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Anniversary
のどかな朝。窓からしのび入る三月の風がいたずらっぽく指を伸ばし、あなたの頬をなでている。海の世界をモチーフにしたカーテンがゆらゆらそよぐ。角度によって幻想的な光彩でまたたく、透かし模様のウミガメ、サンゴ礁、チンアナゴ、あれは……ナポレオンフィッシュ?
あなたの部屋にはちいさくて可愛いロータイプのドレッサーがある。ブルースターのハーバリウムが目を引く収納棚の上、こっそり隠れている「ひよこの置き時計」のアラーム音に、毎朝あなたは起こしてもらう。
ひよこは中学校に入学する際、幼なじみのかれにプレゼントしてもらった。“カッコー、カッコー”と、のどの奥で唸るような申し訳ていどの声音をきくたび、かれを思いだす。
ふっと笑顔に変わる瞬間、食事のまえに「いただきます」と呟く唇、優しくゆれる柔軟剤のにおい、挨拶を交わすだけで「ふたりっきりの世界」にしてしまう夢見心地の声。
(なんて厄介なんだろう……)
信じられる? あの日――もうかれこれ四年まえの話なのに……あなたにプレゼントをあげるときのかれが、精いっぱいのはにかんだ笑顔が、あなたの記憶のなか、一切の風化をゆるさない解像度で焼きついてること。
さて……とっくに意識は冴えているにも関わらず、あなたは瞼をあけるのが億劫で、夢とリアルのはざまを未練がましく彷徨っている。頭の片隅では「もう起きなきゃ」と思いつつ、眠りの指先がチョコレートファウンテンにくぐらしたマシュマロさながらあなたの意思に絡み、ここから剥がれ落ちないよう誘惑をくり返す。
「いま何時……? もうちょっと寝ていたいな。あと五分くらい平気だよね……ふわぁ」
あくびをかみ殺しながら、あなたはご都合主義の自問自答でなまける。春眠が暁をおぼえるはずもなく――のそのそ寝返りをうつと、お布団を頭のてっぺんまで被ってしまう。
そうして瞼を重くとざしたまま、あなたは意識のはざま、眠りにつく数秒まえの合図にタッチされ――
あしたの午前講習さ、いっしょに行こうよ。
ふわり、声が舞い降りる。夢の垣根を越えて、あなたの耳もとに。幼なじみのかれの声。夕べ交わした約束が、不意によみがえる。
駅前のパン屋さんに集合でいい? おれが最初に着いたら、えるくんのすきなベーグル、買い占めちゃおっかなー。あのブルーベリーのやつ。
「それはだめっ!」
慌てて跳ね起きたせいで、あなたはベッドからすべり落ちてしまった。
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