6.花は根に鳥は古巣に

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 前方の魔導士が高く、かすれた声で何かを唱える。次の瞬間、目の前が明るく輝いた。  放たれた火球は砦の崩れた右翼をかすめ、背後の岩壁の一部を吹き飛ばした。轟音があたりにこだまする。 「護衛は八人か」  スラアが押し殺した声で言った。 「思ったとおりだな。一気に襲うぞ」 「……それにしても、魔導士が女性だとは」  小柄な背中を見ながらつぶやくと、スラアは冷えた目つきを向けてきた。 「女だからって情けをかけんじゃねえ。あいつが昨日、何人殺したと思う」 「わかっている」  オーレンはうなずいた。フォランをはじめ、天幕の中で見た死傷者の姿は脳裏に焼き付いている。一刻も早く攻撃を止めなければならない。  その間にも、魔導士は再び魔法を放った。火球はこれまで無事だった左翼に命中し、砦はとうとう倒壊した。青鳥騎士団の団旗も、傾いて見えなくなる。  旗を立てた者は、逃げていればいいが……。昨晩の会議で、騎士たちは砦を捨てることを決めていた。負傷者はできるだけ離れた森の中に移動させ、比較的軽傷の者らに守らせている。陽動が終わった後も、騎士たちは砦に戻らず山の中に散って機を待つ作戦だった。それでも、石造りの堅固な建物が積み木のように崩れていくさまは、オーレンの背筋を寒からしめた。  山のふもとから、聞き覚えのある角笛の音が響いた。魔導士のそばに立っていたメドーの騎士が手を上げ、詠唱を止めさせる。采配代わりの剣を振ると、砦の周辺に向かって円を描くように動かした。 「森を攻撃するつもりだな。マルッキたちが撤退したんだろう」  スラアが言った。 「そろそろやるか。おれが行く。お前は援護しろ」 「わかった」  この男が言い出したら聞かないということは、出会ってすぐから知っている。さらに奇襲作戦ともなれば、傭兵の経験があるスラアの判断に従うべきだろう。オーレンは素直にうなずき、片手を上げた。スラアはいぶかしげな顔つきになったが、その意図に気づくと顔を歪めた。 「なんだお前。きもいな」  と言いつつ、自分も手を上げる。音を立てずに拳をぶつけ合うと、オーレンはにこりと笑った。スラアは複雑なしかめ面を浮かべながら、坂を下りていった。  いつの間にか戦いの音は静まり、山には不穏なざわめきだけが残っている。オーレンは背中の弓を下ろし、弦を張った。スラアの姿は見えないが、なんとなく位置についている感覚がある。  よほど油断しているのか、護衛たちはみな軽装だった。ここから魔導士を狙うこともできるが、『障壁』など不確定な要素が多い。オーレンは弓矢を構え、指示役の騎士の首に狙いを定めた。風の強さや向きに合わせて角度を調整し、放つ。矢は思い描いたとおりの軌跡で飛び出し、騎士の首すじに突き立った。 「ぐうっ」という悲鳴とともに、これまでの静寂が失われる。騎士たちが一斉に振り向き、何人かが「あそこだ!」と怒鳴った。
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