一章 見えない想いと見えない不安

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 ──十一月初旬  俺らが住む札幌には、間もなく雪の便りが届く頃。俺も一平もワイシャツとネクタイだけでは過ごせず、徐々に服装も冬支度を始めていた。 「毎日寒くて、嫌になります」 「一平は、寒がりなのか?」 「はい、極度の寒がりです、ほらっ」  今日も時間を見つけ、喫煙所で会話を楽しむ俺たち。そんな寒がりの君は、会話の途中で『ほらっ』と俺に手を差し出し、触って欲しいアピールをかましてくれた。 「うお…ほんとに冷てぇな…」 「優太さんの手は、いつでも温かいです」 「ははっ!心は冷てぇかもよ?」 「んなことないです、全部がポカポカですから」  君の冷たい小さな手を俺の手で温めるために包み込み、互いに色んな温もりを分かち合う。外とはいえ、喫煙所にいるのは俺と君だけ。だからこそ出来た、いけない行為だったのかもしれない。 「なぁ、来月はどうする?」 「来月…あっ」 「ああ、クリスマス…それとお前の誕生日」  そう、来月はクリスマス、そして年明け後には君の誕生日が控えている。いけない恋なんかしていなければ何事もなく、君とクリスマスを楽しみ、君を盛大に祝ってあげることも出来るのに今の俺たちは、その行為すら禁断なわけだ。  何故なら、君には君を愛してくれている人がいる…そして、その人を放って俺と過ごすことは出来ないのだから。 「当日は、どちらも厳しいですね…」 「そりゃそうだろ、分かってるさ」 「うーん…でも、僕は優太さんとも過ごしたい」 「それなら、前倒しでクリスマス、後倒しで誕生日をやるか!」 「ええっ!?別々ってことですか?」 「んんっ?ど、どういう意味だ?」  君の発した別々の意味が理解出来ない俺。  クリスマスに誕生日…あっ、まさか…! 『ハッ!』と、あることに気付いた俺へ、君は事の真相をしっかりと伝えてくれた。 「何年経っても大人になっても、クリスマスも誕生日も一緒くたで、彼女にまでそんなこと言われたことなかったので…」 「おいおい…彼女までって…有り得ねぇだろ」 「そんなもんなんですよ、きっと…別々にしようって言ってくれたのは、優太さんが生まれて初めてです」  俺なら絶対に嫌だ。誕生日は誕生日、君と俺がこの地に性を受け、この世に生まれた大切な一日。クリスマスは、言ってしまえば違う人の誕生日で聖なる夜を過ごす一日。君の誕生日とは何も関係の無いこと。  それを一緒くたにされるのは…だめだ、やっぱり俺には考えられない。ならば、君が生まれて初めての体験を俺が叶えてあげる、それでいい。 「俺は他のヤツと違う。お前の喜ぶことがしたいし、喜ぶ顔がみたい。今までにしたことの無いことを俺が叶えてやるよ」 「ゆ、優太さん…!ありがとうございます…!」 「楽しみにしておけよな?」 「うんっ…!僕、嬉しいです!」  俺からの提案に満面の笑みで喜ぶ君。そして外は寒いのに、ほっこりとした気持ちで温まる二人だけの空間。  そんな空間の中でその後、二人でクリスマスの前の週に会う約束と誕生日の次の週に会う約束を交わした俺たちは、いつもの生活に戻っていった。  けれど、この約束が俺たちの心を掻き乱し、いけない恋へと大きなメスが入ることになるだなんて、これっぽっちも考えもせずに…
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