6.花は根に鳥は古巣に

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 二の矢をつがえながら、オーレンは走って移動した。メドーの騎士たちは護衛の意識が薄いのか、皆こちらを注視している。中の数人が弓を構えた。  そのとき、反対側のヤブを突っ切ってスラアが飛び出してきた。 「おおぉっ」  振り返る騎士をスラアは横薙ぎに斬り払った。血しぶきが舞い、魔導士が悲鳴を上げる。弓兵の一人がスラアに弓を向けるのを見て、オーレンはその腕を狙い撃った。さらにもう一人を射て足を止める。その間に二人目を斬り倒したスラアは、まっすぐ魔導士に向かって突進した。  鬼神のようなスラアの形相に魔導士が後ずさる。そこに強い風が吹き、乱れた髪が舞い上がった。スラアは一瞬、足を止めた。  あらわになった魔導士の顔に、オーレンも言葉を失った。女だと思ったのは、小柄な体と伸び放題の髪のためだ。だが魔導士は少年――子どもだった。ベルよりも若い。十三、四ほどだろうか。痩せこけた顔には、年齢に見合わぬ疲労と緊張が色濃く積もっている。その表情がふいに、激しい憎しみの色に染まった。 「だめだ!」  オーレンは思わず叫んだ。スラアが剣を構え直す前に、魔導士はもがくような動作で腕を振り上げて呪詛を叫んだ。とたん、スラアの背中が激しく燃え上がった。 「ぐああぁっ!」  苦悶の叫び声を上げ、スラアは一歩後ずさった。だが崩れ落ちることはなく、その場に踏みとどまる。  燃えながら立つスラアに向き直られて、魔導士は目を見ひらいた。スラアは呆然とする魔導士にじりじりと近づき、剣を振りかぶる。魔導士は再び呪文を唱えようとしたが、剣を振り下ろされるのが先だった。  細い体から力が抜け、その場に崩れ落ちる。目は見ひらいたまま、魔導士のわずかに開いた口から「かあさん……」と言葉が漏れた。少年はそれで最後だった。  その横に、スラアが並ぶようにして倒れた。 「スラア!」  オーレンは剣を抜いて飛び出した。残っていた弓兵が弓を向けるが、構わず前に出て弓ごと叩き斬る。さらに横からかかってきた騎士の剣を受けたとき、腹にひきつるような痛みを覚えた。だがそのまま弾き返し、斬り伏せた。 「スラア……!」  オーレンはスラアのもとに駆け寄った。  体を包んでいた炎は、少年の死の瞬間に消え去った。だがスラアの体からはまだ煙が立ち上っている。オーレンが傷に触れると、スラアは獣のような呻き声を上げた。背中の火傷がひどい。 「すぐに帰ろう。少しだけ我慢してくれ」  オーレンはスラアの剣を拾い、血糊を手早く落として鞘に納めた。それを自分の右腰に下げ、立てないスラアの体を肩に担いで立ち上がる。そのようすを、メドーの騎士の生き残りが放心した顔つきで見ていた。 「魔導士は死んだ。退却しろ」  それだけ言うと、オーレンは山を駆け下りはじめた。
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