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「おまえの主、アンドレア・デ・プレザンスに嘘をつくというのか?」
汗で湿った両手を覆う白手袋をぎゅっと握りしめ、しっかり顔をあげて主を見据えた。私の視線を受けたアンドレア様は、微妙な表情で眉間に深いシワを刻む。
「カール、お願いだ。おまえの本当の気持ちを聞かせてくれ」
「私の気持ちはただひとつ。貴方様を伯爵家に相応しい当主にすることでございます」
「どんな顔でそれを言ってるのか、わかってるのか?」
(鏡のない状況で、自分の顔を見られるわけがない)
「私も本日は疲れました。大変申し訳ございませんが、お先に失礼いたします」
逃げるは勝ちを実践すべく、深く頭を下げて一礼し、アンドレア様の部屋から脱出した。痛む胸を押さえながら、自室に向かって大きなスライドで歩く。
反対の手で懐中時計に触れ、時刻を確認したことで、昨年のパーティー後にかわした会話を思い出す。私の身の回りの品を奪取してから、上着の内ポケットに手をやり、銀色に光り輝くものをおもむろに取り出したアンドレア様。
「ちょうど、午前零時がまわったな。カール、誕生日おめでとう」
私から奪った懐中時計で時刻を見、反対の手にのせた品を私に握らせる。
アンドレア様の誕生日の次の日が、私の誕生日だった。
アンドレア様に奪われた品よりも、明らかに高価なものをプレゼントされたことに困惑する私を見ながら、主は命令口調で言い放つ。
『俺からプレゼントされたものを、返品しようとするなよ。感謝しながら使い倒せ!』
つっけんどんな物言いなのに、少しだけ頬が赤く染まっているご様子は、どこか幼子のようで、ここぞとばかりに私の笑いを誘う。
「かしこまりました。大切に使わせていただきます」
ペン軸にゴールド、キャップに宝石のエメラルドの装飾が施された、お洒落な万年筆と一緒に、内蓋に名前が刻印された銀無垢製の懐中時計は、毎日磨いて大事に使っている。
自室の扉を開けて中に入り、背中で閉めながら、その場にしゃがみ込む。
「好きな方に想われていた……すごく嬉しいハズなのに、こんなにつらい気持ちになるとは」
アンドレア様のお傍で、幸せな姿を見ることができればいいと思っていた。彼が幸せならば、それでいいと思ったのに――。
『アンドレア様に、私をプレゼントすることは叶いません』
思いきって告げたセリフを聞いたアンドレア様は、見たことのないくらいに、苦しげな表情をしていらっしゃった。そんなお顔を目の当たりにして、ショックのあまりに、あのとき俯いてしまった。
彼を想う心は胸の中で溢れ出た血の底に沈み、ズタズタに傷ついた状態。きっとそれは、浮かび上がってくることは、二度とないだろう。
「伯爵家次期当主のアンドレア様を好きになった時点で、こうなることがわかっていた」
泣くのをぐっと堪えるために、震える躰を律して、ゆっくりと立ち上がり、振り返って鍵をかけようとした瞬間、扉を激しく殴る音が室内に響いた。拳で扉を殴りつける音は、明らかにノックとは思えない。驚きのあまり、その場から退く。
「カール、いるんだろ? ここを開けてくれ!」
殴る音と一緒に、アンドレア様の声が聞こえたので、慌てて扉を開けた。
「アンドレア様、今は夜中ですよ。まわりの迷惑を考えて行動していただきたく、お願いいたします!」
「おまえが俺に迷惑なことをした結果が、これだ! 中に入れろ!」
声を押し殺して忠告したというのに、アンドレア様はそんなの知らないと言わんばかりの態度を貫き、私を押し退けて、中に入ってしまわれた。扉を閉めて急いで室内灯をつけて、部屋を明るくする。
「次期当主が夜分遅くに、使用人の部屋に来るものではありません」
「しょうがないだろ。おまえの誕生日を、どうしても祝いたかったんだ」
仏頂面で目の前に差し出されたものは、紅茶のシフォンケーキだった。それに蝋燭が五本差し込まれている。
(紅茶のシフォンケーキは私の好きなもので、蝋燭の本数は、25回目の誕生日だから――)
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