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キャビンの外に出てサイドデッキに立ち、煙草に火をつけた城戸の目に映ったのは、一切の人工物や人工の光など存在しない世界に、一直線に太筆を引いたような天の川と、その背景一面を埋め尽くしきらめく無数の星、そしてその世界がもう一つ存在するかの如くに反射して見せる凪の海面であった。
「素晴らしい《アメイジング》……!」
大きく煙を吐き出しながら、思わず口元をほころばせて感嘆の言葉が口をついた。
さすがに赤道直下、日が暮れても気温はあまり下がるようでも無かったが、海からの夜風が心地良い。
「これも充分、楽園ではあるんだけどね……」
しばらくの間、一人絶景をゆるりと堪能し、最後の一吸いをまた大きく吐き出して吸い殻を携帯灰皿に収めた時、キャビンの扉が開いた。
「あぁ、良かった、まだいた、弥紘……」
現れたのは、ナルであった。
「本当に行くの?
やめた方がいいんじゃない?」
ナルが城戸に寄り添い、不安げに腰にしがみつく。
「大丈夫だよ。
ちょっと散歩してくるようなもんさ」
ナルの肩に手を回し耳元にささやくと、城戸はそのまままだ煙草臭い唇をナルの唇に重ねる。
が、何か言いたげにその唇をもぞもぞと動かすナルに、城戸は顔を離すと、
「もうすっかり夜なんだし、島民もあんなに酔っ払ってたんだ、見つかったりしないよ。
みんなもう寝てるって」
いたずらに向かう子供のような目で微笑んだ。
「でも……」
やはりまだ何か言いたげなナルだったが
「ナル!?
どこ行ったのよ!
オイルマッサージがまだでしょうが!」
言葉の続きは、キャビンの奥から響いてきためろみゆの苛ついた呼び声に飲み込まれた。
「あれもなんとかしてよ……」
ナルが大きなためいきをつくが、
「まぁとにかく女王様だからなぁ、めろみゆは。
あれでもけっこう寂しがり屋で、ナルが常に一緒じゃないと落ち着かないんだよ」
城戸は少し楽しげに笑った。
「仕方ないさ、フォロワーの半分はめろみゆファンなんだし、俺らはめろみゆの稼ぎでメシ食ってるようなもんなんだから」
「弥紘だってそれ以上に頑張ってるじゃない。
いつもオーバーワークよ。
って、それだけじゃなくて……」
「ぐずナル!?
何やってんの!?
返事は!?」
「は、はいぃっ!!」
めろみゆのフォローをする城戸に憮然としながらも、慌ててキャビン内に首を突っ込み大声で答えたナルに、リビングで作業していた朝比奈が顔を上げ同情の眼差しを送った。
落ち着かなさげなナルの背を、
「じゃ、ちょっと行ってくるよ。
夜明け前には戻る」
と城戸が優しく叩いた。
「あ、ちょっと……気を付けてね!」
ナルが振り返ると城戸は既に船から桟橋へと飛び移っていて、軽く手を振りながら、満天の星空を一部分だけ塗りつぶしたような真っ黒な島影の中へと消えて行った。
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