怖いのは

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――視線が女性の腰辺りに移ったとき、その違和感の正体が分かった。 俺は固まった。 青白く、半透明で、小さな腕が見えたから。 子供。5歳くらいの女の子。 幽霊だった。 (この人、憑いてるんだ) 幽霊がいたこと自体に、動揺はなかった。 俺は幼いころから、この世ならざる者が見える体質だが、だからといって、幽霊を怖がったりはしない。今までの経験から、大抵の霊は「そこにいるだけ」であって、人を襲うような個体は稀であることが分かっている。そもそも元は無害な人間だったのだから、恐れることはないというのが、正直な感想だった。 その霊も例外ではなく、ただそこにぼんやりと居座り、女性の傍にくっついているだけ……なのだが。 問題は、その姿にある。 もはや『凄惨な遺体』といって差し支えないほどだったのだ。 内臓がくり抜かれているのか、心臓から腹にかけてがぽっかりと開いており、底の見えない黒々とした穴がのぞく。そればかりか、元々は白かったであろうtシャツが、べったりとした血糊の赤に染まっているのだ。まるで、そこにあった『モノ』が強い力で引きずり出されたような……。 「あの、私の服になにか付いてますか?」 女性は首を傾げて不思議そうにしているが、正直それどころではない。 女の子の幽霊は、俺の方をじっと見ている。 血涙を流しながら。 顎を引いて、警戒するように。 あるいは恨んでいるかのように。 「あ、いや」 えぇ。憑いてますよ。 なんて、目の前の女性に言えるわけもない。 どうしたものかと思考もまとまらない中、苦しすぎる言い訳を何度も何度も考える。 「いやいや、綺麗なスカートだなと思いまして。ワインレッドって言うんですかね、よくお似合いですよ」 「……へ? あぁ、これですか。ありがとうございます~」 なんだろう、この身の毛もよだつような恐怖は。 心臓が早鐘のように鳴り響いている。 早く。早く地図を書き上げなくては。 緊張感に心臓がはちきれそうになったところで、俺はようやく地図を書き上げることができた。 「書けましたよ、下手くそなので、これで分かるか自信ありませんが……」 嘘だ。本当は幽霊に気を取られて線が歪んだ。 だがそんなことを知る由もないであろう女性は、先ほどと同じように俺に笑いかけ「ありがとうございます」と口にした。 「良かった。では、俺はこれで」 「あっ、お待ちください」 これでようやく解放される……安心したのも束の間、女性の方から呼び止められてしまう。 「その〜、もしかしてですけど、私のこと知ってますか?」 なんだよ! 知らないよ! 芸能人か?! 確かに綺麗だけれども! 「いえ……ザンネンながら」 「そうですか、それは良かった。では!」 内心では半ギレ状態なのを表に出さないように答えると、女性は子供の幽霊を憑けながら、満足げに去っていった……。
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