2つの真実に1つの嘘

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2つの真実に1つの嘘

 中学校に入って初めての大きなイベントは、僕が思っているよりも数段早くに訪れた。普通ならみんなが仲良くなり始めた1,2か月後にするものだと考えていたが、未だ桜が散っている光景が目に映るような、入学してからまだ一週間しか経っていない状況。そんな中、僕たちはくじ引きで決められたクラスメイトと共に、スキー施設の大広間に集められていた。 「今から、班のメンバーで輪になって座ってもらい、『2つの真実に1つの嘘』をやってもらう」  要するに、入学したてで友達がいないだろうから、まず友達を作るレクレーションをしてもらうということか。それにしてもレクレーションに『2つの真実に1つの嘘』を使うのは中々面白い。このゲームはそれぞれが3つの自己アピールをしてもらい、そのアピールの内1つに嘘を混ぜるゲームで、相手の自己紹介に頭を使いながら聞くため、より早く相手のことを理解することが出来るのだ。 「ちなみに、このレクが終わった班からスキー研修を開始するからな。それでは始め。」 「「「よろしくお願いします」」」  僕を含めた班のメンバーの声が重なる。しかし、僕の隣に座る学校指定であるジャージを肌を見せないように着ている子は下を俯いて、緊張をほぐすためか体をモジモジさせていた。あれ?この怯えているように縮こまっている子は誰だっけ?言っちゃ悪いけど、まったく印象にないな。まあ、学校が始まってまだ一週間くらいだから仕方ないか。それに、いきなり知らない人と話すのは緊張するよね!僕も今、心臓バックバクだし。えっと、名前は……と左胸ポケットに視線を向けて、名前を確認する。そこで少しでも緊張をほぐして上げようと考え、優しく笑顔で話しかける。 「ソラ君、大丈夫だよ!これは自分のことを知ってもらうためのことだから、遠慮することはないよ!」  そう僕が告げると、周りのみんなもこの空気感を察したのか、オウムのように「大丈夫だよ」と優しい声掛けを繰り返していく。すると、みんなの視線がそら君に向き、そら君から発表する流れへと変化していく。このままでは一番初めという、最も高いハードルをそら君に跳ばせてなければならない。ただでさえ発表する前から蛇に睨まれてカエルのようになっているのに。ならば……少しばかり怖いけど僕が行くしかないと思い、急に立ち上がり周囲の視線を引くように右手を挙げる。 「はーい。僕の名前は朝岡 笑顔(あさおか えがお)で~す。僕の小学校でのあだ名はどれでしょう!アサガオ、エガちゃん、えがお……」  周囲の視線を引くために笑顔で、大きな声で言ったが、周りの反応が視界に入るとともに、徐々に勢いが削がれて気まずくなる。いきなりゲームを始めたことが悪かったのだろうか、それともソラ君の出番を奪ってしまったことが悪かったのだろうか。心にまで突き刺さるような冷たい目をあろうことか、そら君にまでも向けられた。僕はそら君のためにハードルを下げに頑張ったんですけど!やめて、誰か~何かしらの回答をしてくれ~。無視が一番つらいよ~。正解はアサガオでした~って言えないから。そんな僕の声にならなかった叫びを理解してくれるものは誰もいない。  「じゃあ、気を取り直してソラ君お願い。」  結果的には最高にハードルが下がった状態で回すことが出来たけど、代償がでかすぎる。完全に僕がヤバい奴認定されてるじゃないか!ここからどうやって信頼を取り戻して行けば良いか……。と、深い思考に入ろうとしたのも束の間、そら君が来ていたジャージを脱ぎ捨てて、全ての視線を一人占めする。 「では俺様のターンだな。自己アピールを三枚ドロー。ターンエンド。」  ドローで止めるなよ!しっかりとフィールドに召喚して内容を開示してくれないと……。ではなく、今何が起きた?僕が思っていたキャラと全然違うベクトルで攻めてきたんだけど?あと、なんでカードゲーム風に言うのかな。とボケの渋滞を手際よく整理していく、交通整備士のアサガオ。先ほどまでのアサガオの失敗が嘘のように消えていく。しかも、ジャージの下には真っ黒な包帯を両手に巻いていて、体操服は袖の部分をビリビリに破いていた。  「ドローでターンエンドをしては、我々の回答権(アタックチャンス)が生まれないのでござるよ」  この状況にノリ気なお前は誰だよ!あと、回答権をアタックチャンスというのを止めて欲しいのだけど。と、このメンバーは自分のことを受け入れてくれると判断したのか、すっかり気分が良くなったように口角を吊り上げるソラ君。 「それもそうだな。アサガオ君のような二の前にはなりたくないからな」 「もうすでに手遅れだよ。あと、正解が分かっているなら、しっかりとアサガオって回答してくれよ」  ソラ君は包帯をぐるぐる巻きにした右手を、右目にかざしながら質問する。 「俺様がアサガオというニックネームに気づいたのは、たった今、質問されたとき、それとも直感」 「確かに気になるけど、自己あぽーるじゃないじゃん。あと、もう俺のことをいじらなくていいから」  ていうか、僕がカバーしなくても普通に人前で喋れていたんじゃないか?今度から人助けをする時は相手を慎重に選ぼうか……。  少しばかり臆病になったアサガオであった。
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