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明け方の森の中を、二人はできる限りの速さで駆け下りていった。移動経路は昨夜のうちに吟遊熊と見当をつけてある。たびたび星の位置から方角を確認したが、その星も目的地に近づくころには見えなくなっていた。
空が青みがかると同時に、山に霧が立ちはじめたのだ。気がつけばすぐ横を行くスラアの輪郭が溶けるほど濃くなった霧の中を、オーレンは足もとに注意して進んだ。下り続けると、水の流れる音が聞こえてきた。『一の山』と『二の山』を分かつ谷川である。
川の周囲には、大きな岩がいくつも積み重なっている。その陰にかがみこみ、スラアが手で招いた。
(いるぞ)
口だけ動かして指をさす。川の向こうに複数の人影が見えた。メドーの兵士たちだ。やはり、昨日のうちにここまで出てきていたらしい。一分隊ほどの人数が、さすがに馬には乗らずあたりを哨戒している。ここは足もとが悪いため、本隊はより下流側に布陣しているのだろう。
二人は背中から剣を下ろして腰に差した。その後は動かず、岩の陰でじっと待つ。
騎士服が霧を吸い込みずっしり重くなったころ、下流側から騒がしい物音が聞こえてきた。川向こうの兵士がいったん集まり、何名かが騒ぎに向かって駆けていく。残りはこのまま見張りを続けるようだ。
二人は動いた。腰を低くし、岩づたいに川を渡る。向こう岸に飛び降りたとき、踏んだ砂利が音を立てた。
「誰だ!」
誰何した男をスラアが抜きざまに斬った。すでに剣を抜いていたオーレンはその奥に向かって走りこむ。霧の中から現れた男は弓を引いたが、この濃霧の中では目を閉じて射るのも同然だった。二人で七人を斬り、そのまま『一の山』を駆け上がる。背後ではまだ戦闘が続いているようだ。
「……奴はどこにいるだろう」
昨晩の作戦会議でも、その問題について話し合っていた。当時砦を守っていた目撃者たちは、『一の山』の中腹あたりから火球が放たれたと証言している。吟遊熊のシオ団長は、そこから砦が見える開けた場所をいくつか選んだ。
「むろん、魔導士に『見る』必要がなければこの選定も無意味だ」
シオはそう言って唸ったが、山の中を闇雲に探し回るよりはましだった。
「しかし、本当に二人で大丈夫か? 向こうには護衛が付いているのでは」
「二人で十分だ」スラアは言い切った。「だいたい、魔導士にそんなに護衛が付くかよ」
「どうしてそう思う?」
火吹竜の問いに対し、スラアは吐き捨てるように言った。
「てめえら貴族どもは、異民族や魔導士みたいな、階級制に従わない奴らを憎んでいるからな。逃げ出さないよう見張りこそすれ、命がけで守ってやろうとはしないだろうよ」
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