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第六話 二人の誓い
二階の鈴の部屋に入ると、ホッと安堵のため息がもれた。ここでなら安心できる。緊張の連続で、頭がクラクラしていた。
「どうしよう。殺しあいのゲームなんて、嘘みたい……」
「春奈。しっかりして。もう三人死んでるんだよ? 何もしなかったら、わたしたち、ほんとに殺されるんだよ」
「そうだね」
鈴はクローゼットのなかから、可愛いキャラクターの絵が描かれた小さめのダンボールをひっぱりだした。彼女のお菓子箱だ。ショッピングモールで買い物したとき、タダでもらえたダンボール。鈴がとても大切にしている。
特別科の生徒には奨学金助成のほか、月々三万円ずつお小遣いまで渡されていた。必須の日用品や筆記用具、参考書などを自由に買うようにと。あまっても返却義務はなかったから、みんな自由に使っていた。
春奈も服や可愛い小物、雑誌などに使っていた。でも鈴は必要最低限しか使わず、半分以上を貯金していた。鈴の将来の夢は医者だ。大学まではエスカレーターで行けるし、医学部もある。だが、そのさきの開業まで視野に入れていたのだ。
「甘いもの食べよ。ちょっとは落ちつくよ」
「うん」
チョコレートのお菓子をもらって口にすると、甘さが脳髄にしみてくる。
「美味しい」
「こんなときだから、しっかりしなくちゃ。ねぇ、春奈。わたしたち、絶対、生き残ろう。約束だよ?」
鈴が両手で手をにぎってくる。鈴の強い意思を感じる。すっかりあきらめかけていたが、鈴と二人でならできそうな気がしてきた。
「うん。がんばろう」
鈴をここまで信頼できるのは、高校三年間のつきあいで彼女の生い立ちをかなりくわしく知っているからだ。鈴は春奈のペアでないという確信が持てた。鈴にとってもそうだろう。
「春奈。前に言ってたよね。家族をみんな強盗に殺されたんだって」
「うん」
「やっぱり、春奈のペアはそれに関連した人だよね?」
「そうだと思う。強盗は捕まったんだ。でも、そのあと、すごくイヤなことがあって」
鈴もうなずいた。
「わたしのお父さんがお医者さんだったって話は前にしたよね?」
「うん」
だからこそ、鈴がペアではないと思うのだ。逮捕された強盗の顔は今も忘れない。職業も医者ではなかった。
「じつは、わたしのお父さん、自殺したんだ。都立の大学病院に勤めてたんだけど、派閥争いっていうの? それにまきこまれて、医療ミスの冤罪をかけられたんだよ。お母さんは苦労知らずのお嬢さまだったから、マスコミや被害者から責められて、あっというまに病気になってね。わたしが中学のときだった」
冷静に話そうとしているけれど、鈴の声がふるえている。うっすらと涙が浮かんでるのを、春奈は見た。
「つらかったね。鈴」
「うん。でも、それは春奈もいっしょだよ」
春奈の家族が殺されたこと。それじたいも悲しかった。しかし、それ以上につらかったのは、そのあとだ。
警察の捜査で犯人が逮捕された。これでやっと少しは気が晴れると思ったのもつかのま、犯人の妻だという女がメディアに現れて、夫の無罪を主張しだした。春奈の父こそが強盗で、夫は盗まれたお金をとりもどしに行っただけだと言いだした。
もちろん、そんなのはでたらめだ。世間的にも誰も女の言いぶんを信じなかった。何しろ、春奈の家族は全員、残酷に殺されているのだから。女が言うように金をとりもどすだけなら、妹の紗英まで殺す必要はなかった。しかも、中学生になったばかりだった紗英は、ただ殺されただけではない。裸にされて、犯されていたのだ。母は紗英より前に死んでいたが、殺すという行為を楽しんでいたかのように、めった刺しにされていたという。残酷すぎて顔以外は見せられないと、遺体確認のとき、刑事に言われた。その顔にも大きな傷がいくつもあった。
むしろ、最初にあっさり殺されていたのは父だ。心臓をひとつき。金をとりもどすためなら生かしておくだろう。何もかも女の言いぶんは説明がつかない。
世間が自分の主張になびいてくれないと見ると、女はさらにおかしな主張を次々にした。じつは父が強盗団のボスだったとか、女は父にムリヤリ愛人にされていたので、夫はその復讐をしたのだとか、妹は少女娼婦で、犯人を誘ったのは紗英のほうだとか、もっと意味不明な言いぶんまで。
ほとんどのメディアは女を頭の変な人としかあつかっていなかった。しかし、スキャンダル専門の週刊誌が、これらをおもしろおかしく書き立てた。大好きな家族を死んでからも辱められ、全身がふるえるほどの憤怒を感じた。
あの女を殺してやりたい。あの女だけは殺しても後悔しない。絶対にゆるさない。
だが、特別科は同い年の生徒だけだ。あの女はいない。いるとしたら、あの女の子どもに違いない。週刊誌で女がさわいでいたとき、一度だけ子どもといっしょの写真が載っていた。服装だけでは男か女かわからなかった。フードを深くかぶっていて、顔も明瞭ではない。ただ、年齢は春奈と同じだと記されていた。
あのときの子どもが、クラスメイトのなかにいる。
女が溺愛している子どもだ。そいつを殺せば、あの女は気が狂うほど苦しむだろう。
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