが見つけたやつだよ。娯楽室で」
紫藤は自分の部屋に持ち帰り、隠していたのだ。しかも、シュレッダーを持ってるらしく、ちょっと再現は難しいほど細切れになっている。
「これじゃダメだね。読めそうにない」
春奈はガッカリした。紫藤が誰のペアなのかわかるだけでも、かなり違ってくるのに。
「しょうがないね。なんとかならないか、あとで試してみるよ。これは、わたしに預からせて」
鈴が言うので任せる。
「井伏と寺門の部屋は、しゃーないな。誰も暗証番号、知らんやろ?」
「宇都宮くんじゃないとわかんないよね。あたし、疲れたなぁ。おやつ食べて昼寝する」と、愛音。
「おれも夜中からバタバタやしな。寝るわ」
みんな、それぞれに自室へ帰っていった。美憂もかなかと去っていく。やっと、鈴と二人だ。
「鈴。話があるの」
「わたしもだよ」
「えっ?」
鈴の話は意表をついていた。
「わたしたちのなかに、裏切り者がいるかもしれない」
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