犬の名前

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 ある日、犬を拾った。何か動物を飼いたいと思ったことはなかったのに、私の家には子犬がお行儀よく座っていた。これは不可抗力といってもいい。  疲れてトボトボと歩いていた時、視線を感じてふと顔を上げると、使い古された光景が目に入ってきたのだ。『拾ってください』と書かれた段ボールの中に汚れた子犬がいたのだ。今と同じように静かにおすわりをしていた。黒く潤んだ瞳が私を映した途端、私の身体は勝手に動き、段ボールを持ち上げたのだ。  前足の怪我を見つけ、動物病院に持ち込み『先、警察に届けて』と注意を受けて、色々あって、私はこの犬を自宅に迎えた。コツコツと溜め込んだ貯金をペットグッズに使ったことに何の後悔もない。洗ったことで露わになったふわっふわの白い毛並みはプライスレスだ。ペット可のアパートに住んでいて本当に良かった。   「はあんまり鳴かないねぇ」 話しかけると子犬は不思議そうに首を傾げた。まだこの犬に名前はなかった。私に子供はおらず、名付けという行為に慎重になっていた。  この犬は捨て犬で、おそらく前の飼い主から名前を貰っていただろう。その名前と被りたくないので、単純にはしたくない。けれど複雑にもしたくない。呼ぶのに長くなると結局略してしまいそうだ。  どうすればいいのだろうか。何も思いついていないのに出来れば幸せな名前がいい、なんて曖昧な希望を持っていた。 『迷い犬はしばらく保留期間があります。実は所有権があなたにはまだないんですよ』 ペットショップの店員か警察官か忘れたが、誰かからそんなことを言われた。元の持ち主が現れるかもしれないからだ。保留期間中に現れたら、この犬は元の場所に戻る。ならば保留期間のうちにいい名前を考えておこう。本当にうちの子になった時、この子に名前をプレゼントすることに決めた。それまでは呼ぶ名前がない。『犬』と呼ぶのも雑なので、少々敬意をつけてる。  ちゃんと名前は決めるから、今はこれで我慢してね。お犬さん。私は綺麗な毛並みを撫でた。
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