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山の麓にひろがる雄大な棚田。まだ水は引いていない。黄色が映える一面の菜の花――みかづきを真似たようなカーブを描く、やたら縞模様の棚田に生えるぴかぴかな若草にレリーフされた――春の迷路。
あと一ヶ月もしないうちにソメイヨシノも開花する。水を張った鏡の棚田に映る青空がにぎわう。風光絶佳の祝福。じつのところ、さくらの花びらってそんなに香りはしない。だけど満開のさくらをみるたび、あなたは決まっておなじ匂いを思いだす。きよらかな、キュートで華やかな、ふんわり甘い、あの匂いを。
どうしてかな?――念入りに思いめぐらした結果、やっぱり季節限定のキャンペーンに辿りつく。気に入ってる洋菓子店の桜色モンブラン、スターバックスの花見だんごフラペチーノ、テマリザクラのバスソルト、ママが作ってくれる玄関のハーバリウムディフューザー。
それらがきっと、あなたのだいすきな――贈りもので溢れかえった季節を象徴してくれる。待ちのぞんだ思い出たちによって醸されるトップノート。
さらに夏は多年草――イボクサ、もしくはコナギの稚苗がひょっこり顔をだす。秋になって黄金色の稲穂が爽籟を指揮し、冬から壮麗な銀世界へと幕をあける……。
(あっ。みつけた――)
あなたの視線が一点をとらえる。丘陵地帯の山腹に点在する集落、そこらをとりかこんだ緩やかな段々畑に、ハートのかたちをした水田がある。
冬から春にかけても霧のかかる日はめずらしくない。運よく晴れ、こうして目にすることができた朝は「とてもラッキー」で、あなたを舞いあがらせる。
だれかに羨まれるような魅力とか才能があるなんて、お世辞にも胸を張れないけれど。毎日の暮らしのなかで「ハート」をみつけられること、それはあなたが得意になれる、ささやかな誇りのひとつだった。
おうちの庭で育てたウチワサボテンの茎、近所の温泉街の石畳に埋まったピンコロ、通学路のパン屋さんのガラスケースにならんだプレッツェル。
ふしぎな結びつき。あなたはふだん、大雑把でのんびり屋なことに定評があるけど、日常の景色にひそんでいるハート模様は逸早くみつけられた。いつも、どこにいても。まるでひかれあうように。そっと声にさそわれ、ぱっと目に留まるのだ――
いつも通りの見慣れた景色。だけど、きょうは少し違う。プリーツスカートのポケットのなかに仕舞えてしまうくらい、ちいさな勇気がふるえている。
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