第二十一話 朧げな記憶

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「口直ししてぇのに……」  刹那は口寂しさを紛らわすように親指の爪を噛むのだった。   ✿ ✿ ✿  領域に辿り着いた刹那は玄関の引き戸を開ける。 (早く風呂に入るか……)  皮膚や髪にこびりついた血を洗い流そうと、刹那は風呂場に向かう。  板張りの廊下を直進したところで、見知った人物と出くわす。 「あ、刹那。帰ってたんだ」  紫雨だった。  数日間領域を空けていた刹那に会うのは久しぶりで、紫雨は驚いた顔をする。  が、刹那の衣服に返り血が付着していることに気づき、不快に眉を寄せる。 「また喧嘩……よく飽きないね。見た感じ、強引に血を摂取したみたいだね」 「あ? テメェも同じことをしてるだろ」 「俺は相手の同意を得て血を摂取してるんだよ。というか……今のやり方続けていると、下界を歩けなくなるよ」 「暗示で記憶を(ぼか)してるからいいんだよ」 「普通の人間は騙せても、陰陽師ならそうはいかないよ。甘く見てると、そのうち足をすくわれるよ」 「……いちいちうるせぇな」  これ以上、小言を聞きたくなく、刹那は紫雨を無視して横を通り過ぎる。  紫雨は呆れるようにハァと溜め息を吐くが、不意に何かを思い出したかのように振り向いた。 「あ、そうそう。これ、見つけといたよ」  紫雨は懐から取り出した物を刹那に投げ渡す。  振り返った刹那は、投げ渡された物を見事にキャッチした。  手の中には、刹那が探していた飴の入った巾着袋があった。
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