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第三話 運命の相手
悲鳴がわきあがった。これで二人めだ。こんなにあっけなく、人間が次々に死ぬなんて。
レフリーはわざとらしく大きなため息を吐きだす。
「おろかな。まだルール説明の途中だったのに。だから、このゲームにはペアが存在すると言ったでしょう」
ペア……たしかに、そう言っていた。運命の相手がどうのと。くばられた鍵は相手の電極のスイッチだと。
宇都宮が親指の爪をかみながら言いだした。
「この鍵はペアリング相手の錠前に連動してる。自分の名前じゃない」
春奈からは遠くて見えなかったが、板橋は自分の名前の記されたスイッチに鍵をさしこんだようだ。
レフリーがうなずいた。
「さすが学年首席だ。そう。この錠前は対応している鍵以外を入れると、その鍵の持ちぬしの電極が作動するように作られている。君たちは必ず、正しい相手を見つけなければならない。期限は一週間と十二時間。七日後の午前四時に終了だ」
「で、でも、どうしたらいいんですか! 運命の相手なんか、わたし、いません!」
涙と鼻水で顔をグチャグチャにして、望月愛音が、急にわめいた。ふだんはおとなしい子だが、限界をこえるとキレるタイプだったらしい。中学生と言ってもおかしくないほど小柄で、あどけない顔立ちをしている。ツインテールがよく似合った。
レフリーはつねに冷静だ。
「運命と言っても、恋愛ばかりではない。さきほども言ったが、君たちが助かるためには、相手より前にペアのスイッチを働かせなければならない。それが正しいペアであれば、相手の死亡後、君たちの電極は停止する。停止した電極は二度と動かないので安心するといい。だが、たとえ自分が助かるためとは言え、誰かを殺すのは君たちだって、いい気分じゃないだろう。せっかく生かした優秀な人材がトラウマをかかえては使いものにならないからね。だから、君たちの良心が痛まない相手をペアに組んである」
心が痛まない相手——と言われて、春奈の胸はドキンと脈打った。心当たりがある。
春奈はもともとはごく平凡な家庭で育った。とびきり裕福ではないが、かと言って困窮しているわけでもない。父と母と妹の四人暮らしで、ちょっとしたケンカやすれ違いはあっても、すぐに仲なおりしたし、幸福だった。あのころはなんとも思ってなかったけど、なくしてしまった今ならわかる。まぎれもなく幸せだったのだと。
その平穏な家庭はある日とつぜん、壊された。強盗殺人だった。友達とカラオケに出かけていた春奈だけが助かった。
あのときの犯人は逮捕されている。だが……。
春奈は物思いに沈んでいて、みんなのようすを見てなかった。だから、どんな反応をそれぞれが示したのかわからないが、レフリーは満足そうな声を出した。
「そうだろう? このなかに恨む相手がいる。すでに相手の察しがついてる者もいるんじゃないか? 三年前、今日のこの日を想定したペア組みで、君たちは選ばれている。つまり、このなかに、恨む者と恨まれる者がいる」
恨む者と恨まれる者。
周囲の人たちの目つきが険しくなる。みんなが疑心暗鬼になっていた。春奈も自分以外がすべて敵であるかのような心地になった。
黙りこんで、たがいの顔をうかがっていると、今度は紀野廉太が笑いだす。
春奈は紀野とは卒業するまで、一度も話したことがない。いわゆる陰キャだ。なんとなく暗くて、いつもクラスメイトから一人離れていた。
その紀野がとつぜん大声で笑いだしたので、恐怖のせいでおかしくなったのかと思った。だが、そうではない。
「アイツがいるんだな! ああ、おれ、復讐できるんだ! ヤッター。復讐していいんだ!」
紀野は恨む者なのだ。このなかに殺したい相手がいる。
それにしても、紀野の言うアイツというのは誰なのか? 今の口ぶりでは本人もわかっていないようだ。
レフリーが告げる。
「会場は寮内から行ける範囲。そこから出てはいけない。ペアはあくまで一対一だ。複数だと思うなら、その相手は違う。君らの部屋には一人一台のタブレットが置かれている。細かいルールブックはそのなかに。ルール変更などの重要メールはタブレットに送られる。君たちから私に連絡したいときも、それを使いなさい。また、卒業したとはいえ、君たちはまだわが校に在籍中だ。消灯時間、食事時間などのスケジュールは守ってもらう。私からは以上だ」
レフリーは言うだけ言って、立ち去ろうとする。
「待って」
呼びとめたのは、綾川鈴だ。春奈の親友である。さらさらストレートの黒髪ロングヘアーで、いかにも清楚な女子高生。成績もいい。冷静沈着なので、春奈はいつも頼ってばかりだ。
「さっき、恨む者と恨まれる者がいるって言いましたよね? それに、わたしたちは二人ずつでペアリングされてるって。でも、後藤くんはサンプルだとしても、板橋くんはそうじゃない。つまり、すでにペアのうち一組みは、相手がいなくなってますよね? そういう場合、ペアの人は何もしなくても勝ちあがりじゃないですか? 不公平だと思うんですけど」
レフリーはかるく笑ったようだ。表情は見えないが、わずかに声がもれた。
「そのための鍵だ。自身の行動前に相手が死んだとしても、正しい錠前に自分のキーをさしこまなければ、電極のスイッチは停止しない」
「ああ、なるほど」
「もういいか?」
「もう一つ。恨む者なら、自分がそうだとわかると思います。でも、恨まれる者は自分が誰からどんな理由で恨まれてるのか、自覚がない場合もあるんじゃないですか? それだと、相手を特定するのがすごく難しくなります。たとえば、相手が一般的な思考法からかけ離れたサイコパスやストーカーだったときは? めちゃくちゃな理由で恨まれてる可能性だってある」
「救済措置はあるそうだ。私もまだ知らない」
「わかりました」
これでいよいよ、ゲーム開始だ。
ところが、そこでレフリーがふりかえり、最後に謎めいた言葉を放つ。
「そうそう。大事なことを言い忘れていた。君たちのなかに一人だけ、屍喰鬼がいる。私にも、それが誰かはわからない。グールは毎日少量の人肉を食べるんだそうだ。狙われないよう、気をつけなさい」
春奈は意味がわからず、ぼんやりした。
グール? 人肉を食べる?
わけがわからない……。
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