新月

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新月

「さくら……」 穏やかで柔らかな声。伸ばされる手。 その指先から腕の付け根へと遡るように視線を辿っていけば……肩越しから眩い光が射し、思わず目を瞑る。 「……っ、」 目の奥を突き刺す様な痛みに堪え、伏せ目がちに瞼をそっと開けると……頬に、少しだけひんやりした指先が柔らかく触れる。 「少し、震えてる?」 包み込むような甘い声に誘導され、怖ず怖ずと視線を持ち上げれば──目の前にいたのは、人気俳優の樫井秀孝(かしいひでたか)。 切れ長で色気のある二重のつり目。その目尻にある小さなセクシー黒子。スッと通った綺麗な鼻筋。形の良い唇。そこから覗く、白い歯。 キラキラと眩しい程のオーラを纏い、まるで宝石のように煌めいた瞳をしていて。 その上、熟れた果実のような甘い匂いが立ち篭め、僕の鼻腔を擽り……僕の心を掴んで、離さない。 「……可愛いね」 口の両端を綺麗に持ち上げ、甘い声で囁く。 「え……」 ……聞き間違い、だよね。男の僕を、可愛いだなんて。 ましてや。華やかな芸能界ならもっと美人で、もっと可愛い子が沢山いるだろうに…… ──つぅ、 そんな事を頭の片隅で考えていると、耳朶をきゅっと抓まれる。そして、肌の表面を滑らせるようにしながら、顎下へと移動していく指先。 軽く折り曲げた人差し指でクイッと顎を持ち上げられれば、戸惑いながらも樫井秀孝と視線を合わせる形となって…… その瞳が薄く閉じられ、唇が迫り…… 「んっ、……」 抵抗するのも忘れ、唇が重ねられる。 柔らかくて、甘い匂い…… 優しく誘導され、唇を僅かに開いてみれば……そこから侵入する、熱い舌。 「……ん、ゃ……、」 顔を少し傾け、拒絶の意思を示す。と、……僕の頬裏を撫でた舌先が引っ込められ、ゆっくりと唇が離れていく── * ハルオの呪縛から逃れて、約二週間。 12月も半ばを過ぎれば、世間はすっかりクリスマスモード一色となっていた。繁華街は勿論、住宅街でも競うように様々なイルミネーションを飾り付け、賑わいをみせている。
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