決められない出会い

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 それは真夏の夜のことだった。  私はあまりの寝苦しさに散歩に出ることにした。  外の方がまだ涼しいし動けば眠くなるだろうと、そう思ったのだ。  しかし、どうしたことだろう。  そよがない風、昼間の太陽に熱された道、どこか遠くから微かに聞こえてくるセミの鳴き声……。  蜃気楼が街灯に照らされて踊っている様子を見てわかる通り、外も相当熱い。  その証拠に人っ子一人見当たらないのだ。  勿論、私が駅前と真逆の田園方向に足を向けているせいもあるが、それにしたっていない。  きっと、クーラーの効いた室内で快適な睡眠に浸っているのだろう。  周囲の家々の室外機の稼働音が妙に大きく聞こえてくる。  いっそ雨でも降ってくれ。  恨めしく天を仰ぐが夜空には無数に星々が瞬いていて、雲一つなかった。  大きな満月が、辺りを明るく照らしている。  都会では絶対に見ることができない光景だろう。  広い夜の空を満喫できるのも田舎の特権だ。  でも今は、この素敵な夜空を曇らせたい……。 「くそぅ、これもそれも、収入が不安定な絵描きの仕事についたからだわ……」  私は風呂無しエアコンなしのボロアパートに住んでいる。  漫画の連載も抱えていたが、それは遠い過去のお話。  現在はフリーランスで、依頼されたイラストなどを描いては糊口を凌いでいた。 「いい加減ノド乾いたぁ……」  思い付きの散歩だったので、手持ちは150円。  自販機でジュースを買うか、コンビニに入ってアイスを買うか悩ましいところ……。  いや、本当は浪費を避けてこのまま家に帰るべきかもしれないのだけれど。  手のひらの銀貨を見つめ思い悩みながら歩いていると、いつの間にか赤い鳥居の傍に立っていた。 「……あれ? こんな場所に神社なんてあったかしら??」  周囲に目を向けて、私は目を見開いた。 「ここ、山の中じゃない!?」   周りは木、木、樹、樹、キ……。  いくらアイスかジュースか悩んで散歩をしていたからといって、山道を登った覚えはない。  いや、もしかして徘徊老人がそうであるように、無意識に登っていたのか?  ちりん……。  鈴の音の涼やかな音がした。  音の出所に振り向くと、紅い振袖を着たおかっぱの少女がいた。 「うわぁ!?」  思わず後ずさる私に、少女が鳥居の奥を指さす。 「ここの神様は、お賽銭を投げればあなたの願いを叶えてくれますよ」  小鳥がさえずるような、声音で少女がそう言った。 「……はぁ?」  訳が分からず少女をまじまじと見ると、彼女は白い頬を赤く染めて、振袖の袖で顔を隠した。 「信じるか信じないかはお姉さんに委ねます……」  次の瞬間、少女の姿は幻のように消えて行った。  あんぐりと口を開けてることしばし。  両手でほほをつねって、「いたい……」痛みを感じた私は、手のひらの150円を見下ろす。 「……信じるか信じないかは渡し次第」  赤い鳥居の向こう側には石畳、その奥に月明かりに照らされてうっすらとお社が建っているのが見えた。  もしも叶うのならば、雨を降らせてもらうか、エアコンか、連載が欲しいけれども……。 「150円で叶うのかしら」  土台無理そうな話だ。  ならばコンビニアイスか、自販機ジュースに使った方がまだまし。  しかし、紅い振袖の少女は確実にこの世の者ではなかった。  幻覚でなければ、きっと神の使いか何かに違いない。  お賽銭を奉納することで本当に願いが叶うのならば……。  私はぎゅっと銀貨を握りしめ、頭上を見上げた。 「……どうしたらいいの?」  夜空に浮かぶ満月が答えてくれるはずもなかった。
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