一.あるめろとくろ

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一.あるめろとくろ

赤道をわずかに外れた太平洋上に、大小二十程の島を連ねた国、ザナパムがある。 その本島ムンベロから東へ六十キロ余り離れた海上、見渡す限り大海原と水平線という中に、一つの島が鎮座していた。 南中の太陽を反射する鏡のような海面と薄雲の影が描くコントラストで、まるで動かぬCGイラストのような景色であったが、その静閑を破るように遥か水平線の彼方から、一隻の船が凪の海面にV字を刻みながら島へと向かってきた。 その大型クルーザーは島の手前で速度を落とすと、三十分ほどかけて島の周囲を一周し、止まった。 三段のデッキを持つクルーザーの最上段、フライブリッジに操舵席があり、舵輪を操る水色のマッシュヘアの若い男が手を離し大きく伸びをすると、背後のデッキチェアで寝そべりながら忙しくタブレットをフリック、タップしていた一回り年上と見られる抹茶色の和柄シャツの男がつられて大きなあくびをし、 「じゃあまぁとにかく、ここでオープニング撮ろうか。 アルマ君、長旅お疲れ様」 立ち上がると操舵席の若者の肩を軽く叩いた。 「本当の旅はこれからが本番じゃないですか、城戸さん」 振り返り笑うアルマに、 「まぁとにかく、みんなの準備が整うまで一休みしなよ」 笑い返しデッキチェアを指さすと、城戸は階段を駆け降りていった。 「朝比奈さん、スタンバイ、オーケー?」 駆けながら城戸は、黒いキャリーバックが幾つも広げられた中段デッキで、かがみ込み細いケーブルのようなカメラの電源をオン・オフしていた、強めのツイストパーマにピアス、にも関わらず多ポケットベストとタイパンツという独特の出で立ちの男性に声をかけた。 フライブリッジに残されたアルマは、 「もうちょっといいですか? 充電がいくつか……でもあと七パーで終わるんで」 という、朝比奈の返事を聞きながら、城戸に言われた通りデッキチェアに歩み寄った。 静かに腰を掛け、横になり、視界の全方位には深い藍色の空が広がり、しかしながらその中央で猛々しく輝く太陽の眩しさに、目を細め、閉じた。 「クロノ君、何か釣れた? っていうか全身黒コーデは暑いだろ」 「ほんと勘弁して欲しいっスよ」 「まぁとにかく君のイメージカラーだからね。 禊旅であんまりイケてる《スライな》格好も良からぬし」 あぁ、クロノ君は下段デッキでまた釣りしてたのか。 暇潰しの遊びのつもりが一昨日小型のカジキ釣ったから、ハマっちゃったのかな。 っていうか、禊旅って設定、いつまでやるんだろ。 階下から届く会話に、うとうとと思いを巡らすアルマだったが、 「まだ開けないで!! ぐずナル!! 着く前に衣装決めとけって何回言った!?」 それまでの穏やかな空間を切り裂き響き渡った若い女の声に、眉間に皺を寄せて目を開いた。 ファンが見たら引くだろうなぁ、あの普段のめろみゆ。 でもヤンキーっぽい女子が好きな人もいるか。 でもさすがにギャップあり過ぎで無理か。 ナルも災難だよな、いつもいつも。 船室(キャビン)の中では例の見慣れた光景が繰り広げられてるんだろうな、と小さく笑うアルマだったが、 この調子ならまだ十五分ぐらいは休めそうだけど、俺も寝起きで行くわけにはいかないし、 と身を起こし、 「水着で行くわけねぇだろ!!」 などとさらに続いている怒声の方へ、階段を降りて行った。
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