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複雑な感情が相まって、差し出されたものを受け取ることができず、呆然と立ち尽くしていると、アンドレア様はなにも言わずに、備え付けの机にケーキを置いた。
「蝋燭に火をつけ終えたら、明かりを消してくれ」
「あ、はい」
アンドレア様はポケットからライターを取り出し、手際よく蝋燭に火を灯した。私は言いつけどおりに、室内灯を消す。
たった五本の蝋燭の火が、アンドレア様の端正なお顔を明るく照らした。
そこにいるだけで、自然と目を奪われるお方――肩まで伸ばした金髪がキラキラ輝き、あたたかみを感じさせる茶色の瞳が嬉しげに細められ、私の顔をじっと見据える。
これだけで、誕生日プレゼントをいただいた気分になる。
「カール、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
私のために、わざわざここまで足を運んでくれたことを含めて、素直にお礼を口にした。
「ほら、火を吹き消せ」
「はい……」
ケーキに近づき、腰を屈めて蝋燭に息を吹きかける。五本の蝋燭の火が消されると、漆黒の闇が私たちを瞬く間に包み込んだ。
「お待ちください、すぐに明かりを」
「つけなくていい。そのまま話を聞いてくれ」
「ですが――」
アンドレア様から告白された後だからこそ、ふたりきりでいることに戸惑いを覚える。
「互いの顔が見えないほうが、本音で話しやすいだろう」
「私からの話はございません」
「俺にはあるんだ。さっき途中で、ぶった切られたからな」
目の見えない闇のせいで、嫌な雰囲気をひしひしと肌に感じ、躰を縮こませた。
「俺は、伯爵家次期当主の座を退いた」
「退いたとは……それはいつ?」
小声の問いかけが、室内の空気に儚く消え去る。退くではなく、退いたという過去形で告げられたことがショックだった。
「先ほどのパーティーが終わってすぐ、父に許しを得た。まぁ二年前から交渉していたことだから、やっとって感じだったが」
「二年前⁉」
伯爵家次期当主をお辞めになることを知らず、一生懸命に尽くした私の行為は、無駄といえよう。
「どうしたらおまえとずっと一緒にいられるか、いろいろ考えていたんだ」
「なにを仰っているんです。こんな私よりも伯爵家当主のほうが、大事なことでしょうに」
「そんなものより、俺はおまえが大事なんだ」
「つっ!」
瞬間的に頬に熱をもつ。唐突に投げられるアンドレア様の告白は、心臓に悪すぎる。
「いろいろ考えても、埒が明かなくてな。それで南方にいる伯母様に、相談を持ちかけた」
「伯爵様の姉君、リーシア様でございますね?」
「俺のことを、実の我が子のようにかわいがってくれるお方だからな。相談したら父上の説得の仕方や恋愛について、あれこれご教示くださった」
私のことが好きなアンドレア様。私に構ってほしかった彼が子供時分のとき、かくれんぼするだけで大騒ぎになった。
かくれんぼという、どこかに隠れる遊びなのに、なぜだかお屋敷にある一番背の高い木によじ登ったことで、すぐに見つけられた。しかし、あまりに高いところまで登ったせいで、ご自分からおりられなくなったという、悲しい結末を向かえた遊びになってしまった。
こんな感じで、一時期は手を焼くことしかしなかったアンドレア様が、ある日を境にその態度を一変させた。
(――多分それが、いろいろ考えた結果ということなんでしょうね)
伯爵家次期当主を意識した彼の姿は、私の目に眩しく映った。ワガママなところは相変わらずだったが、気づいたら好きになっていた。
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