月夜の運命を信じましょう

3/4
前へ
/4ページ
次へ
 屋敷に帰ると屋敷内がざわついていた。 「姫様! 大変です! 父君にバレてしまいました! こちらに兵士が向けられました!」  使用人たちが武器を手に屋敷内を走り回っている。いつかこんな日が来るとは思ってい。昼助けた男たちも武器を手に戦の用意をしている。 「例え娘でも、あの当主なら殺すだろうな。だが、俺らはあんたに恩がある。あんたを守らせてくれないか?」  その申し出は嬉しいが、命を容易く散らすことなど私にはできない。 「駄目です。その代わり、お願いがあります。この書状を隣国の王に届けて下さい。私の命は捨て置いてくれて結構です。皆で行きなさい」 「おいおい……。そんなのあんたの死に損だろ?」 「私の命がないのは、とうに分かっています。あなた方が私を処刑場に引っ立ててくれるまで生きていれば私はそれでいい」 「姫様……」  使用人たちは、すすり泣く。 「姫様が当主なら良かったのに」 「さぁ皆さん早く。私は逃げません」  昼助けた男は私から書状を奪う。 「死ぬなよ……」  皆が屋敷から脱出したのを見計らって私は屋敷に火をつけて、こっそりと抜け出す。こんな夜は川辺で泣いていたい。抜け出せるのは分かっていた。父様は信用もなければ、兵士の統率を取ることもできない。才がないからこそ恐怖政治を敷くのだ。  燃える屋敷を背に私は川辺と急ぐ。今夜だったら。月が綺麗に見える今夜なら彼はもう一度来てくれるかも知れない。叶わない淡い期待を胸に私は川辺に辿り着いた。  遠くに見える橋の向こうで騒ぎが聞こえる。屋敷の者たちが川向うの隣国に入ったためだろう。どうか無事でいて欲しい。  川辺に座って空を見上げる。直後、馬のいななきが聞こえた。 「人が騒いでいるから、もしやと思って。何かあったのかい?」  彼が馬に乗った姿ははじめて見た。もう全て打ち明けていいだろう。 「ええ。もう全部教えるわ。私はこの国の当主の娘です。橋を渡ったのは私の屋敷の使用人たちです。私は父に目を付けられました。悪君の父にね。多分、今夜が契機になり革命が起きます。そういった書状を隣国に送りましたから。もちろん娘の私も殺されるでしょう。覚悟はしています。……でも一つだけお願いしていいですか?」  名も知らぬ素性も知らぬ彼にこんなお願いをしていいか分からないが、彼は馬を下りて私の目の前に立つ。 「それは何だい?」 「キスして。死ぬ前に恋ぐらいしたかった……」  彼の唇は咄嗟に私の唇に触れる。彼の腕は私を抱き締める。離れる唇。月明かりは静かなのに、雑踏は激しくなる。 「恋はね……生きてするものだよ。必ず助けてあげるから」  彼は駆けて馬に飛び乗り去っていく。その姿を見送る私は、父様の手のものに捕らえられた。彼が橋を渡って隣国に去っていくのを確認して。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加