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第五話 ペナルティ
春奈は思わず、鈴をながめた。鈴がくわしく説明してくれる。
「タブレットに詳細ルールが書いてあったよ。ボックスは一日に三人しか、なかへ入れないんだって」
「でも、板橋くんと井伏くんしか入ってないよね?」
「サンプルあつかいだったけど、後藤くんもいたよ」
そうだった。自分の意思で入ったわけではないだろうが、あれもカウントされるのだ。
「じゃあ、井伏くんが出てきても、もう小町はボックスに入れないんだ」
「ボックスに入って鍵をさしこむ行動を、ゲームでは『粛清』っていうみたい」
小町はガッカリしたようすで食堂を出ていった。井伏に自分が粛清されるとは思っていないらしい。ということは、小町が狙っている相手は井伏ではないのだろう。
「井伏くん。どうするつもりだろうね? 誰か粛清するのかな?」
「ほんとにキレイごと言ってるだけなら、すぐ出てくるんじゃない?」
でも、そうだとすると、それはそれで、やっかいだ。今後ずっと、井伏にジャマされると、終了日に全員が死ぬ。それを理解して、あんなマネをしてるのだろうか? 春奈には井伏がほんとに愚かに思えた。なんの解決にもならない。
と、そのときだ。
「五分経過しました。警告します。今すぐ粛清してください。警告します。今すぐ粛清してください」
ふたたび、校内アナウンスが入る。これは当然、現在、ボックスのなかにいる井伏に対しての警告だろう。
「五分って何? 鈴、わかる?」
「わたしも急いで見ただけだから、全部のルールはわかんないよ。隠しゲームがどうとかこうとか。ちょっと待って」
鈴はタブレットをひらき、ルールブックというアプリを調べた。しかし、そのあいだにも、警告アナウンスが告げる。
「六分経過しました。すぐに粛清してください」
井伏は最初、絵梨花を退けて満足していた。いかにもドヤ顔をして、ボックスの床にアグラをかいていた。が、今は立ちあがり、あわててボックスの外へ出ようとしている。だが、なかからドアを押してもひらかないらしい。
「粛清しないと、ロックが外れないんだ」と、つぶやいたのは、蘇芳涼夜だ。
顔立ちはクラスで一番整った男子だ。とくにスポーツをしてるわけではないが、すらりと細身で、茶髪が色白な肌色によくあっている。性格も優しいと女子人気が高い。しかし、物静かというか、寡黙というか、なんとなく近づきがたい。
「七分経過しました。警告します。一分以内に粛清しなければ、ペナルティを発動します」
春奈はまた鈴を見た。
「ペナルティって?」
「ちょっと待って。ペナルティ、ペナルティ……こっちか」
鈴は必死に調べている。だが、すでに遅かった。ビイビイと激しい警報が鳴りひびく。ゲーム開始時のアラームと同じ音。
青ざめ、ひきつった顔の井伏がドンドンとガラスドアをたたく。その顔がだんだん見えなくなってきた。ボックスのなかにうっすらと煙がたちこめている。みるみるうちに、煙は濃くなっていった。濃霧のようなそれのなかで、踊り狂う井伏の姿が、黒く影絵になっている。
やがて、煙がじょじょに薄くなった。
悲鳴があちこちからわきあがる。食堂に残っていた全員がそれを見た。ボックスのなかで、あわをふいて倒れている井伏を。
四方を壁に覆われているので、不自然な体勢でねじれているが、本人はもう痛くもかゆくもないのだろう。顔色がおかしい。生きている人ではないと、ハッキリわかる青い皮膚で、長く舌をたらしている。
「……毒ガスだ」
蘇芳のつぶやきが、また聞こえた。
カタンとボックスのドアがひらき、ロボットがやってくる。井伏の死体が運ばれていく。
「あった」
ようやく、鈴がペナルティについての記載を見つけた。
「これだよ。ボックスに入ったら、五分以内に粛清しないと警告が流れる。さらに三分以内に粛清しない場合は、試合放棄と見なし処罰されるって」
「処罰って……」
毒ガスで殺される。それがペナルティだというのか。あまりにも厳しすぎる。
春奈は腰からくずれて床にしゃがみこむ。またもや涙があふれた。
「春奈。部屋に行こ」
鈴が手をとって立たせてくれた。二人で食堂を出ていく。
「いいの?」
「今日はもうボックス使えないんだから、見張ってる必要ないよ」
「そっか」
「部屋で話そう。そっちのほうが落ちつくでしょ?」
鈴の部屋は二階だ。春奈は三階。建物の中央に階段があり、各階東側が男子、西側が女子の部屋になっている。階段のよこにはエレベーターもあった。
そこまで来たときだ。エレベーター前に立っていた紀野廉太が声をかけてくる。根暗な紀野が自分から誰かに声をかけるなんて、これまではなかった。だから、春奈はとてもおどろいてしまった。髪のあいだからのぞく三白眼を見つめる。
「おまえら、どこ小?」
「えっ? なんで?」
「なんでも」
春奈は鈴と顔を見あわせる。春奈は不安だったが、鈴はあっけなく明かした。都内の小学校名を告げる。春奈は関西出身なので、その学校の名前を聞いてもピンと来ないが、紀野は興味なさそうな顔をしただけだ。
「桜井、おまえは?」
「わたしは京都だから、紀野くんわかるかな? 洛北小だよ」
「ああ」
自分では気をつけているつもりだが、イントネーションにところどころ、関西のそれがあるらしい。紀野は納得した感じで手をふると去っていった。
「なんだったんだろ?」
「紀野くん、アイツに復讐できるって言ってたよね。たぶん、相手を探してるんじゃない?」
春奈の胸がざわめいた。
これはほんとに殺しあいのゲームなのだと。
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