第二十三話 奴隷と女王

1/1
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/79ページ

第二十三話 奴隷と女王

 春奈たちはたがいの顔を見あわせる。そして、嘘をついていないか、かなかを見なおした。 『奴隷は女王を憎む』  だとしたら、かなかのペアは女だ。かなかが女王である可能性はきわめて低い。 「これ、奴隷が弓本さん、だよね?」  鈴がたずねると、かなかはうなずいた。 「わたしには殺したいほど憎いって、この人だけだよ」  話しつつ、かなかの両眼からは、もう涙がこぼれおちている。今まで必死にこらえてきた(せき)が切れた感じだ。 「わたし、中学のころから、ずっと摩耶からイジメられてたの。中学のときは摩耶と女子グループから。高校になってからは、摩耶や海原くん、紫藤くんに。支給のお金も全部とられてた。なのに、ジュースを買ってこいとか、パン買ってこいとか。お金ないよって言ったら、売りでもパパ活でもして稼げばいいって。必死にバイトして、それも全部とられて。わたし、三年間で一回も新しい下着、買ってないんだよ? 生理になってもナプキン買えないから、部屋にこもって、ずっとトイレにいた。宿題を解いたり、読者感想文なんか三人ぶんやらされたし、言うこと聞かないと……これ、見て」  ギュッととじていた手のひらを、かなかがひらく。そこにはハッキリ、タバコを押しつけたあとだとわかる火傷がいくつもあった。 「摩耶なんかいなくなればいいって、ずっと思ってた。ずっと……」  やっぱり、そうだったのか。なんとなく、摩耶たちのグループがいると、クラスが緊張した。春奈はターゲットにされていなかったので、気づいていたわけではなかった。だが、気配を察してはいたのだ。もしかしたら、かなか以外にも標的にされていた人物がいたのかもしれない。  すると、その考えを読んだように、かなかが手で涙をぬぐいながら言う。 「後藤くんも、カツアゲされてたと思う。宇都宮くんも、たまに。でも、二人はお金だけだよ。奴隷みたいにこき使われてたのは、わたしだけ」  泣きじゃくるようすは演技とは思えない。それに、タバコのあとは見るからに痛々しい。鈴が肩を抱きながらハンカチをさしだした。 「つらかったね」 「うん……」 「もう我慢しなくていいよ。わたしたちがついてる」 「ありがとう」  ただ、春奈には気になることがあった。もちろん、かなかはかわいそうだ。でも、それだと、摩耶と因縁のありそうな愛音があぶれてしまう。かなかも愛音も二人とも摩耶がペアであるはずはないから、どちらかが違うのだ。 「レフリーの言ってたルールって、ほんとにあってるのかな。ペアって一対一だよね?」 「でも……わたし、ほかに憎い人なんていないよ」と、かなかは鼻水をすすりながら反論する。 「とにかく、紫藤の部屋、早う調べようや。ロボットに回収されてまうかもしれへん」  ルーカスの言うとおりだ。  とりあえず、さきに紫藤の部屋を調べる。紫藤の部屋は三階だった。となりが海原だと、かなかが言うので、春奈は緊張した。海原はたぶん部屋に帰っているだろう。みんなで紫藤の部屋を詮索してるところを見たら、また怒るに違いない。 「しッ」と口に人さし指をあてて、みんな無言の行のように黙りこんで室内に入りこむ。  壁がぶあついので、隣室まで音はもれないだろうが、用心に越したことはない。  さすがにこの人数では部屋をせまく感じる。紫藤の部屋は後藤や板橋のそれよりキレイに片づいていた。オシャレな服も多く、全身の映るスタンドミラーが置かれている。鈴が手つきで春奈たちにそっちを調べるように指示してくる。サニタリールームには、鈴、愛音、ルーカスが入っていく。  春奈は美憂、かなかとともにスタンドミラーを動かしたり、裏側をのぞいたり、鏡部分が外れないかなど調べた。が、とくに仕掛けはないようだ。  しばらくして、サニタリールームに入った鈴たちが出てきた。声は出さないが、ガッツポーズを作っている。 「あったの?」 「まだ、なかは見てないけどね」  ささやきつつ、鈴はみんなの前で封筒をあけた。が、それはヒント九番の示す『死人の鏡』ではなかった。なかみがバラバラに切り刻まれていたからだ。 「これ、たぶん、紫藤くんが見つけたやつだよ。娯楽室で」  紫藤は自分の部屋に持ち帰り、隠していたのだ。しかも、シュレッダーを持ってるらしく、ちょっと再現は難しいほど細切れになっている。 「これじゃダメだね。読めそうにない」  春奈はガッカリした。紫藤が誰のペアなのかわかるだけでも、かなり違ってくるのに。 「しょうがないね。なんとかならないか、あとで試してみるよ。これは、わたしに預からせて」  鈴が言うので任せる。 「井伏と寺門の部屋は、しゃーないな。誰も暗証番号、知らんやろ?」 「宇都宮くんじゃないとわかんないよね。あたし、疲れたなぁ。おやつ食べて昼寝する」と、愛音。 「おれも夜中からバタバタやしな。寝るわ」  みんな、それぞれに自室へ帰っていった。美憂もかなかと去っていく。やっと、鈴と二人だ。 「鈴。話があるの」 「わたしもだよ」 「えっ?」  鈴の話は意表をついていた。 「わたしたちのなかに、裏切り者がいるかもしれない」
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!